トップ «前月 最新 翌月» 追記

墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


ペトリあんてな
二面楚歌 断章
二面楚歌 グラビアレビュー備忘録
寒空文庫(仮)
写真日記二面楚歌 隠居所
petri's fotolife
酒田へ行きたい
ザ・インタビューズ

投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より


2000-05-01 [長年日記]

_ 仕事を辞めてから

早一と月、未だに今後のみの振り方が決まりません。

金が無いので、日がな一日家に居て鼻毛を抜いていた。


2000-05-02 [長年日記]

_ 午前中に

家を出て西の方へ。 ひたひたの引っ越しの手伝い。

駅前でとりあへず昼飯。 私はカツ丼、ひたひたは親子丼。 味噌汁と鰹のたたきの小鉢と漬け物が付いてどちらも500円也。 安い。

荷物が付く前に部屋の片づけ。 ニッパーくんの部屋(六畳一間、便所・台所付き、風呂無し)に転がり込むため、荷物を運び込む場所を作らねばならない。 先ずはニッパー君のものを押し入れと天袋に押し込み、備蓄食料をベランダの物置きへ。

_ そうこうしているうちに

運送屋が到着し、段ボール二十数個と洗濯機、冷蔵庫、電子レンジその他が運び込まれたのだけれど、その時点で部屋の3/4は荷物で埋め尽くされていた(笑)。

先ず、食器棚とラックを作って仕舞える物はしまってしまうことにしたのだけれど、ドライバーもネジもどこへしまったのやら荷造りした本人にも判らず、片っ端から段ボールを開けていったら最後のヤツに入っていると言うお約束のオチが付いたりしてドタバタしたものの、八時頃には棚を買わないとしまえない本・CD・ビデオなどを除いた殆どの段ボールを解体する事に成功した。

・・・と言っても十数個の段ボールが部屋に残された(笑)。

御苦労賃とし高円寺でごちになり、お土産まで貰って帰宅。 有難うございました。


2000-05-03 [長年日記]

_ 高崎線を

北上して友人イナダ宅へ。 大学時代、私が委員長(謎)の時に会計をやって頂いて一緒に地獄を見た(笑)ミヤシタ総統が連休で遊びに来ており、焼肉を御馳走になった。 そのまま泊まり


2000-05-04 [長年日記]

_ 朝6時起きで

総統が少年時代を過ごされた街、町田へ。

住んでおられた社宅は跡形も無くなっていたが、周りの公園や小学校はそのまま残っておりしばし感慨に耽っておられた。

_ そのあと

都内へ移動し、西日暮里のコインパーキングに車を停めて谷中の怪しい中華屋「ラッキー」で昼飯。 餃子とやきそばで530円也。

_ さらに

澁谷へ移動して怪しい洋書と軍装の店「アルバン」へ。 総統は「一億あれば店ごと買えるのになァ・・・」「何を買ったら良いのかわからなくなってきた・・・」と溜め息をつきつつ、ペロポネソス戦争時のギリシャ軍とペルシャ軍の軍装の研究書などをご購入。 さらに各国軍放出品各種取扱の御徒町の中田商店を冷やかしたあと、友人イナダと総統はお帰りになられた。


2000-05-05 [長年日記]

_ こまごました

用事を片付けた後、昼過ぎに再び高崎線を北上。 待ち合わせて謎のイタ飯屋で晩餐。 山盛りのスパゲティにとんかつが一枚乗り、その上にブラウンソースのミートソースがかかっている恐ろしい代物。 流石に次の日の朝迄もたれた。
 そのあと、わざわざ4時間程かけて、絡みの無いAVのような碌でも無い映画を執念で撮り続ける「日本のエド・ウット」ことヤマモト監督夫妻の家へ。 夫人がついに御懐妊とのことで、人生の墓場にさいごの土がかけられて成仏せざるを得なくなったヤマモト監督にお悔やみを言い、厭味を言い、嘲笑しつつビールをかっ喰らって2時頃寝た。


