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墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


ペトリあんてな
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酒田へ行きたい
ザ・インタビューズ

投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より


2009-01-29 パレオロガス [長年日記]

_ ワニブックス@モバイル 小林香菜「よのなか入門」 〜グラビア特別編〜 (第32回)

先週に引き続き、グラビア企画の事前面談。
前回話の中で出た「大堀に合格点を貰ったグラビアポーズ」を小林が図解。
小林の絵なのでエロの欠片も無く、そもそもどう言うポーズなのかも良く判らない。
それを小林が無い知恵と語彙を振り絞って説明する訳だが、今週も写真が実に良く、活きた小林を上手く捉えている。

何か希望は有るかと問われて、「あったかいところに行きたい!」と小林。 そこからAKB48初の水着グラビアであったビッグコミック・スピリッツの巻頭巻末グラビアに何故か小林が選抜されていた話になり、「えらばれしもの」だった事を懐かしむ小林の図。
あのグラビアの写真そのものは、「沖縄の晴れた空と海」と「藤代冥砂」と「AKB48」と言う相性の悪いものの複合汚染で褒めるところのあまり無い出来になっていて、峯岸は踏み潰された蛙みたいな顔だったり、髪の毛がべっちゃり水に濡れた小林もヘドラとかザザーンみたいだった。
この撮影だったか、週刊プレイボーイ(こちらにも何故か抜擢されていた)の撮影だったかで、最近は殆ど更新される事も無くなった公式サイトの動画日記「AKB48日誌」にホテルのベッドの上で一心不乱に腹筋をする小林の動画が上がっていたのを思い出した。

某 :「何やってるの?」
小林:「・・・お昼ご飯(腹筋)・・・一杯食べたい(腹筋)カラ!!(腹筋)」

実にどうかしていた。

閑話休題。
「えらばれしもの」であった過去の栄光の思い出に浸る小林。 この辺の写真も実に小林。

・・・とここで奇跡が起こる。 先ほどの「幼稚園児が描いた遮光器土偶」みたいなグラビアポーズ解説図の横になにやら文字が・・・。  「ふ か ん」と書かれている。
・・・小林が・・・メモを・・・採った。

ヘレン・ケラー伝最大の山場である「水=ウォーター」のくだりさながらに、小林の中で「ふかん」と「上から下を見下ろす感じ」が繋がった瞬間を、カメラは捉えていた。
小林が編集氏と言うサリバン先生の助力で「オタンチン」「オタンコナス」「オッペケペー」の三重苦を克服するさまを、あなたは目にする。

惜しい切れ場だが、今週はここまで。
「ついに本当にやっちゃいます」の次回更新は2/5予定とのこと。

_ 売り家と唐様で書く三代目

肩叩きに遭うのではなく、はっきり馘首された菊地。 予定調和の儀式無しに、発表したその日限りで辞めた井上。 理由の明示されない長期休演の有った松岡も楽日でさようなら。 (初日が千秋楽だった研究生の渡辺茉莉絵も、出たのはB公演だった。)
マチネには出ていた上村がソワレで消えていたのが有ったくらいで、正規メンバーがこんな辞め方をして行くのはチームBだけなのだけれど、世の中見渡せば或る日突然居なく成らないアイドルのほうが珍しい訳で、これまでが異常だったのかもしれない。

そんな中、早乙女が楽日を待たずに研究生へ格下げ。 日を置かずに研究生の中塚がチームBに昇格。

のちにチームAとなる連中は劇場すら出来上がっていない状態で応募し、チームKになる連中もAKB48が未だ海とも山ともつかぬ中で応募した訳で、既に出来上がったAKB48を見て応募した連中との意識には乖離があるのかもしれない。
「チームBが」ではなく「チームK以降が」と考えると、何者かに成る為の方便としてAKB48があるのではなく、AKB48に成る事が目標になっていて、そこで止まってしまう事の説明はつく。

AKB48は所詮通過点に過ぎない訳で、上手く踏み台にして欲しいし、囚われ過ぎずに見切りをつけて欲しい。

折井にしろ星野にしろ戸島にしろ、AKB48で得たものは多かったにせよ、なりたい自分に近付くスピードは辞めてから上がっている。



「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
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