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墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


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酒田へ行きたい
ザ・インタビューズ

投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より


2001-04-01 [長年日記]

_ 一服盛られた所為か、

眠くならない。 10:30、掛かってきた電話で起床、なんとか起きて飯を掻き込み、幕張、東京ゲームショーへ。
今年は反革命マイクロソフト(笑)がX−BOXを出しているくらいで、目立つブースは無かった。 ・・・ってうか、ゲームはほとんどやらないので殆ど見ていない。 いろいろ有って、角川の物販ブースに小一時間いて帰った。
帰宅途中に写真を撮ったのだけれど、兎に角疲れたので家に帰って裏コンテンツのテキスト打ち。
短い文章を撰んでやってみたのだけれど、結構骨が折れる。 旧字旧仮名のものと新字新仮名に直した物と両方やってみようと思っている。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

# uxki6q50 [cyqf4x3wn http://002evolves.blogspot.com]


2001-04-02 [長年日記]

_ テキスト打ちは、

なかなかどうして疲れる。 うとうとしながら漸く11ページ分終わった。 残りは8ページ。
旧字旧仮名を新字新仮名に直しつつ、明らかな誤植は訂正。

<例> 「るる」→「ゐる」→「いる」

 送り仮名はばらばらだし、誤字・俗字も多いのだけれど、それはそのままで行こうと思っている。

<例> 「集る」「皆んな」「何んでも」「不精不性」「六ケしい」

自分で校正もしているのだけれど、縦書きの物を横書きに直して、その中から間違いを見つけ出すのは非常に面倒くさい。


2001-04-03 [長年日記]

_ 仕事帰りに

駅前の怪しげな立ち喰い蕎麦へ。

間口も狭く汚いのだけれど、客の入りは良くて、その殆どが酒を飲んでいる。

_ とりあへず

てんぷら蕎麦、300円。 茄子、春菊、かき揚げ、鰯、鯵、海老、烏賊等々どれを入れても300円。 この日は春菊にしてみた。
酒は200円、つまみもてんぷらは100円だし、刺身やら煮付けやら酢の物やらが300円くらいでずらりと並んでいる。
てんぷらは自家製で、しかもこまめに揚げ足しているらしく、からっとしている。油も良い。
つゆは魚くさいつゆで、麺は茹で麺ながらきちんと湯がかれていて咽越しは良い。 かなり良さそうな店なので引き続き調査するつもり。


2001-04-04 [長年日記]

_ 仕事帰りに

日暮里へ。 蛇腹カメラ3台をひたひたに引き渡し。

スーパーウェスター6     ウェスター75mm/f3.5 N.K.K B・1〜1/300s

バルダックス         トリオター75mm/f2.9 コンパーラピッドT・1〜1/400s

ウェルタ・ペルレ       テッサー75mm/f3.5 コンハーラピッドT・1〜1/400s

スーパーウェスターは6×6、6×4.5の切り替え式で距離計連動。 残りはセミ判(6×4.5)の目測式。
谷中銀座の一寸亭でめしを喰ったあと、夜桜を撮影しつつ谷中墓地→上野公園→弁天堂→不忍池へ。 けっこう寒かった。

2001-04-07 [長年日記]

_ 仕事を

とっとと終わらせて、会社の花見もすっぽかして新宿、ロフトプラスワン、「いずみちゃんナイト8」へ。

ケチって私鉄で行こうとしたのがそもそもの間違いで、特急通過待ち合わせやら何やらでどうにも開演までに着きそうもないので、国鉄に乗り換えたのだけれど、ここでも時間をロスしてしまい、予定よりかなり遅れて現地着。

なんとか開演には間に合ったものの、席はほとんど埋まっていた。 あいさつ回りをしているうちに開演。

今回は第1部と第2部を見ただけで帰った。 帰ってからネットに繋いだら何時の間にか寝ていた。


2001-04-08 [長年日記]

