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墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


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投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より


1999-06-01 [長年日記]

_ 今日は

延々本を読んでいた。
「日々不穏」筒井康隆、中公文庫
「文章読本」向井敏、文春文庫
「大東京繁盛記・山の手編」平凡社ライブラリー
「厄除け詩集」井伏鱒二、講談社文芸文庫
 ここのところ書くばかりで、何も読んでいなかったので、収支のバランスをとる為に、色々と読んだ。 下手に本棚の整理なんぞをしたおかげで、読んでいない本、読みかけの本、読みかえしたい本、などなど数限り無く出てきて、更には読みたいけれど人に貸しっぱなしの本を思い出したりしていて、何から手をつけるべきなのか訳が判らなく成っている。 今日はいつにも増してMacの日本語変換がトチ狂っていて非常に疲れる。

 と、ここ迄書いて、「今日の言葉」用にツァラトゥストラを開いたらはまってしまった。 精神的におかしく成っている証拠だ危ない危ない。
 

_ -今日の言葉-

最近さぁ、・・・からだからドリンク剤の臭いがするんだよねぇ・・・
 

キムラさん


1999-06-02 [長年日記]

_ 酒でも

呑まなきゃやってられない気分であったりするが、酒を呑んでしまうと何も出来なくなってしまうので、ハーシーのミルクチョコレートを喰っている。 旨い。

昨日から暇な時間にニーチェを読んでいるがやはり面白い、かさぶたをべりっとやられたり、傷口に塩を擦り込まれる様な所も多く、痛くて重いが、やはり面白い。

実は最近ニーチェを読んでも今一つピンと来なくて途中で止めていたのだけれど、それは自分に都合の良い文言を探しながら読んでいたからであったようで、素直に文字を追って行きさえすればのって読んでいく事ができるようだ。

のって読んでいると、自然に凄い言い回しにぶち当たるようで、今日はフランスパンを棒のまま齧りつつグレープフルーツジュースで流し込むと言う情けない二百四十二円の昼飯の最中に

「いつのことか、わたしは屍色をしたたそがれのなかを、陰気に歩いていた・・・」

なんてところを読んでしまって、思わず泣きそうになってしまったりした。

更に困るのが、電車の中で読みながら寝てしまうと悪夢に直結してしまうことだ。 特に夢うつつで現実と夢の境目がはっきりしない時にはその傾向が強く、

ふと目がさめると車内の人間がみな悪意を持ってこちらをみてるようなきがしたりして一寸びっくりした。

しかしこれではキチガイ野郎だ、明日から気を付けようと思っている。

_ -今日の言葉-

かれらにとって美徳とは、謙虚にさせるものだ。

おとなしく飼育されるものだ。

この美徳によって、かれらは狼を犬に変えた。

人間そのものまで、人間の最善の家畜に変えた。
 

Friedrich Nietzsche 「ツァラトゥストラはこう言った」より


1999-06-04 [長年日記]

_ カメラ屋に

支払いをしたあと、「日本の九龍城」と私が勝手に呼んでいる中野ブロードウェーで月刊東京人と椎名林檎の台湾ブートレグを買った。
 帰って飯を喰ったあとで写真を引き伸した。 引き伸ばし作業をする為には部屋を全面的に片付けて、ネガを撰んで、機械と薬剤の準備をして・・・と、手間がかかる為、軌道に乗る頃には日付けが変わっていた。


1999-06-05 [長年日記]

_ 結局

五時迄かかって、片付け、水洗、乾燥を終えた頃には7時を回っていた。 焼いた写真とカメラ三台と引き伸し機を担いで喜多方へ。
 タクシーで最寄り駅迄行ったあと、電車の中で延々寝ていた。 三回乗り換えて会津若松着、P.M13:18。  駅前の本屋で待ち合わせていた友達の車でそいつの家へ。
 お互いの出品予定の写真を見て、ひとしきり誉めたり、貶したり、難癖をつけたりしたあと、酒になった。
   つまみは、冷や奴、油揚げを炙ったやつ、ほうれん草とさやえんどうのおひたし、豆かずのこ、とりわさ、揚げなす、と大根おろし。 こう言ったものだと酒が進むようで、六合程呑んだ・・・迄はよかった。
 しかし、寝不足だった奴はナイフを落として指をさっくりやってしまい、酒席は一転鮮血の飛び散る巷と化した。 まぁこれくらいでどうなるたまでは無いので、私は掃除に専念した訳だが、久しぶりに見る纏まった量の鮮血は矢張り鮮やかで、先日この血を流した主が新潟で作った血糊の出来の良さに今さらながら感嘆した。 乾燥した後の変色の度合いも完璧に近かった。
 翌朝、起き抜けにラーメン屋に行って担々麺とチャーハンと餃子を詰め込んで帰った。 東京ではとてもこのような旨さの食い物にはありつけないのだ。

