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墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


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「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨

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2001-07-01 [長年日記]

_ 昼起き

とりあへす恵比寿へ。 東京都写真美術館にて「桑原甲子雄 ライカと東京」を見た。

先ず入場料でびっくり。 収蔵品からの展示という事もあってか250円。

2/3が戦前、昭和10〜14年頃のもの。 残りが戦後、昭和25年〜現在までのもの。

_ そして

会場中央にはレンジファインダーのライカがずらり。 これは完全にライカの見せびらかし大会に堕していて戴けなかった。 この写真展の核となる戦前に撮影された物はすべて50mmの標準レンズで撮影されていることに意味があるので、関係ないカメラをずらずら並べる事に意味があるとはとても思えない。 じっくり見ようと思ったのだけれど、込んでいたので9月迄やっていることだし、又平日来る事にした。

_ 中野のPに

寄ってみた。 いい感じにくたびれつつもまだまだ使えるLXがあったのたけれど、ペンタックスなのでパス。 5月の末頃からこの店は2ちゃんねるのカメラ板でひたすら叩かれつづけているのだけれど、私はその犯人の一人として奥さんに疑われているらしい。 私は2ちゃんねるどころかネット上でもそれ以外でもこの店を貶した事は一度たりとも無いので、非常に心外ではあるのだけれど、叩かれ方が常軌を逸しているので疑心暗鬼になってもまぁ仕方が無いといえば無い。

だから私は2ちゃんねると言うヤツか嫌いだ。

_ 荻窪は

また休みらしく阿佐ヶ谷へ。 先週入ったちゃんぽん屋で腹をふさいでからヴィオロンへ。 流石に今日は開いていた。 入ったらグールトのピアノがかかっていてそのあとラヴェルのピアノ協奏曲。 麻原に似た男とツタンカーメンみたいな面の女が入ってきて、ひたすらおしゃべり。 カーテンの色の相談なら別のとこでやってくれ。 そうこうしているうちにラフマニノフの「ハガニーニの主題による〜」がかかった。 パガニーニは嫌いだけれどこの曲はそんなに嫌いではない。 逆に言うとラフマニノフは好きだがこの曲はあまり好きじゃない。
間口を広げたいのでこの店ではあえてリクエストをせずに、かかったものを聴く事にしている。 好きなものは家で聴けばいいし。


2001-07-06 [長年日記]

_ 寝たり起きたり

しながら日がな一日書き物とその打ち込み作業。 流れてネットに入り、明日朝顔市へ行く約束をしてからも、だらだらチャットなどしていたら、何時の間にか3時をまわっていた。 これから寝ても起きられないので徹夜。


2001-07-07 [長年日記]

_ 六時に

入谷駅前で待ち合わせてひたひたと朝顔市へ。 乗り越し、乗り換え間違いが重なりひたひたは日が昇ってから到着。 来るまでにあたりをうろうろしていたら朝からやっているパン屋を発見。 コロッケサンドを喰ってみたらこれがまた旨い。 ひたひたが来てからもう一個食べた。

_ 7時を

まわると朝顔市も込んできて、売り物の朝顔もしぼんでくる。 「抜けられます」「悪質な街娼・客引きが増えています・・・」の立て看板を横目にしつつ鶯谷から忍ヶ岡中の脇を通ってぶらぶらと上野公園へ。 科学博物館へ入ってみた。 改装してから初めて入ったのだけれど、体験コーナーが大掛かりになっていた。 子供達より、連れの大人たちより、案内ボランティアの爺さんたちが楽しそうだった。

良い老後だ。

_ 芸大の前から

上野桜木、谷中へ。 愛玉子に寄ってから日暮里駅で国鉄に乗り中野へ移動。 ひたひたはアパートの契約へ、私は時間つぶしに喫茶クラシックへ。 

すごいとは聞いていたのだけれど、ききしに勝る凄さ。 ドアを開けると直ぐレジ。 ここで飲み物の件を買って席へ。 ギシギシ言う階段を昇り切ると「傾いている」などと言う生易しい物ではなく、店全体が波打っている。 壁一面に額装された絵が飾られているのだけれど、どれも水平ではなく微妙に傾いでいる。 脚の折れた座るのを拒否する椅子とか訳のわからない調度品がわらわらと置いてある。隅の席に座ると、椅子も机も建物もすべてが傾いていて、こうして字を書くとぐらぐら揺れる。 店内は薄暗い。 ASA100、50mm f1.4で1/4s開放くらいの暗さ。 ヴィオロンとかだと「照明を暗くしてみました」と言う感じなのだけれど、ここの場合は「あまりに暗いので電気をつけてみました」と言う感じ。 客は思い思いに喋ったり寝たり本を読んだりしていて、飲み物を運ぶとき以外店員は顔を見せない。 そうこうしているうちに店員がジュースを持ってきた。 ここはコーヒーよりジュースがスゴイと聞いていたので頼んでみたのだけれど、なんと書けばよいのか・・・。 みかん水のような、小児科の飲み薬みたいな、バスクリンみたいなオレンジ色の液体で飲むと甘い。