_ 朝、気が付いたら

6時。 当然始発には間に合わない。 兎に角急いで支度をして家を出た。

8:12上野発の常磐線で北へ。 茨城の真ん中辺りが櫻の盛りで、北に進むに連れて蕾が多くなってくる。 例によってうつらうつらしながら仙台へ。 ついた頃には3時を回っていた。

_ 愛宕橋の

カフェマチスと言うギャラリーカフェにて、ばく先生の写真展を鑑賞。 仙台の街の中で撮った写真をキャビネで焼いて揃いの額に入れてあって、しかも壁ごとに縦位置と横位置に分けて展示してあった。

4人のカメラマンに依る合同展なのだけれど、誰が何を撮ったかは明記されておらず、ただ撮影地のみが書いてあった。

額込み3600円で販売もしており、何点かには既に買い手がついていた。

_ 銀行へ

金を下ろしに行きがてら、新しく出来た中古カメラ屋「イコンハウス」へ。 品揃えは国産・舶来とりまぜてまぁ満遍なく。 値段は高すぎはしないが安くは無い。そんなに面白い物も無かったので直ぐに出ようと思っていたのだけれど、店で掛かっていたFMに椎名林檎が出ていたのでついつい長居してしまった。

値付けはPhototecよりはマシなのだけれど、店主はカメラに関して素人に毛が生えたような知識しかなくてガッカリ。 東京から態々見に来るような店ではないけれど仙台にいる限りにおいては巡回コースに入れる意味はあると思う。

気になるものも無くは無かったのだけれど高すぎた。 ハリナ35X 23000円也。

_ 帰りがけに

モスで新商品の「モスライスバーガー・かき揚げ」を食べてみた。 不味くは無かったが二度と喰わないと思う。 これをかき揚げと呼んでいいものなのか?
 会場へ戻ってからばく先生にコーヒーをご馳走になった。 旨い。 店内には画集・写真集がいろいろ有ったのだけれど、私の趣味に合うものは一冊たりともなかった。 美術手帖を置いている店とは相性が悪いようだ。 マン・レイのポートレイトの奴を少し見た。
 19:00に仕事が終わるお散歩子猫とSS30の前で待ち合わせ。 なにやら中華屋へ連れて行かれた。 この日の呑みの面子は、お散歩子猫、かみやん、私、六条。 かみやん邸へ移動して朝まで。


2001-04-09 [長年日記]

_ 朝8時に

起き出して仙台駅へ。 東北本線を南下、喜多方へ。

珍しく接続は良かったのだけれど、磐越西線はいつもの事乍らちんたらちんたら走りやがって結局ついたのは14:00過ぎ。

_ 早速

市内Gへ行って昼飯。 平日で観光客も少ないためか、珍しくタンメンをやっていた。 旨い。

たわらやで10円饅頭を40個買い、生協のスーパーで油揚げ、身欠き鰊、豆腐などのつまみと酒を購って先方の家へ。 饅頭をつまみつつ茶など喫しながら四方山話。 なしくずしで酒となり、さんざ飲んで喰って10:00頃には寝た。

今日の酒は清川の太左衛門、カッツのゼクト(スパークリングワイン)、まだ何か呑んだような気もするが覚えてない。

つまみは油揚げの炙ったのと奴と身欠き鰊の炙ったのと蕗味噌。

カッツのゼクトと和風の貧相なつまみとの相性は最悪だった。 チーズのひとつも買っときゃ良かったが、後の祭り。


2001-04-10 [長年日記]

_ 人の

動く気配がすると目が醒めてしまう貧乏性の私は、8:00過ぎには目が醒めてしまった。 気が付いたらここ2日咳をしていない。 今までずっと出つづけていた咳は何だったのだろう。 10:00ころ出発。 市役所に車を停めてB食堂へ。 朝っぱらから大盛肉そば。 流石にちときつかった。 今日も生協のスーパーで買い物。 油揚げ20枚、打ち豆2パック、チーズ、調理パン、ビール2本、酒1升。 今日は私鉄で帰宅。 流石に疲れたのでとっとと寝た。


2001-04-11 [長年日記]

_ 流石に

疲れているらしく、やたら眠い。 今日も早寝。


2001-04-21 [長年日記]