1999-06-07 [長年日記]

_ 今日は

仕事中延々と下らない事を考えていた。
 それは「世界地名尻取り必勝法」と言うもので、「ソヴィエットを制した者の上にのみ栄冠は輝く!!」と言う素晴らしい理論である。
 先ず、人を面喰らわせる変に長い地名と「ク」で終わる地名が多い事に着目し、それらを駆使して相手の「く」から始まる地名の在庫を減らし行くのだ。 たとえば。
「ネルチンスク」「イルクーツク」「ヤクーツク」「ウラジオストーク」「ユジノサハリンスク」「クラスノゴルスク」「サンクトペテルブルク」「ニコライエフスク」「スベルドロフスク」
とどめに「ドニエプルペトロフスク!」なんてのを持ち出せば相手は混乱の極みに達するであろう。
 苦し紛れに「く」で切り返してきたらこう言ってやるのだ「クルスク」と。
「ど」も使える。
「レニングラード」「スターリングラード」「カリーニングラード」「ボルゴグラード」「ボロシーロフグラード」など。
「スターリングラード」と「ボルゴグラード」は同じ町だったりするのだが、多分誰も気付かないだろう。

・・・ってな事を考えていた訳である。

_ 仕事が

終わってから、新宿のヨドバシでフィルムと定着液を買い、紀ノ国屋でノヴァーリスの本を探した。
外国文学のハードカバーの棚には見当たらず、「困った時の岩波頼み」で文庫(赤)の棚を見たら、「青い花」と言う本があっさり見つかった。 ついでに「自省録」マルクス・アウレリウス・アントニヌス、岩波文庫(青)と「月島物語」四方田犬彦、集英社文庫も買った。
 「青い花」は困った本だった。 内容は説明できる程頭では理解できていないが、感覚的には良く判る・・・と言うか、震えが来る程何か引き込む様な所が有るのだが、それが何なのかは良く判らない。 漸く半分くらい読み終えたところで疲れ切ってしまって、何もしないでとっとと寝た。


1999-06-08 [長年日記]

_ 漸く

「青い花」を読み終えた。 これはとても一回読んで理解出来得る代物では無い、これは凄い。

「ツァラトゥストラ」もそうだったが、この本も使える表現に満ちていて、しかも言葉を抜き出そうとすると忽ち陳腐になってしまって、どうにも書きようがない。 困った、が、はまった。

_ ひとの

サイトと日記の表題が同じだと言う事が判り、変える事にしたのだが、なかなか良い物が思い浮かばない。
 日記物の名作と言えば、古くは「土佐日記」(日本初の性別詐称読み物)から「腹立ち半分日記」筒井康隆迄いろいろあるが。 パクるとまたひとと同じに成りかねないので、「困った時の諸橋轍次」(※大修館の大漢和辞典をほぼ一人で作った偉いひと。)と言う事で、「中国古典名言事典」のお世話になる事にした。

 ・・・が、これでは偉そうだ、止めよう。  というわけで適当に「二面楚歌」

1999-06-09 [長年日記]

_ 「青い花」を

読み直す。 先に何が来るのか判っている分、落ち着いて読む事ができるので、きりの良い所で切って、ちびちび読むことにした。 この本について澁澤が何か書いていたのを思い出して、いろいろとひっくり返してみたが、何に出ていたのか良く判らなかった。

会社からの帰り道に有る最近出来た空き地で、生え始めたセイタカアワダチソウに混じってさらに頭一つ分高い草を発見。 もしや、と思って近付くと、やはりアレであった。 伊勢神宮のお札と同じ名前の、繊維原料と成る、ぎざぎざの葉っぱの、むしり取って持っているだけで手が後ろに回る、あのアレであった。
 

