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墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


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「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨

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1999-07-02 [長年日記]

_ 仙台から

わたりょと六条が来た。 6時に中野のPで待ち合わせ。 予想通り六条はおやじに持っていたカメラを貶され、わたりょはヤシカの50mm/f4マクロを買わされた。 六条は持っていたOM-40を貶されたついでにOM−1を買う事になり、金が出来次第私が押さえる事になった。

 最近ブローカー化が進行している。 まぁ、友達から利益は上げないことにしているので、人間関係を損なう事もないし、いろいろと面白い物を見られるのでまぁいかな、と思っている。

_ そのあと

「南国亭」と言う古汚い台湾料理屋へ。 
「炒めビーフン二つと焼そば一つ、チンタオ三本に青菜炒め。」
これで3000円ちょい。 うまい。
 最終の新幹線で帰ると言うので上野へ移動。 金曜日の八時過ぎに呑み屋が空いている訳もなく、駅構内のサブウェイでやっと席を見つけて、多少話をしたと思ったら時間切れで、あっと言う間に帰って行った。
 六条は即答できない様な質問をよくする人なのだが、この日も「何故、本を読むのか」と言う問いを投げ掛けて帰って行った。 これが引っ掛かっていて、今、一寸煮詰まっている。 
「何故、本を読むのか」なんて事は普段考えても居ないし、とりあへず「惰性ですね、活字中毒だし」と答えておいたけどそれだけが理由ではないし、小説と詩集、哲学書では読む理由も異なる・・・とかいろいろ考えてみたが馬鹿馬鹿しくなって止めた。 


1999-07-05 [長年日記]

_ 給料が

無事出たので中野へ。 Pへ行くと新品同様と言っても良い位の、程度の良いOM−1Nが出ていて、値段を聞いたら

「うーん、線路の向こうだとゴニョゴニョだけど2で割ってもウゴウゴだから、ウーン・・・ホニャララでいいや」

という訳でそのOM−1Nは六条が本当に買うかどうか確認してないのに、何故かここに有る。

買わないなら、まぁ、ね、へへへ、ざまぁみやがれ。


1999-07-08 [長年日記]

_ 仕事が

終わろうとしていた四時五十五分、洗浄中の機械に右手を巻き込まれた。 普通は肩口まて喰われて、ようやく止まるそうなのだが、奇跡的に手首の手前で止まった。

レスキューが機械をぶった切って救急車で病院へ行く頃には小一時間経過していて、手はパンパンに腫上がっていたが、幸い骨折も外傷も無く、患部の洗浄・消毒をして、レントゲン撮影、リバー湿布をしただけで

「明日、もう一度外来に来て下さい」

と、言う事で帰った。

_ 会社に

私の家の電話番号が控えていなかったらしく、鞄と財布の中身を根こそぎ社長に見られた。 その日の鞄の中身は、カメラ2台とレンズ一本、レンズフード2個、現像屋から上がって来た写真、下書きノート等で、仕事に関係の有る物は弁当箱しかなく、財布の中には怪しい名刺がごちゃまんと入っており、非常に気まずかった。

下書きノートは私しか読めない様な文字が連なっているので多分ほとんど読めなかった思うが、「日光・鬼怒川」の下書きはほぼ会社の悪口なので冷や汗物だった。

家に帰ってとっとと寝た。


1999-07-09 [長年日記]

_ 朝から

東京女子医大病院へ、湿布を取り、触診そしてエコー。 予想通り血腫も無く、「浮腫」ということであった。 腫れが酷く、

「経過を見る為に二三日入院してください」

といわれ、部屋が空く迄処置室で寝ていた。 一時過ぎに空いた病室へ移動。 6階の南向きの非常に眺めの良い部屋。 用意されていた昼飯は、

白い御飯

豆腐とわかめのすまし汁

切り干し大根と人参ととり肉の酢の物

赤魚の煮付け

大根おろし

野沢菜

コーヒーババロア

ほうじ茶

左手で箸を使い、気合いで全部喰った。

_ 母と姉が

着替えその他を持ってやってきた。 この南向きの眺めの良い部屋は一日二万三千円もするそうで、
「労災は効かないそうだから覚悟しろ」
と言われて肝を冷やしたが、結局「効く」ということで安心した。
 連中が持って来たパン