_ 一眠りしたあと

ひたひたらと怪しい中華屋「泰陽飯店」へ。 ここは胡散臭くて安くてそして旨い。 私はタンタンメンを食べた。 その後通販生活のリサイクルショップへ。 いいもの一杯、しかし金が無い。

ひたひたらと別れて南口のPへ。 ファーストレフレックス(ジャンク)を購入。 これはペトリの全身栗林写真機製作所が戦前に下谷の工場で作っていたもので、めったにお目にかかれない。 研究のために購入。

_ さらに

上野へ移動。 友達のつきあいで東京に来たいたいけな女の子を囲んで趣味者の悪い人たちと呑み→カラオケ。 深夜帰宅。


2001-07-08 [長年日記]

_ 午后2時過ぎに

かっぱくんから電話があり、組み立て暗箱を引き渡し。 ついでに京橋の国立近代美術館フィルムセンター内にある展示室で「写真再発見2」を見た。 入場料はなんと100円!!。

「ヒト」「モノ」「場所とできごと」の3部構成でスティーグリッツから金村修までを展示。

アジェのオリジナルプリントに感涙。 「1911年の日蝕」が秀逸。

銀座まで歩いてカメラ屋を数件素見し、ミュンヘンで一杯。 面白かった話の大半はここには書けない事だった。


2001-07-22 [長年日記]

_ 今日は

私主宰で内輪のモデル撮影会。 しかし前日の夜半、いや、当日の集合時間になるまで、モデルさんが来るかどうか未確定で、しかもくだらない奴のメンツの為に2人お願いしたモデルさんのうちの1人が出られなくなったりと、準備段階からいろいろ有りすぎました。 トラブルに関しては面白い話から面白くない話までいろいろ有るのだけれど、書くだけ野暮なので止めて置きます。
モデルさん1人、レフ・小道具のアシスタント1人、撮る人は私も含めて7人でこじんまりとやりました。 あまり少なくても間が持たないし、多すぎると撮りにくいし、この位が頃合だろうと思います。
参加者のカメラは、レンズ交換式デジカメ3人、一眼レフ・一眼デジカメ併用2人、デジカメのみ1人、デジカメ無し1人(私)。
このレポは別に書きます。 何とか無事には終わりました。 次回は秋風の吹く頃に。


2001-07-27 [長年日記]

_ 会社帰りに

上野へ。 中央改札でお散歩子猫、六条、イサワくんと待ち合わせて永藤パン屋の上にあるキリンのビヤホールへ。 池之端の藪あたりも考えたのだけれど、あまりにも高くつきすぎるので止めた。

_ さて、

そのビヤホールは今風の小洒落た店で、普通の若者と呑むには良さそうな店。 今晩中に宇都宮へ移動する先方と、次が控えている私との利害が一致したため早めにおひらきにして先方は宇都宮、私は神楽坂へ。

_ 大江戸線さまさまで

10分少々で神楽坂に着いたのは良いのだけれど、東西線の神楽坂と大江戸線の牛込神楽坂は神楽坂が違うので、何故か阿波踊りで混雑する坂をえっちらおっちら登って新潮社並びのビアレストラン「ブリュッセル」へ。 ここはベルギーのビールが各種揃っていて、しかもヒューガルテンの生が飲める。  つまみも悉く旨かった。 特にベーコンと大蒜とチーズをオーブンで焼いたのはべらぼうに旨かった。

_ 看板に

なったのでとりあへず店を出て坂を下り、怪しい店「タゴール」へ。 ここで善後策を練り、カラオケへ。 既に出来上がっていたので久々にはじけた。

「日本印度化計画」「Freeze Moon」「I want be your man」「君は天然色」など。

「パンプキンパイとシナモンティー」を歌ったら、「お人よしのマスター36、独身のわけは、引っ込み思案で照れ屋でマヌケの複雑な性格による」のところで「イヤミかテメー!!刺すぞ!!!」と1人キレた。 何度か延長した後解散。 西に向かった人たちには大いなる災いが待ち構えていたらしいが、私は知らない。

しかし、知らない割に何故か翌日の昼過ぎまで対応に追われた。


投票などするな!
投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。投票を依頼してくる連中
など無視せよ。連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、共産党であれ
、われわれの敵だ、投票用紙を破り捨てろ、投票箱をぶち壊せ、候補者
だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。
(CNTの声明)

文責:墨田ペトリ堂
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