大学の時によく写真を撮りに行っていた崩壊した橋の辺りに生えていた野生種とは葉の形が違っていたので、たぶん小鳥の餌から発芽したものであろう。 しばらく観察を続けるつもり。

_ -今日の言葉-

にっき【日記】
死後、発表される事を予期して、私憤を書きつらねること。  

筒井康隆 「乱調文学大辞典」より


1999-06-10 [長年日記]

_ 眠い

なんとか「文庫・新書」に写真を追加。 今日はもう寝る。

_ -今日の言葉-

山岸外史氏来訪。 四面そ歌だね、と私が言うと、
いや、二面そ歌くらいだ、と訂正した。
美しく笑っていた。
 

太宰治 「悶悶日記」より


1999-06-11 [長年日記]

_ 一昨日の

昼間、仕事中に背中から鳩尾にかけて刺し貫かれる様な激痛が走って、暫く息が出来なかった。

昨晩は、地下鉄の駅のホームから突き落とされる夢を見た。

理由はなんとなく判る様な、判らない様な。 まぁ、多分そう言う事なのだろう。

なんでいつもこうなのだろう、とも、どうせだめなんだろうなぁ、とも思える。

気分がどんよりしてきて、仕事場の螢光燈すら、心なしか暗くなったように思える。

何かに追い掛けられている夢を見ている時は、いつも必ず長靴を履いている様に、

こう言う漠然とした物事を説明しようとしても、いつもどうにも上手くいかない。

書かないと決めている事もあるし、使わないことにしている単語や表現もある。

まぁ、とりあへずは、自虐的に煮詰まっておこう。 

爪を噛む癖があるのを思い出した。 気がついたら爪を噛んでいた。


1999-06-13 [長年日記]

_ 午前二時頃

友達に拉致されて名古屋に連れていかれ、味噌煮込みうどんを喰って帰ってきた。

うどんを喰っただけでかえってきた。 

表から行ける裏ページを作り、北京をアップ。 そんなこんなで未だ途中ですがとりあへず。


1999-06-16 [長年日記]

_ 最近

良く行っているホームページがあって、そこはうちと同じくジオシティなのだけれど、うちと決定的に違う所がある。 

うちは広告があると気が散るので、トップページ以外は広告の表示をオフにしてあるのだけれど、そこはすべてのページに広告が表示されているのだ。 それでも中身が濃くて見た目のインパクトも強いので広告があってもぜんせん気にならない。 しかも更新の頻度も更新の中身の質も高い。 偉いです。

・・・と珍しくひとを誉めてみた(笑)。

「裏」に「日光・鬼怒川」を追加。


1999-06-17 [長年日記]

_ 最近

自分しか食べられないように奇矯な味付けの料理を作っても、家族に喰われてしまう事が多い。 この間もセロリとキュウリとトマトのレモン風味炒めってのを夜のうちに作っておいて、朝食べようと思ったら親父に全部喰われていた。 慣れてきたのだろうか。

_ この間

高校の時に一緒に生徒会をやっていた女が結婚した。 どんな相手なのか聞いたら
「○○(わたしのこと)みたいに私が何を考えているのかとか、どう言う人間であるのかとか、そう言う事は判らないみたいだし、テレビをみながら踊り出せば困惑しているし、切れれば戸惑っていたり怒り出したりするけど、一緒にいて楽だし安心出来る」
とかなんとか言っていた。 
 「何を考えているのかとか、どう言う人間であるのかとかは(わたしが)一番良く判ってくれているけれど恋愛感情は持てない」とも言われた。
 まぁ、そいつをとって喰おうとは思わないし、私も同じような気持ちなのであまり文句も言えないのだけれど、この先もずっとこのように、このような問題に関して傍観者として蚊屋の外に置かれ続けるのかと 思うと、少々暗胆たる気分になった。 別に結婚したい訳では無くて、むしろ結婚と言う行為そのものには嫌悪すらおぼえるのだけれど、「嫌われないけど好かれもしない」というのは悲しい物だ。