ジャーマンドッグ
豆パン

を喰って、暫く寝た。 手を吊っておいた方が良いとのことで点滴台に吊られて、本格的にけが人らしくなって来た。 
 晩飯が6時過ぎにやって来た。

白い御飯
ビシソワーズ
とり肉のハンバーグ
えびとチンゲンサイのスープ煮
ブロッコリーのお浸し

左手で箸を使って喰うのは矢鱈時間がかかってイライラするがまぁ仕方が無い。 本を読もうと思ったが、左手でページを繰るのは思いのほか大変で、イライラしてすぐに止めた。

_ 暫く

寝ていたら、医者がやって来て、生まれて初めて点滴をした。 正味30分くらいだったが、けが人気分を満喫する事が出来た。 夜景を写真に撮って寝た。


1999-07-10 [長年日記]

_ 朝6時に

起こされた。 看護婦が見回りに来る度に「革命的警戒心(笑)」で、目が醒めてしまう為に、良く眠れなかった。

_ 朝飯は

人参のピューレを錬り込んた小さなパン二つ

マーガリン一かけ

春雨のサラダ

ヨーグルト

牛乳200ml

箸も匙もついおらず、ヨーグルトはストローで吸って減らした後、牛乳で溶かして飲み、溶けかけていたマーガリンは冷凍庫で固め直し、春雨はストローでかき込んだ。

_ 食事中に

医者が回診に来て、患部をこねくりまわしたあと

「いいようですね、じゃあ、今日退院ってことで・・・」

といきなり言われたが家には誰もおらず、一人で荷物をまとめ、退院手続きをして退院した。

_ 家に帰って

ひとっ風呂浴びてから諸方へ退院の挨拶へ。 その後ロフトプラスワンの知り合いのトークライブへ。

てめえで行っておいてこう言う書き方もナニですが、非常に胡散臭いイベントなのて詳細は秘密と言う事で。 でも何故か怪しいTシャツが一枚と怪しいミニコミが一冊手許に有ったりする。 イベント自体は朝迄やっているのだけれどけが人なので、家族の手前終電前に帰った。


1999-07-11 [長年日記]

_

六条と長電話。 送ったカメラの使用説明をしたあとで、その他諸々の話をする。 こちらの言いたい事がどれだけ伝わったかは判らないが、まぁ、或程度は伝わったと思うので「良し」とする。

_ そのあと

田中に電話。 「いやぁ、思ったより腫れの引くのがおそくて・・・」と言うと、「一時間近く挟まっていたんだから当たり前だ。」と言われた。 そりゃそうだ。


1999-07-12 [長年日記]

_

病院へ。 怪我をしてから初めて右手を洗った。 こびりついたインクはなかなか取れず、暫く看護婦さんがごしごしやっていたが、結局取れなかった。 湿布を交換してお仕舞い。

_ そのあと

会社へ。 同僚に挨拶をしてから社長にその後の経過説明。 ぶった切ったシャフトを再生産しているので14日迄、機械は動かないとのこと。 怪我の功名とでも言うべきか、関係無い所で重大な故障が見つかり一緒に直していた。

_ 駅前の

とり肉屋で「こにく」(骨にこびりついていた部分や、肉を整形した時に出る細切れの肉)500グラムを買い、家に帰ってから鶏粥を片手で作る。 たんぱく質を採っておかなきゃいけないのである。


1999-07-15 [長年日記]