2000-05-06 [長年日記]

_ 十時半頃起きて

混まないうちにイナダ邸へ移動。 帰りに六合村の尻焼温泉河原露天風呂(無料)に入った。

ここは川床から沸き出した温泉を塞き止めて川全体が温泉になっており、浅い所は数十センチ、深い所は二メートル、温い所は水、熱い所は熱湯になっていて、好みの深さ・温度のところにつかっていられる。

客もフルチンの爺ぃからぴちぴちぎゃる(死)までさまざま。 独りで来て、半日くらいぼーっとしていたい。

イナダ氏一押しの安くて旨いホルモン屋で晩飯を喰って解散。


2000-05-07 [長年日記]

_ 悪仲間petaが

カメラを手放したいと言うので新宿で待ち合わせ。
階段を降りると茶店の有る(一部笑)カメラ屋で査定をさせたら篦棒な事を言われて、奮然と荻窪へ移動。
然し乍ら、店主と常連が青山で写真展開催中のプリズムは早じまいで、予定より少々早いが中野へ移動。 いつもの店でいつもの様に怪しく交渉して(笑)納得の行く値段で引き取ってもらった。
ついでにヤマモト監督とイナダ氏から依頼されたカメラを修理に出してから北口の中国語が飛び交う怪しい中華屋で飯を喰って帰宅。


2000-05-08 [長年日記]

_ 先日

長野へ行く途中に車で和田峠を越える際に「ここの旧道が曲がりくねってる上に細くて危ない」とか「碓氷峠の旧道も危ない」なんて話になったので

「でも日本で一番危ないのは人形峠でしょう」

 ・・・というオチをつけようと思ったら、なんだか判らなかった様ですべってしまった。 判りにくすぎたか・・・。
 で、五月八日。 午后三時半過ぎまで埼玉県内で野暮用。 その後都内へ移動して、青山でやっている「20plus」と言う写真展へ。
 これはわたしがよく行くカメラ店の一つである荻窪のプリズムの店主と客が二グループ・各10名づつに分かれて、同じ会場で会期を分けて行う写真展で、案内状には

「1人のモデルを10人のカメラマンが、それぞれの想いを込めて写した写真展です。 カメラマンの違いによるモデルの変貌を楽しんでいただけると思います。」

・・・と書いてある。
 5/5〜5/9迄が一部、5/10〜5/14迄が二部となっていて、この日は一部。  一部の方のモデルさんもプリズムの客なのだけれど、非常にノリの良い人で、撮影後に飯さえ喰わせておけばどんな格好をさせても、どんな撮り方をしてもけして文句を言わないし表情もくるくる変わって非常に面白い。
 アマチュアならではの恐いもの知らずがプラスに振れた、みていて非常に面白い写真展であった。
 難を言へば、モデルの強烈な個性に呑まれてしまっている嫌いが無くも無かった。 これはモデル本人によるセルフポートレートが余りにも凄かった所為も有るので仕方の無い事では有るし、私がそれ以上の物を仕上げる自信があるかと問われれば無い
 18時迄ということだったので慌てて行ったのだけれど、結局閉めたのは19時過ぎ。 帰りにプリズムに寄ってから帰ろうと思ったのだけれど、仕舞っていたのでそのまま帰った。

2000-05-09 [長年日記]

_ 午后から

職安で手当ての説明。
パンフレットに書いてある事を説明してビデオを見せるだけ。 こういう時は寝る事にしている。
三時半過ぎに漸く解放されたので、昨日に引き続いて「20plus」へ。
今日は一部の最終日で、2部との写真の入れ替えも有るのでその手伝いも含めて見に言った。
二部の出品者にはプロも含まれており、作品の仕上げはさすが。 モデルさんが撮りにくい所為も有ってか写真そのものはおとなしめの物が多い。
会場設営には流石に気合いが入っていてわれわれ部外者が容喙する隙はなかったので、邪魔にならない様に下でビールを呑みつつ管を巻いていた。
八時前にはその日の設営を終えてロイヤルホストへ移動。 久しぶりに写真の話(カメラではなく〈笑〉)をした。
私がここでかいつまんで書き出してもその場にいなかった人にその面白さを伝える事はとても出来ないのだけれど、野暮を承知で書いてみると・・・、