「日光・鬼怒川」完結。

_ -今日の言葉-

未だかつて、現在の中で、自分は本当に幸福だと感じた人間は一人もいなかった、
・・・もしそんなのがいたとしたら、多分酔っぱらってでもいたのだろう。
 

Arthur Schopenhauer 「自殺について」より


1999-06-20 [長年日記]

_ 写真展に出す

写真を焼いていた。 一本のネガから五枚も当たりカットがあって吃驚した。

そのあと中野のPに引き伸し機を取りに行く。 これは友達に頼まれていた分で、フジのSS690と言う

6×9迄焼ける奴で、これにELニッコールの50mm/f2.8と105mm/f5.6とラッキーの引き伸ばし用露出計とネガキャリア三枚、そしてパピトールとミクロファインとフジフィックスが付いて壱福沢也。

安すぎ。

_ ここ迄書いたが

眠い、寝る。


1999-06-22 [長年日記]

_ 写真展の

開催が今週末に迫っているのに未だに休みがとれるのかどうか確定していない。 一月前から言ってあるのだけれど、休ませる気が有るのかどうなのかはっきりしない。 これで休めないとなると会社とのつき合い方を考え直さねばならない。

非常に気分も機嫌も天気も世の中も腹具合すらもわるい。 今日は馬鹿馬鹿しくなって夕方からふて寝をしていた。
 

_ -今日の言葉-

おお、おまえたち、わたしの青春の夢とまぼろしよ!

おお、おまえたち、すべての愛のまなざし、お前たち、神的な瞬間たちよ!

どうしておまえたちは、そんなにも早く死んでしまったのか!

きょう、わたしはおまえたちを、亡き人々を偲ぶように、偲ぶ。
 

Friedrich Nietzsche 「ツァラトゥストラはこう言った」より


1999-06-23 [長年日記]

_ 今週末に

仙台でやる写真展の為に、ひと月も前から申請してあった休みが没になった。 ひと月の間残業したり昼休みを削ったりして納期を前倒ししてきたのに、その分仕事を詰め込んだようだ。 にこにこしながら「金曜日はだめだねえ、土曜日に早上がりすることは可能だけど・・・」って、そんなことで済むならはなっから休みなんざ申請しやしねえってことが判らないらしい。

今後は仕事以外で会社の為に時間を使うのは止める事にした。 社員旅行には行かない、忘年会・新年会では酒を呑まずに中座する、必要以上に残業しない、納涼なんたらもトゥインクルレースも何もかもやめる。

人間関係がどうなろうと知ったこっちゃぁない。 正当な手続きを踏んでも休めないのなら、会社とは労働力を提供して賃金を貰うだけの関係に単純化して、それ以外の部分を切り捨てて自分の為に使える時間を確保するしかない。

_ 何より

許せないのはこの予定が以前から決まっていたにも関わらず、私が今週に入って確認しに行く迄黙っていた事だ。 面倒臭いことは判断を停止してなあなあで済まそうとする姑息さが厭だ。

とりあえず、金曜日に休みを貰えない事だけははっきりした。 明日、土曜日に休めるかどうかが決まる。

「本」に小説(戦後篇)を追加

_ -今日の言葉-

或ることをなしたために不正である場合のみならず、
或るこをなさないために不正である場合も少なくない。

Marcus Aurelius 「自省録」より


1999-06-25 [長年日記]

_ 仕事を

何とか五時半で切り上げた私は、一目散に家に帰り、荷造りをし、連絡をとったりなんだりをしているうちに七時半を回ってしまって、慌てて家を出て、タクシーを捕まえて上野へ。 新幹線と在来線を乗り継いで喜多方の友人宅へ。

飯を喰って翌日の予定を確認してとっと寝た。


1999-06-26 [長年日記]

_ 朝6時に

起きて仙台へ。 高速は結構空いていて、八時半頃には現地に到着。 とりあへず委員長のわたりょに電話を入れたら「守衛室で開く時間をきいてくれ」という。 結局十時に開く事がわかってもう一度連絡をしたが十時半を回っても奴は現れない。 不安になって電話を入れたら「搬入はあらかた終わりました。 飾って無いのはあなた達の写真だけです。 とっとと飾って下さい。」ときた。
 おいおい。
 急いで飾り付けをやっつけて写真展は始まった。 (写真展の感想につてはOB展ページで)
 折しもやってきたヤクルトのおばちゃんからジョアやらソフールやらを買い込んでいた輩がいたが、それらのうちの幾つかは翌日まで放置されていた。