_ 手の傷は

だんだん良くなっているようだ。 ただ、痺れが取れて来た分痛覚が復活して来ている為に鈍痛がしていらいらする。
 その所為か何だか非常に自虐的な気分になって、いまネット上で一番嫌いな人のホームページを端から端迄見てみる事にした。
 その人は理解に苦しむ程の自信家で、しかも其の自信の根拠が人からの評価に立脚してる割に、差し当たって自分の創作を公開している訳でもなく、ホームページの内容も「コア」だの「サブカル」だの「レア」だのと威張っている割にはパクリの嵐で、その言い訳として「マニアが集まると厭だから」自分が強い分野の事は小出しにしているとか半可臭いことを書いている。
 不愉快な気分を押さえて通読してみたが不思議とスッキリした。 何故スッキリしたのか考えてみたら、「自分より明らかに程度が低いのに自信過剰なバカ」を見た事に因る優越感に起因する様だ。 自分が自信過剰に成ってしまってはまずいので、今後はそこへは行かない事にした。 掲示板に間違いの指摘を書き残してやろうかと思ったが、なんだか住んでいる所が近そうだし、立ち回り場所も似通っているし、理不尽に暴力を振るう人らしいので止めておいた。

 手持ちのカメラの中で一番軽いペトリにマクロレンズを付けて右手を撮ってみた。 

1999-07-16 [長年日記]

_ 今日は

朝起きたら既に10時になっていて、慌てて病院へ。 受付が11時迄なので、駅迄タクシー、駅からタクシー。 ようやく間に合ったが矢鱈と混んでいて、診察は12時過ぎに成ってしまった。 傷口の消毒と軟膏の塗布だけですまされそうになったので、指の腫れが引かない事、皮膚感覚が怪しい事、痺れが弱くなった分鈍痛がする事、等を説明して指を延ばす為のギブスを造ってもらい、神経を伸ばす薬の処方箋を書いて貰い、労災の申請書類の書き方を聞いた。

その足で会社へ、機械は昨日になってようやく直ったのだそうだ。 こっちは当分治らないが。

労災の書類に必要事項を記入して貰い、私がいない分負担がかかる同僚に詫びをいれて退社。 来週末迄とりあへず休む事になった。 そして、ボーナスも出た。 とりあへず出た。

帰りに四ッ谷のモールへ行き、木村伊兵衛や桑原甲子雄が影響を受けたと言うフランスの写真家ウジェーヌ・アジェの写真集を買う。 3140円、佳し。 二階のギャラリーでやっている「平岡三和写真展-ワレ、ナニモンジャ-」を三たび見る。 同じ写真展に三度も足を運んだのは初めてだが、それだけの価値は有る面白い写真展だった。 曼陀羅の様に重層的且つ幾何学的に並べられた写真は、見る度事に新しい発見が有る・・・様に私には思われたのだけれど、「見づらい」「判りにくい」と言うような感想が少なからずあったのだそうだ。 作者の意図は私の感想と合致していたそうで、他の客をうっちゃらかしてその辺りを(私には珍しく)熱く語り合った後、名刺を貰って帰って来た。

帰りのバス停で、孫と思しき子供を二人連れた50がらみのおばさんが列の先頭に・・・と言っても二人しかいなかったが、に、なし崩しで割り込もうとしたので「奥さん、お並びになったら如何ですか、列が有るんですから。」と言ってしまってから、自分が山の手言葉を喋っているのに気がついた。 我ながら器用な奴だ。 こういう時に下町風の巻舌になると絡んでいる様にしか見えない。

本のページの「小説(戦後篇)」を更新。

昨日掲示板に書いた内容がそのま流れて行くのは惜しくなったので、「文庫・新書」にその文章を挿入し、て・に・を・はを直して更新。

日記も六月分を別にした。


1999-07-19 [長年日記]

_ 右手を

怪我して以来初めて立ち喰いそばに入った。 秋葉原駅総武線ホームの「田毎」、たぬきそば、370円。 まぁ食べるのに時間がかかるので立ち喰いと言っても椅子の有る所なのだけれど、とにかくそこでたぬきそばを食べた。 左手で箸を使うのにも大分慣れてきたので、それほど時間をかけずに食べ終える事が出来た。