 技術的な部分が如何に進歩しても、その人の撮る写真はそんなに変わらない。

 普段から物を形ではなく色で判別していると、写真も、モノクロの良さは認めつつもカラーで撮らないと落ち着かない。

 標準や広角を使う作風の人は声の小さい人が多い。 望遠で遠くから撮るタチの人は声が大きい。

 ・・・ってな感じ。
 で、写真を見るとどう言う人か大体判ると言うので私の自分でも何を撮りたかったのか判らない様な写真を見せた所、「これは良く判らないけど・・・。」と苦笑しつつも「あなたは物事を冷静に見ようとしているでしょう?」と言われた。
 うーむ。

2000-05-10 [長年日記]

_ バイトの不採用通知が来た。 とほほほ・・・。


2000-05-11 [長年日記]

_ 誕生日を迎えた

自分の為に少しばかり豪華な夕食にした。 刺身が喰いたかったがアボカドで我慢した。


2000-05-13 [長年日記]

_ 午后から

「20plus」へ。 二部の作品は会場設営の途中で見ただけだったので、じっくり見ようと思っていたのだけれど「近所でペトリのケースが100円で出ている」と言うので取るものもとりあへず店へ走り購入。

金を下ろし損ねたのでバス代が足りず帰りは雨の中駅から家迄歩いた。


2000-05-15 [長年日記]

_ 午前中

頼まれた撮影を済ませてからひたひたと待ち合わせて「20plus」へ。
モノクロの作品が少なかったのでひたひたには少々物足りなかったかも知れない。
一通り見た後は下でビールをかっ喰らい乍らダメなカメラ談義。
午前中は撮影だったので真っ当な機材しか持ち歩いていなかった筈なのだけれど、カメラバッグのなかを見たらやはり私のカメラは所詮私のカメラでしかなく、人様から見れば十分変なものであった様だ。
ひたひたは先に帰ったが私は打ち上げ迄いる事にしていたので、御見送りがてらとなりの写真洋書専門店「shelf」に入り棚を見ていたらアジェの写真集が有ったので思わず買ってしまった。
 ATGET PARIS なるその写真集は、A5判で厚さは5センチを優に越えて全787ページ。 お代も税込み¥7182-。 フランス語は何だか判らないのだけれど造本のセンスは流石であった。 パリの街が区ごとに地図になっているのだけれど、通りとか広場とかの名前の綴り文字のみで地図が描かれていたり、ページの上段に区の名前、下段に場所が書かれていたり・・・。 装丁も落ち着いて良い。
打ち上げでは注文の取りまとめやら店との交渉やら勘定の計算までやったのでちぃとも酔えなかったがその分冷静にひとびとの呑み様が観察出来て面白かった。 昔はいつもこうだったから飲み会レポートなんて物が書けたんだろうなぁと感慨に耽りつつ新宿へ移動してロイヤルホストで二次会。 終電を捕まえたら中で酔っ払い二人組に絡まれてさんざんだった。


2000-05-16 [長年日記]

_ 雇用保険の

認定日なので職安へ行って手付きをした後職探し。
面接のアポが取れたので一旦帰宅してから背広を着て新大久保へ。 面接はあからさまな不首尾に終わり、中野・荻窪とカメラ屋の梯子をして憂さを晴して帰った。


2000-05-17 [長年日記]

_ 昨日の奴は

やはり不採用。 明日はまた職安だ(笑)。
 カボさんから新しい詩集が届いた。 紙に印刷されたものの確かさの様なものを忘れていた。
 スイッチを切っても、そこに、ブラウン管の外に厳然と存在するものからは、到底逃げられ得ない。
 ・・・なんだかとても凄いのでどうにも論評しにくいのだれど、私の文章には作為があり過ぎるなぁ、と、つくづく感じた。