「買ったら飲め、そして喰え」

放置されて喜ぶのはかみやんくらいです。

 昼時になって中食がてら山形大OGのO嬢、六条と駅前のうんのカメラと言う中古屋へ。
 仕事写真用にストロボが欲しいと言っていたO嬢は、最初は
「よ◯ばしに新品があれば新品でもいい。
と言っていたが、このあとだんだん風向きが変わってくる。
 店に入るとストロボメーカーのものとオリンパス純正品が並んでおりGN20の物が¥7000-、GN30の物が¥11000-だつた。 ここでまず
「うーん、純正のを買っちゃおうかなぁ、どうしようかなぁ」
とぐらつきだした。
 そこへ二人連れの客がやってきて、片方の客がもう一人の客を
「おい、お前オリンパスユーザーだろう?このGN30の¥11000-は買いだぞ」
とかなんとか盛んに煽りだした。 すすめられた客は「うーむ」と迷っていたが、O嬢の決断は早かった。

「すいません、これください。」

 人が欲しがると自分も欲しくなってしまう、しかも必ず手に入れる。 まさに「魔性の女」(笑)
 まぁ、相手はストロボですが。

 そのあと会場の裏手に有るカレー屋で中食。 チキンカレー大辛。
 カレーが来るまでにストロボの発光テストをしよう・・・と思ったらO嬢は「重いから」と日和ってOM−4を持って来ておらず、六条のOM−40を使おう・・・と思ったらこちらはシャッターが落ちない。 只単に電池が抜いてあっただけなのだが普段電池が無いと動かないカメラなんざ持っちゃいないので一寸焦った。 
 出て来たカレーはちゃんと作ってある上品な物だったが、お口で甘く胃で辛い種類の物で、主食が甘いと機嫌が悪くなる私は平常心を保つのが大変だった。 
 会場に戻ると「日本のエド・ウッド」山本夫妻の作品(・・・のような物)がようやく到着して飾り付けが始まった。 見ただけで怖気が走る様な寒い写真だからなのかどうだか判らないが、何故かクール宅急便で届いた。 なにがどうしたらこうなるのか判らないがヤマト運輸も余程扱いに困ったのだろう。
 三時過ぎに件の山本夫妻がやってきたが、私が余計な事を言ったばかりに犬も喰わないと言われる夫婦喧嘩が始まってしまい、嫁は怒って帰ってしまった。 山本曰く
「おーい、どーしてくれんだよ、怒って帰っちまったらぁ−。 便所で腹に良いの一発貰っちまったよ。あぁーあ、一週間コースだよ、とほほほ。」
だそうだが俺の知ったこっちゃぁない。
そのあと会場に現れたカッパ君とひとしきりダメなカメラの話をしたりなんだりしているうちに五時になり、警備員に追い出されて呑み会に突入した。呑み会レポートはOB展ページに。
 明け方四時頃寝た。

1999-06-27 [長年日記]

_ あさ七時半頃

目が醒めて、そのまま二時間程ぐだぐだしたあと会場へ。
 外は雨も風も物凄いことになっていて、客なんざ来やしねぇだろうとタカを括っていたら、青大OBの須藤夫妻、川村くん、石井などがやって来た。
   本来なら搬出迄居なければならないのだけれど、連れの仕事の関係で早めに帰る事になった。 東北道は天候の影響でおっかなびっくり走っていて且つ周りを全く見ない下手糞野郎共で溢れ返っており、混むは危ないわで大変だった。 会津若松に着いたの四時半過ぎで、私鉄の鈍行で帰るのは無理になり、国鉄の鈍行も黒磯で一時間待ちで上野着が十時半過ぎと遅すぎるので、思い切って郡山から新幹線を使う事にした。 新幹線は思いのほか空いており、宇都宮迄は椅子を三つ使って寝ている事すら出来た。 結局九時半過ぎに帰宅。 さすがに疲れていたのでとっとと寝た。



「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
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