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墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


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酒田へ行きたい
ザ・インタビューズ

投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より


2017-06-03 滋味溢れる [長年日記]

_ 橋本とし子写真展「キチムは夜に飛ぶ」 Lucky dreams fly in the night

富久町から坂を上り、四谷四丁目のギャラリー・ニエプスへ。

子育てで写真から離れている10年の間に撮り溜めたと言う写真群から、撰り抜いてプリントしたもの。
育っていく子供の成長の記録であり、育てる側の心象の記録でもある。

デジタルカメラで撮ったものをモノクロームに加工して出力したとの事だったが、粒感のある美しいプリント。
暗室作業の経験が矢張り生きるようで、銀塩の風合いを感じさせるもの。

子供と過ごす日常をさらりと掬い取ったようでいて、一本芯のような物はあり、寄ったり離れたりして見ているうちに気付く構図の厳しさ。
手間も時間もかけられない中で撮られた一と齣が、生まれ持った美的感覚と習慣として身に付いた構図を切る技術によって、切り取られた瞬間から作品としての命を宿している。
そしてそれが、プリントされることによって生まれ出た。

人形や縫いぐるみをズラリ並べて川の字になって眠ったり、暗がりの部屋の真ん中に据えた灯篭の周りにやはり人形や縫いぐるみを取り巻かせて何やら祀りを執り行ったり、物心がつく手前の時期の子供の不思議な行動を捉えた写真が神々しく、妖しく、美しい。

子供と共に暮らす日常と言うのは、(恐らく私は経験しないまま人生を終えると思うのだけれどそれはさておき)、時間的にも精神的にも「それ以外の何か」に割けるゆとりを持ち難いようで、身の回りの「撮る人」同士の夫婦でも、母となった人はカメラを置いてしまうことがままある。
そんな中で、纏めたり発表したりする時間的精神的ゆとり迄は持ち得なかったとしても、日常の中でカメラを持ち続け撮り続けた営為は、尊いものだと思う。

寄ったり離れたり、行きつ戻りつじっくり見て、咀嚼し、消化することで分からなかった事が分かり、見えていなかったものが見えてくる。
滋味溢れる写真展であった。



「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
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