 貶すのは得意ですが誉めるのは苦手です。 詳しい事はここへ行って見て下さい。


2000-05-19 [長年日記]

_ 夕方

浅草へ。

三社祭の初日を撮影。 機材はライカD−IIIにジュピター3 50mm/f1.5。 フィルムはネガカラー、フジの400。

露出計を家に忘れて来たのでヤマ勘露出。 やはり大抵の人はAF一眼レフを使っています。 確かにそうでないとピントは辛いですね。

_ その後

上野へ移動して某オフに参加。 マルイの前で待ち合わせて上野の昇龍という中華屋へ。

ここの餃子は巨大で一個が普通の店の三倍くらいある。 11人で行ったので席が分かれてしまったのだけれど、幸い小食なグループだったので餃子三枚、肉ニラ炒め、五目チャーハンで済んだ。 ひとり頭1275円。

店を出てからマクドナルドで暫く時間を潰した後、カラオケ屋でオールナイト。

十一時半に店に入ったのに1時半までくっちゃべりっぱなしで誰一人歌わないと言う訳の判らない珍しい経験をした。

歌が始まらないまま日付けが変わった。


2000-05-20 [長年日記]

_ 主賓が

最近へんな夢を見たと言うので詳しく聞いてみたら、何故か東大の時計塔〈安田講堂のことらしい〉の上に立っていて、やたら高いその上から何故か飛び下りるのだけれどそのさまを観客が見ていて、地面にぺちょっとぶつかったところで目が覚めた、とのこと。 
 「そう言う夢ってユング的な解釈をするとエロエロな話になって面白いんだよねー」といったら興味を示したので、
「その矢鱈高い安田講堂ってのは男根の象徴ですね、その上に立っているのは支配願望です。」
「墜ちていいくところを観客にみられているってのは、堕落願望、さらには堕ちていく様を人に見られたいと言う願望ですね。」
「塔が安田講堂なのは身近にいる東大中退の人へのコンプレックスです。」
・・・とかなんとか口から出任せを並べて遊んだのだけれど、ウケていたからまぁよしとしよう。
 二時頃から漸くぼちぼち歌が始まり七時半の閉店迄歌い続けた。

 歌った歌
 「マジンガーZ」水木一郎
 「赤色エレジー」あがた森魚
 「黒の舟歌」加藤登紀子
 「旅姿三人男」ディック・ミネ
 「サンシャインロマンス」オリジナルラブ
 「青春の詩」吉田拓郎
 「フリーズムーン」尾崎豊
 「ルパン三世のテーマ」チャーリー・コーセイ
 「君は人の為に死ねるか」杉良太郎
 「Wild Wild Summer」フリッパーズギター

 あと何曲か歌ったような気もするけど覚えていない。 相変わらずうける人にはウケて、うけない人にはさっぱりと言ういつものパターンであった。
 カラオケ屋を出てからファーストキッチンへ移動し、朝飯を喰い乍ら十時半ころまでぐだぐだ喋って解散。
 昼から夜の八時半まで延々寝ていた。

2000-05-21 [長年日記]