昨日の十一時半頃、いきなり接続が切れて、そのあと全く繋がらなくなって抑えのプロバイダに切り替えたのだけれど朝になったらちゃんと繋がる様になっていた。 サーバーがどうにかなっていたようだ。

明日後輩のM田君と一緒に写真を撮りに行くので右手でシャッターを押せるかどうか試してみる。 一番軽いペトリならなんとかなりそうだ。

嗚呼、酒が呑みたい。 暫くは、と言うか、当分の間禁酒生活を続けなければならない。

_ -今日の言葉-

南海先生是言を聞き、微笑して曰く、公等年壮に、気鋭なり。

各々其楽を以て楽と為す可し。

余の楽む所は唯比れ有るのみ、と。

因て又一二杯を連飲し、胸を撫て曰く、快なる哉。

 

中江兆民「三酔人経綸問答」より


1999-07-20 [長年日記]

_ 後輩の

M田君が来た。 昼に浅草で待ち合わせて六区の辺りのうらぶれた露地ををうろうろしたあと、上野へ。 公園の中を抜け、芸大の横を通って谷中へ。 墓地を抜け、商店街をひやかして、日暮里から京成で町屋へ。 町屋から都電にのったりおりたりしつつ、王子のマクドナルドで飯。 チーズバーガー2個LLセット、550円+5%。

街の中で写真が撮りたいと言うので、観光客の行かない東京の街を日がな一日歩き続け、写真を撮り続けた。 

マミヤの21mm/f4を貸したらハマッテしまい、「20mmが欲しい」と言うので、荻窪のプリズムへ。 丁度ウクライナ製ミール20mm/f2.5があったので、カメラにつけて覗かせてみたら気に入った様で、カードで買っていた。 中野のPに寄り、浅草でM田君を見送って帰宅。 疲れたが楽しい一日だった。 これで酒が飲めれば言う事は無いのだが・・・。 

昨日書き忘れていたが、「ペトリ研究会」と「スクリューマウントの部屋」を更新。 「ペトリ研究会」の方には最末期のペトリのカタログから、へなちょこさ加減が何とも言えない文章を、誤字・送り仮名の間違い・文章表記上の間違いもふくめて原文通り掲載。 カメラに興味の無い方も読んでみて下さい。 

_ -今日の言葉-

百年三萬六千日
一日須傾三百杯

 

李太白「襄陽歌」より


1999-07-23 [長年日記]

_ 朝から

病院へ。 相変わらずの混みようで、おまけに急患が入ったりなんだりして、病院を出る頃には2時半を回っていた。 もう風呂に入ろうが何を喰おうが好きにして良いようだ。 会社に顔を出し、四ッ谷に出て久しぶりにラーメンを喰らい、モールで写真展を見て帰った。

来週の頭から出社。

_ -今日の言葉-

賞罰不信
故士民不死也

 

「韓非子」より


1999-07-24 [長年日記]