_ 会社帰りに

荻窪へ。 区民センターで写真展の打ち合わせ。

終了後、広東風へ移動して晩飯。 始まったのが10:00頃だったので、気が付いたら終電直前。 泡を喰って駅まで急ぎ、漸く間に合った物のタクシー代なんざ無い。 駅から電話をして家のものを待たせておいてタクシー代を払ってもらった。

我ながら情けない。


2001-04-22 [長年日記]

_ 昼から

起き出して秋葉原へ、ひたひたと待ち合わせて電気屋巡り。 家の冷蔵庫の調子が悪いので、代替品の価格調査。 ついでにノーパソの価格も見て回った。 Macでも3万もあれば何とかなりそうだ。

給料が出たら買おう(・・・とこの時は思った。この時は。)。

ついでに中野のPへご機嫌伺いに。 電車の中で蛇腹カメラの話になり、「1/125s以上ってあんまり使わないやねぇ」なんて話から「昔、マミヤシックスの雑誌広告で『あなたは年に何回1/500秒をつかいますか?』ってのがあってね」なんて話をしていたら、そのものズバリのマミヤシックスK型か有った。

シヤッター、蛇腹、ボディ共にまぁまぁ。 レンズに少し黴があったものの、これは前玉が簡単に外れるのでこれも何とかなる。

マミヤシックスは他の蛇腹6×6カメラと比べると、一回り大きくて重いのだけれど、その分使いやすく、信頼性も高い。

ひたひた女史はいじくっているうちに欲しくなったらしく、値段を聞いてみたら・・・うへへへへ、良いんですか旦那ってな具合になり、ご購入。

私は私でペトリカラー35(黒)なんて物を見つけてしまい、今月もノーパソは無し。


2001-04-25 [長年日記]

_ 仕事なんざ

とっとと終わらせて銀行に駆け込み、金を下ろしたらその足で兎に角中野へ。 ペトリカラー35(黒)を身請け。

このペトリカラー35ってカメラは昭和43年発売の高級コンパクトカメラで、レンズはテッサータイプの3群4枚「ペトリCC40mm/f2.8」シャッターは自社製B・1/15・1/30・1/60・1/125・1/250. 

距離計は付いていないが、ファインダーの中には距離目盛もあり、また40mmと言う広目の画角のため目測でも何とかなる。 右手でシャッターダイヤル、絞りダイヤル、レンズ繰り出しノブなどを操作できるし、露出計の表示も距離目盛もファインダー内にあるので、覗きながら殆どの操作が出来る。

慣れれば非常に使いやすいし、写りも非常に良い。 私はペトリの最高傑作だと思っている。

ただし慣れないと非常に使いにくいし、普通の店で買うとべら棒な値段がついていることがあるのでお勧めは出来ない。


2001-04-28 [長年日記]

_ 仕事帰りに

都内某所へ。
私がついた頃には皆さんほぼ出来上がりつつあり、2、30分もしたら河岸を変えよう・・・なぁんて言っていたのだけれど、私が来たらそんな事はふっ飛んで飲みなおしムードになってしまった為か、結局長っ尻で居座る羽目になった。
会話の中身も物騒、人相風体も怪しげで店の人がビビリつつも厭そうな顔をしていたし、他の客もいなくなってそろそろ看板にしたそうな素振りだったのでそろそろ勘定を済ませて外に出よう・・・と思ったら、毎度々々酒癖の悪い大莫迦野郎が「もう一杯呑んでから」とゴネ出して、しかもちんたら飲みやがって一向に腰をあげようとしない。 からみ上戸だし。
好い加減頭にきたので、ウーロンハイはまだ半分くらい残っていたのだけれど、こちらで勘定を済ませて店を出た。

私は何が嫌いってこういう野暮な野郎ほど嫌いなものは無いんで、正直言ってこうてう呑み方は下の下だと思う。 普段やってることや言ってることが幾ら立派でも、ひとたび呑んだらこうもグズグスになっちまうんじゃ説得力なんざかけらも無い。
酒なんさすっぱり止めてしまえ。
河岸を変えて阿佐ヶ谷の喫茶店へ行き、阿佐ヶ谷北氏のところで夜明かし。