_ 昼から

新宿へ。 階段をおりると茶店のあるカメラ屋でペトリを身請け。
 三社祭を撮りに行こうと思っていたのだけれど、宮入は八時頃からなので、時間を潰すためにとりあへず中野、そのあと荻窪へ。
 暫くぐだぐだやっていると徐々に雲行きが怪しくなって来て、始めパラパラ、のち土砂降り。
 ここでやる気の半分は失われて、さらに道連れにしようとひたひたに電話をしてみると結婚式で仙台へ行った帰りの新幹線の中。 これでもうお祭りはどうでも良くなってしまい、仙台でやっていたカメラマン稼業から足を洗って山梨でワイン屋になった奇特な方と一緒だってんで新宿で落ち合ってお茶でも飲む事に。
 ワイン屋は相変わらずのけだるそうで且つ不健康そうな雰囲気を保っていて安心した。
 山梨へ帰るワイン屋を見送ったあと、とりあへずひたひたの荷物を家に置いて、「メシで喰うべぇか?」なんて言っていた所にプリズムから電話が入り、これから中華を喰いに行くってのに合流することにして、再び荻窪へ。
 その中華屋ってのがまた面白い店で、店の名は「広東風」ってんだけど、かなりちゃんとした物を喰わせる割に安くて、お茶もデザートも旨い。
 ここの麻婆豆腐がまた凄くて、唐辛子は少なくとも二種類、それに山椒から豆鼓やらなにやら色々入っているのだけれど、喰えば喰う程なんだか判らない。 で、物凄く旨い。
 プリズムの客の中でも特に悪い人たち(笑)と一緒だったので、ひたひたが拒否反応を起こさないか密かに心配していたのだけれど、それは全くの杞憂に終わ・・・るどころか、ひたひたのキレ方に引いていたのは悪い人たちの方であった。


2000-05-26 [長年日記]

_ 五月も

もう終わり、失業してふた月経った。 そろそろ働かないとマズイんだけど、何をするにも、こう、何と言うか、馬鹿々々しさを感じてしまって、どうにもやる気が起きない。

元来自分を売り込むことに胡散臭さを感じているので、「あなたのセールスポイントは何ですか?」などと聞かれても何と答えてよいやら見当がつかない。

逆に「あなたの短所は?」なんて聞かれても、まさか「厭世主義と虚無主義を克服できないことです」なんてぇ事をしゃべるわけにも行かないし・・・。

で、職安で紹介された所の面接に行って来た。 11時からって事になっていたのだけれど丁度忙しい時間帯らしく、暫く待たされた後、店の奥で面接。

みっちり一時間、根掘り葉掘り聞かれてぐったりした頃合に開放された。

結果は後日PHSにかけてくれるそうな。

新橋まで歩いて立ち食いでかき揚げうどんを手繰ってからカメラ屋を三軒梯子して素見。

いったん帰宅して着替えたあと、夕方から市ヶ谷へ。

法政の貧乏くささを守る会主催の「5.26 法大 3万 朝帰り集会」へ野次馬的に参加。

これは学内を小奇麗にした上で規制を強化し法政を上智・青山化してブルジョアお上品大学にしようとする大学当局の陰謀を粉砕して、貧乏臭くて自由で居心地のよい法政の校風を守ろうとするイベントで、非常に貧乏臭い飲み会であった。

待ち合わせてキャンパスに入ると開会挨拶がはじまったところで、そのあと各サークルの連帯挨拶、学内デモとつづき、のどが渇いた頃合に漸く飲み会は始まった。

自ら「貧乏」と名乗るだけの事はあって、非常に貧乏臭く、酒はビールとワインが少しであとは合成酒と焼酎(甲類)。 つまみは乾き物が少しあるのみ。

どうにもしょうがないので自分で買出しに出かけた。 新見付橋を渡った外濠の向うにコンビニとハナマサ(24時間営業の肉屋)が並んでいるのだけれど。 とりあへずハナマサでサラミソーセージ゜(太さ10センチ、長さ40センチ)と徳用チーズ、漬物、キムチを購入。

となりのコンビニで割り箸と紙皿、ウーロン茶を購入。

そして夜は深けて行った。


2000-05-27 [長年日記]

_ これで

一晩もつだろうと思ったらそうは烏賊の○玉。 そんな見込みは大甘の甘太郎で、飢えた狼の群れに投げ込まれた肉は瞬く間に「肉食うのなんか何日ぶりだろう」と感涙に咽ぶ狼たちの胃袋へ吸い込まれてゆき、買っていった物はあっという間にきれいさっぱり無くなった。
この催しで感心だったのは女の子が多いことと、それを狙ったまったり野郎が少ないことだ。 これには私もシャッポを脱ぐ。
では参加者が何をしていたかと言うと・・・