_

謎の電話で起された。 家では私の名前を正しく読めない人は押し売りか何かだと判断する事になっているので、「ひろつぐ」と読んでしまったその人は母親に自分が何者であるかを事細かに説明する羽目になったようだ。
 漸く取次がれたその電話の相手は人間椅子のライブの為に夫婦で東京に来ていたカボさんで、11:30に澁谷のハチ公前で待ち合わせる事になった。 ネタを仕込んでいる暇は無かったのでとりあへず写真を貼り付けたノートとカメラを鞄に詰めて澁谷へ向かった。
 なんでだか良く判らないが何故かハチ公前に居たべにをさんとセンター街のマクドナルドへ移動して朝飯。 写真を見せつつぐだぐだ話をした後「ひるオフ」の有るべにをさんと別れて中野に移動。
 南口のPのウインドウを冷やかしてからブロードウェーへ行き、中古CD屋を覗いたらビーチボーイズの「テンイヤーズオブハーモニー」と言うアルバムを見つけた。 買おうと思ったらなんと¥9800-、プレミアが付いて元値の三倍になっている。 一寸二の足を踏む様な価格だったので、出資しそうなひたひたに電話を入れておいた。 ブロードウェーの中をひと回りしたカボさんが足を止めたのは「中古CD屋」「ねこぢるグッズ」「ねじ式Tシャツ」「サトちゃんグッズ」など。 涼みに入ったのにクーラーが全然効いていないミスタードーナッツの中で、写真やらカメラやらネット上にはびこるバカやらについて話をしていたら時間になってしまい、ライブの会場である渋谷のオンエアー前に移動。 旦那様であらせられるバチコン氏に挨拶をして帰ってきた。
 カボさんは思いのほか可愛らしい見た目の人で、この外見でころっと参ってしまった人はホームページで公開されている詩とか文章から見て取れる内面とのギャップにさぞかし困惑するのだろうなぁ、と思った。 そして外見を見て、且つ内面も垣間見てしまった私は「あぁ、この人は人妻なのだなぁ・・・」と密かに嘆息するのであった(笑)。 これで旦那がどうでも良い様な人だと「くそっ!勿体無ぇ」と、また.面倒な事に成るのだけれど、バチコン氏も切れた凄い人で有ったので非常に助かった、と言うか安心した。
 夜、ひたひたから電話。 ビーチボーイズの件は高すぎるので却下、と言う事になり、話のついでで7/15の日記に書いたダメページのURLを教えて感想を聞いた。 結論は
「自分と言う人間に自信が持てる様になる、と言う点では良いホームページである」

と言う事、それ以上は言わぬが花と言うものだろう。
 けだるい気分で電話を切って寝た。

1999-07-25 [長年日記]

_

起きない。 昼頃起き出してハナマサと言う業務用の食料品も置いているスーパーへ買い出しに出掛けた。 とり肉2キロ、スパゲッティ2キロ、豚肩ロース400グラム、冷凍いんげん500グラム、冷凍さといも500グラム、マカロニ1キロ、野菜ジュース1リットル、とりレバー400グラム等々を買う。 4000円弱。  家に帰って「とりレバーのトマト風味煮」を作った。 レバー400グラムを茹でて、火が通ってきたら適当にガラスープの素をぱらぱらと。 野菜ジュース500ccとバジル、オレガノを加えて2/3くらいに煮詰めて、煮詰まってきたらマカロニを叩き込み、マカロニが食える程度にふやけたらオリーブオイルをひとったらしして出来上がり。
 これを晩飯のおかずにしようと思っていたのだけれど、晩飯を喰う時間には親爺と妹によってあらかた喰い尽くされており、豚肉と茄子で同じ様な物を作っていたらバチコン氏から電話がかかってきた。

 「あぁどうもは◯◯まですゥ」「今ライブ終わりましたんでェ、カボにかわりますゥ」と勢い良くしゃべったあとすぐカボさんにかわった。 仄聞したところによると、バチコン氏は初対面の相手であったり緊張したりすると大阪弁で「ばぁーっと」しゃべるらしいのだけれど、私相手でも緊張するのかと思ったら一寸可笑しくなった。 
 で、御夫妻、昨晩は飲み会を早めに切り上げて「そのへん」に泊まったそうなのだが、オンエアーの近所で「そのへん」と言うとまぁ円山町になるのだけれど(謎笑)夫婦連れはこういう時手っ取り早くていいなぁと思った。
「今日は(私の予想通り)昼頃から活動を始めたので西新宿をうろうろした程度でなにも出来なかった」と言っていたが、まぁ帰りの足も確保出来た様なのでよかったよかった。
 このへん迄話したところで、鍋が焦げる寸前の厭な音を出し始めたので電話を切った。
 今年の夏は私も大阪方面に言ってみようと思っている。
 明日から出社。 気が重い。

投票などするな!
投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。投票を依頼してくる連中
など無視せよ。連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、共産党であれ
、われわれの敵だ、投票用紙を破り捨てろ、投票箱をぶち壊せ、候補者
だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。
(CNTの声明)

文責:墨田ペトリ堂
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