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墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


ペトリあんてな
二面楚歌 断章
二面楚歌 グラビアレビュー備忘録
寒空文庫(仮)
写真日記二面楚歌 隠居所
petri's fotolife
酒田へ行きたい
ザ・インタビューズ

投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より


2017-07-15 「私」と「我々」 [長年日記]

_ 中藤毅彦写真展「Street Rambler-Paris」

日比谷線広尾駅から歩いて数分、外苑西通りから一本裏に入ったところにあるエモンフォトギャラリーが会場。 路地裏で且つ半地下になっているので非常に静か。 落ち着いて写真を見られる環境。
これまでに撮り溜めたパリの写真から新旧大小取り混ぜて展示。 全てモノクローム作品。

対象との距離の取り方、向き合い方は変わらないのだけれど、撮った時期によってカメラや感光材料が異なり、それによってプリントの風合いはざらついたものになったり、しっとりしたり。
写っているものや撮り方が似通っていても、カメラや感光材料のフィルターを通すと違う絵になる。

ざらついたプリントに写るのは光の街としてのパリ。 シャドーが潰れやすく、黒寄りの諧調は乏しいが、ハイライトは割かし頑張ってくれるので明るい絵になる。
しっとりしたプリントに写るのは影と闇の部分が多めのパリ。 黒と「黒と灰色の間の色」の諧調が豊かなので、暗めの絵になる。
私の好みのプリントは最近のしっとりしたものなのだけれど、銀塩時代のものと思われるざらついたでしか見えてこないものもある。

パリの空に十文字に飛行機雲が交わる写真。 よく見ると他にも何本かの飛行機雲の航跡。
逆光で撮ったシャボン玉は光を吸って輝き、街角の店仕舞いした飲食店だろうか、売りに出されたカトラリー、西に傾いた陽の光が長い影を描き出す。
私の好きな光景。

撮られることを気に留めない人は徹底して気に留めない。
勿論撮られることを嫌い拒絶する人もいて、そう言う人は写真として残らない訳だが、それでも気に留めない人の気に留めなさ加減は矢張り徹底していて、意識はこちらに向いていつつも一顧だにしない。
撮影者が被写体を通して写真に残りにくい街なのだと思う。

然し乍ら土着のパリ人と移民と思われるとでは、撮影者に対する無関心の質が異なる。
自分以外に対する無関心と自分たち以外に対する無関心。
「私」と「我々」
古き佳きパリの残滓と生々しいパリは、並行して存在していつつ交わらない。

カメラとプリント、被写体となるものとの向き合い方や距離感etc...、見て感じたことから色々考えつつも、沸々と写真が撮りたい気持ちが満ちてくる、素敵な写真たちだった。

_ 杉原杏璃 写真展「Last Kiss」photographer 上野勇

会場は渋谷と恵比寿の間にある tokyoarts gallery。
杉原杏璃の最後のDVDを記念した写真展であり、上野勇にとっては初の個展でもある写真展。
そんなこんなで何時にも増してスタンド花が多い。

カラー14点、モノクロ4点。 ポストカードサイズのものが廉価で頒布されていた。
目を惹いたのは天井から床まで届くような縦位置の巨大プリント。 タペストリー的な雑なものでは無く、しっかりプリントしてあるのが凄い。
こちらは値付け無しの入札式になっており、最終日に開けてみて最も高い値を付けた人のところへ行くらしい。

レタッチは勿論してあるのだけれど、生々しさを残してあって程が良い。
構図もかっちりしていて、全て一枚で語り切れる強い写真。
寄りも有れば引きもあり、必要な絵は全部揃っている。
仕事師としての上野勇に唸らされた。

_ かめこ展 vol.10

アンデパンダンのポートレート展
デザインフェスタギャラリーに東館が有る事を知らず、右往左往したが何とか辿り着けた。

テーマは「日本」と言う事になっていたが、縛りは極めて緩く、それぞれがそれぞれの日本を撮影。
其処此処で来客と撮影者の写真談義。 自作について語れる何かを持っている人が集まったことによる熱気と祝祭感。