2001-04-29 ai-land撮影会@北の丸公園 [長年日記]

_ 始発で帰って

とりあへず仮眠。 電話で叩き起こして貰って件の撮影会へ。

今日はモデル4人のうち2人がまぁそれなりにメジャーな(・・・と言っても「この業界では」ってな感じではある)仕事をしているためか、客の大半はそっちに吸い取られてしまい、私はお目当ての娘を比較的楽に撮る事が出来た。

その娘は最近厭な事が重なったり風邪を引き込んだりしていたので、少々心配していたのだけれど、案外元気そうで一安心。

_ 今日はペトリの日。

ペトリカラー35購入記念でフィルムも総てカラー。 使ったカメラは
α-7000+M42アダプター
オートタクマー 35mm/f2.3
CCペトリ 50mm/f2
ジュピター9 85mm/f2(使用せず)
ゼニット 100mm/f1.5

ライカD-III
ジュピター3 50mm/f1.5
ジュピター8 50mm/f2(使用せず)
上海 50mm/f3.5(使用せず)

ペトリカラー35 40mm/f2.8

ペトリコンピューター35 40mm/f2.8

ペトリf1.9 45mm/f1.9+テレ&ワイドコンバージョンレンズ

 α-7000をメインにして同じアングルでの枚数を稼いでみた。 ライカには久々にジュピター3をつけてボケ味を狙ってみた。
 カラー35はテスト撮影。 思えばペトリをメインにして撮影会に臨むのは初めてだ。

_ 終了後

どこかへ撮影に行こうと思っていたのだけれど、思ったより早く雨が降り出してしまい中止。 ひたひたと待ち合わせて阿佐ヶ谷へ。
さらに阿佐ヶ谷北氏らと合流して喫茶店を梯子。 部屋を片付けねばならないひたひたと別れてジャズバーへ行き朝まで。 色々有ってはじめは険悪だったのだけれど、まぁ何とかなった。
明け方、冷房がいきなり強くなり「あぁこりゃ帰れって事だな」と判断して店を出た。
博多天神でラーメンでも手繰ろうと思っていたのだけれど、前まで来たら丁度看板。 仕方なく向かいの別な店で食ったがあまり旨くは無かった。 家に帰るとカボさんから荷物が届いていた。 貸していた本とカボさんの新しい詩集。 紙にインクで刷ったものは矢張り良いなぁ・・・と、つくづく思った。 ブラウン管に映し出される視覚的に訴えてくる物もそれはそれで良いのだけれど、やはり私は紙に印刷されている物の方がしっくり来る。 詩の一篇々々に重みがあるので、少しづつ読むことにした。


2001-04-30 [長年日記]

_ 2日も

徹夜をしたので流石に起きられない。 仙台からはるばるばく先生がやってきて、写真部関連の面子で呑む事になっていたのだけれど何時の間にか寝ていて、大幅に遅刻した。
店についた頃にはすでに呑み始めから小一時間経過していて、もう好い加減できあがりつつあり、頼んだ料理もあらかた無くなっていた。
17:00過ぎに飲み始めたと言うのに、店が込んできても21:00を回っても誰も腰を上げようとしない。 しょうがないんで今日も私が仕切って店を出た。
店のほうから予め言われる事も有るのだけれど、大体一件あたり2時間、長くても3時間で河岸を変えるのが暗黙の了解であって、飲み食いの注文が落ち着いたらもう出る事を考えなきゃいけない。
一回こっきりで二度と使わねぇってンなら話は別だが、今後も使う気が有るんなら店に嫌われないほうがいいのは当たり前田のクラッカー、セサミハイチも宜しくってくらいのもんだ。
おまけに勘定は一人頭7000円。 貧乏人が雁首そろえて飲んでるんだからもうチット安い店にしてくれ。 どうせ味なんざどうでもいい面子なんだし(私はどうでも良くはないけど)。



「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
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