一晩中歌いつづけたり

サッカーをしつづけたり

フリスビーを投げあったり

キャッチボールをしたり

座り込んで語りに入ったり

ドンジャラに興じたり

デモ訓をしたり

焚火を囲んでインターやらワル労を歌ったり

酔いつぶれたり

黒旗にくるまって寝たり

焼酎に浸したパンを鳩に食わせて酔っ払わせたり

なか卯に飯を食いに行ったり

その間に会場を片付けたり

火を消したり

とっとと帰ったり

色々であった。

 嗚呼、これが青春・・・   (C)吉田拓郎

 わたしもあらかた片付いたのを見届けた後、家に帰って昼まで寝ていた・・・ら
 ひたひたから電話がかかってきて、二時に錦糸町で待ち合わせてヨ○バシを素見してから谷中の例の店で餃子とマーボー豆腐と焼きそば。
 久しぶりに連れ出したローライコードを振り回しながら谷中、根津、千駄木界隈をぶらぶらしつつ上野へ。
 いい加減暗くなってきたところへ雨までふってきやがったので、荻窪の某カメラ屋へしけこんで管を巻いたあと、広東風で晩飯。
 注文する係りの人にひたひたが無脊椎動物アレルギーだと言うのを忘れていたため、烏賊だの海老だの牡蠣だのが拷問か嫌がらせのように出てきてしまって、さらには私がレートを読み違えたがために立て替えてもらうことにもなってしまって、ひたひたには二重に申し訳なかった。
今度埋め合わせします。 ・・・いつになるやら判りませんが。


2000-05-28 [長年日記]

_ 親父も

会社を辞めた。


2000-05-29 [長年日記]

_ 先日

受けた会社から「一時面接を通った」との電話。 明日、2時から面接。


2000-05-30 [長年日記]

_ 先日の

面接の際のメモを踏まえて社長直々に面接。
一番こまった質問は「逆にあなたから聞きたいことはありませんか?」って奴で、「別に無い」んだけど、それを言っちまう訳にもいかないので往生した。
だって働いて見なきゃ判んないじゃないですか。
通ったか通らないか判らないけど、色々考えた末この話はお断りする事にした。
日曜のみの休みで一日12時間労働、サービス残業アリアリってのを社長の口から聞いたらもう何と言うか・・・。


2000-05-31 [長年日記]

_ 昨晩からの

頭痛で七時過ぎには目覚めたのだけれど、起きられなくて、かと言って眠れる訳でもないのだけれど9時頃まで布団の中でぐだぐだしていた。
 で、昨日の面接の件はどう転んでも無しってことで、今日も今日とて職安通い・・・をしなければならないのだけれど、どうにもくさくさするのでバス停からひたひたに電話して秋葉原で待ち合わせ。 時間が空いたのでお茶の水で降りて、湯島聖堂からぶらぶらと坂を降り乍ら撮影。 スケボー広場の前で落ち合ってT-ZONEやらラオックスのザ・コンやらソフマップやらを冷やかした後、明神下から坂を登って下って神保町の共栄堂で昼飯。 スマトラカレー大盛、¥900-。 喰った当座は口でも胃でも辛くないのだけれど、あとからじわぁ〜っと効いて来る辛さ。 今年外で喰ったカレーの中では一番旨い。
 雨が降ったり止んだりする中、四ッ谷に出て我楽多屋からモールへ。 モールの二階でやってい写真展はまたつまらないもので、げんなりしつつ新宿へ移動。 ひたひたは、さんざ逡巡した末ヨド◯シでMOドライブを購入。 気晴らしに中野の例の店に寄って、立ち喰いで冷やしたぬきを手繰って帰った。



「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
1998|11|12|
1999|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2000|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2001|01|02|03|04|05|06|07|08|11|
2002|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|
トップ «前月 最新 翌月» 追記