作風や目指すところはバラバラであるように見えて、祝祭空間を共有し支えるという点では一致している。
この緩やかな繋がりがコミュニティを支えているのだと思う。

私の見たい写真の割合は少なめなのだけれど、その「見たい写真」のレベルは高く、ふと目に飛び込んで来た写真に感心させられたりもするので、行けば確実に視野は拡がる。


2017-07-09 グレシャムの法則 [長年日記]

_ CURATIONS1周年記念イベント

勝手がわからないので早めに会場へ。 チケット引き換え時間に窓口に行くと私が口開けの客だった。
訳知りの客は三々五々集まり、開場までにはそれなりの数に。 現状では未だ、頑張らなくても見やすい状態で確実に見られると言う事らしい。

定期公演的なもので「ノルマ会」と言うのが有り、これまでお誘いなど受けたりしつつも「ノルマ」と言うのが引っ掛かってしまって未見だったのだけれど、先日のわろっぷ最強夏祭りで行われたライブ「notall × CURATIONS × きゃわふるTORNADO」が思ったより良かったので足を運んだ次第。

一周年と「ノルマ達成」のご褒美でCDが作って貰えたと言う二つの慶事が重なったライブ。
歌って踊っての部分はしっかりしていて、喋る方も抜けるところは抜けつつも締めるべきところは締める。
客もワイワイやりつつ羽目を外し過ぎない。
色々な意味で「程が良い」。

屋外の大規模ライブなど競合するイベントやライブが重なった日曜とは言え、周年イベントの集客としては厳しさを感じざるを得ないところは有り、メンバーも所感を述べる際に涙ぐみつつ言及していたが、CURATIONSのライブやイベントの「居心地の良さ」に関しては同業他社に対するアドバンテージに成り得ると、私は思う。

身の回りの客と話しても、イベントでの動員は大手以外厳しいようで、明るい話はついぞ聞かない。
「景気が良いとアイドルには金が落ちない。」(※もっと即物的な娯楽に落ちる)などとも聞くし、アイドルと言う市場そのものが収縮しつつあり、且つ大衆が「知っているもの」にしか興味を示さないという傾向も縮小再生産に拍車をかけているとも考えられる。
然し乍らグレシャムの法則が、送り手側ではなく客の側に働いていると仮定すると、良質な現場であると言う情報が共有されることで市場が拡がる可能性が無いとは言えない。

「集客を増やす」と言うのは、何が正解か分からない中での試行錯誤を強いられる目標であり、重ねた苦労の割に得られるものが少ないこともあるが、実った果実は労苦を癒してくれると思う。

人生の苦みを感じさせるところは有ったが、それすらも後味としては良かったと思える、楽しいライブだった。
こう言うものが、私は見たい。

特典会は無料の全員握手会の後はワンショットチェキなどの「訳知り向け」のものから。
CDを買った人向けの当日限りの特典券が配布されており、一見の客や関係者(親御さんや親類縁者と思しき人々)はそちらを持っていたのだけれど、説明が無かったこともあって待ちぼうけ。
新規の客を獲得しようとするなら、一見の薄い客を如何に取り込むか考えた方が良いように思った。
対応そのものは丁寧で悪くないし、メンバーも考えて能動的に動いていた。


2017-06-27 白眉 [長年日記]

_ フォトテクニックデジタル 2017 07月号

給料が出たので、定期で購っているものを4冊買って帰ってきたのだけれど、フォトテクニックデジタルが出色の出来だった。

北原里英、中村歩加
表紙と巻頭14ページ25カット、見開き2か所。 撮影は細居幸次郎。
外でも撮っているが屋内中心。 外で撮ったものをアクセントにして、中で撮ったものを見せる手法。
技術誌らしく撮影機材とデータが載っているのだけれど、オリンパスはマイクロフォーサーズのOM-D E-M1 MarkII に17mm/f1.8と25mm/f1.2、ライカM9にはズミルックス 50mm/f1.4ASPH。
単焦点の標準レンズと一寸広めの換算35mm。

かなりのソフトフォーカスになっているのが2カットあるのだけれど、どちらも25mmで撮ったもの。 開けて撮っただけでここまでの絵にはなるのか、あるいは何かしらの細工をしているのか。 兎に角、良い。

中村歩加は撮られ慣れていないが故の硬さが出ているカットもあるが、北原の寄り添い方が上手く、和らいだところを細居幸次郎が逃さず掬い取っており、中でも10ページ11ページの2カットは、中村歩加の被写体としての魅力を良く引き出している。
北原も寄り添いつつ、脇に廻り過ぎずに自分の色は出している。
北原が良いから、中村も良くなる。 良い循環。

私がこの雑誌に期待しているのはアイドルグラビア誌にも年寄り向け月間写真誌にも載らない類の、想定読者層であるコアなアイドルファンに迎合せず、権威に寄り掛かったような分別くささもなく、それでいて質の高いポートレートなのである。

今月のフォトテクニックデジタルは、この巻頭グラビアの為だけでも購う価値がある。


2017-06-25 梯子する日曜 [長年日記]

_ #きょうのねぐせ展

役者をやっているショートカット女子の鏡越しの、毎朝の寝癖の状態を記録したセルフポートレイトをコピー用紙にプリントしたものを、集積する感じで薄暗がりの部屋の隅に貼り付けてある。 これを遠巻きに眺める。
一枚一枚の写真ではなく、それを集めた寝ぐせの集合体に意味を持たせたような、現代美術寄りの展示手法。

部屋のもう一方の隅には、起き抜けのベッド、壁に寝姿が投影され、生活音が流されている。 寝室に忍び込んだかのような後ろ暗い気持ちと、覗き見のワクワク感。
寝起きのすっぴんの寝ぐせ写真でも成立するビジュアルレベルが有ってこその虚構と現実のはざま。
見世物としては上手く出来ていた。

_ ikoi exhibition

1人のモデルを様々なカメラマン( Jelly、Koujiro KANAZAWA、ムーニーカネトシ、舞山 秀一)が撮った写真、イメージして作られたアクセサリー(saku×labo(サク))などを集めた写真展。

親しみやすい雰囲気と、侵すべからざる何かが同居したような勁さ。
撮る側が投影するもの、撮られる側が放つもの。 このバランスによって、撮る人ごとに、まるで違う人のようにすら見える。
小ぢんまりした会場に溢れるくらいの量。 売れるたびに作品差し替えだったようで、何度か来るべきだったが、後の祭り。

_ 週刊ヤングジャンプ 2017 27号

最上もが
表紙と巻頭7ページ24カット、撮影はいつもの桑島智輝。
染めた金髪とカラーコンタクト。 作り込みに作り込んであるのだけれど、手入れは行き届いていて破綻は無く、ここまでやられてしまうとこれはこれで良いような気もして来る。
モデルの撮られたい自分と媒介側の欲しい写真の折り合いを上手く付けて回を重ねたことによる信頼感の醸成が見て取れる。
桑島智輝の、仕事師としての側面。

鈴木友菜

巻末5ページ11カット、こちらも撮影は桑島智輝。
適度に凹凸が有って手足も長い。
役でも服でもなく自分を見せなければならない撮影には慣れていないと見えて表情が単調なのは瑕だが、桑島智輝が構図とポーズ指示で引き出した造形美で帳尻を合わせている。
足の長いのを長くきれいに見せると言うのもなかなかどうして難しいのだけれど、この辺りが巧い。


2017-06-20 コラム的な何か三本立て [長年日記]

_ 更新情報

「例の茶番」に絡めて、コラム的な何かをアップロード。

Recht und Unrecht
四知
御為ごかし



「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
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