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墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


ペトリあんてな
二面楚歌 断章
二面楚歌 グラビアレビュー備忘録
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酒田へ行きたい
ザ・インタビューズ

投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より


2014-06-15 メタ化した物販 [長年日記]

_ PIP: Platonics Idol Platform お披露目イベント(於:SHIBAURA HOUSE)

※周辺に迷惑がかかりますので、入場開始前に並ばれる場合は14:00頃からでお願いいたします。
・・・と注意書きがあったので 13:50 頃に様子見がてら現地へ出向いたのだけれど、その時点で既に建物の端くらいまで列が出来ており、時間の経過とともに伸びて行く。
ガラス張りの建物なのでその様子は主催者やスタッフからも見えていた筈なのだけれど、結局客入れが終わるまで列が整えらるなどの対策は取られず、混乱に終始した。
ネット経由でのチケット販売は、中間詐取をなるべく排する濱野の方針にも合致していたし、本人確認を特別な機械を用いずに行える点からも良い方法だったと思うが、専用アプリをダウンロードしないと整理番号が出てこない事を知らない客が居たり、使い方を周知する努力には欠けていた。
また、ネット経由でのチケット販売分は整理番号順入場であること、当日券の販売方法など、広報が後手に廻っているところも多く、チケットの種類によって待機列を分けるなど、基本的なイベント運営のノウハウを持ち合わせていない事には呆れるしかない。
並んでいる最中の会話の内容から濱野本人の客が多かった様に思われたが、並んで待つことに慣れておらず、歩道を完全に塞ぐような自己中心的な振る舞いが目に付いた。

会場はライブハウスではなくイベントスペース。 それがライブよりアトラクションに重きを置くお披露目イベントには合目的的であったように思われるし、「ドリンク代」を無くす事による閾値の引き下げにも成功していた点は評価できる。
然しながらステージに高さを点けなかった事や音響設備のお粗末さから「ライブを見せる」と言うアイドルイベントの根幹を為す部分を閑却した感は否めない。

客席は前方が丸椅子、後方が背もたれ付きの椅子。
会場の SHIBAURA HOUSE は妹島和世の設計によるイベントスペースであり、背もたれ付きの椅子も21世紀美術館などでお馴染みの源氏パイ型のものなど。 このあたりの洒落乙さ加減は濱野らしさの良い部分。
長机で仕切って窓際に関係者席、二階バルコニーから父母や家族が見守る格好。 関係者枠で入りつつ、客席にシレッと座っている手合いもおり、身内への甘さは少し気になった。

プロデューサーである濱野智史がこの企画の趣旨説明。
マイクを持ったまま徘徊しつつ熱く且つ暑く語る姿には、学究の徒としての本来が垣間見られた。
語られる内容は細胞分裂の如く増殖を繰り返して規模を拡大して行きつつ、客とアイドルとの距離感を保つ工夫を技術的にもしていくというもの。
アイドルでありつつプロデュースにも携わり、やがてプロデューサーとして分派して増殖と言う考えそのものは面白いが、革命を担った層が官僚化していた事がレーニンの存命中に既に問題として表出しており、人類はそれを克服できないまま21世紀を迎えてしまった訳なのだけれど、その「裏切られた革命」を解決する手段は語られなかった。

いよいよメンバーが呼び込まれてお披露目。 現在3チームに分かれているとの事で、順に出てきて自己紹介の後で一曲。
「Baby!Baby!Baby!(AKB48)」「アーモンドクロワッサン計画(NMB48)」「禁断のカルマ(私立恵比寿中学)」 最初の曲はAKB48最暗黒期のCDとして発売されなかった曲とあってか、客席もほぼ無反応。 そう言う客層なのだろう。

衣装は揃いのポロシャツにリボンやネッカチーフでグループごとの差異を付けていたが、スカートを自由に選ばせる組もあり、意匠と色を統一する組もあり、選曲も含めてチームの色は出ていたと思う。
振り付けは未だ器械体操の域を出ないものであったが、揃えた動きを見せる努力は為されており、見世物として最低限のレベルには達していた。
段取りが上手く行かない間繋ぎで、濱野がなべおさみの「監督コント」みたいなことを始めるなど、イベントとしての組み立ては稚拙だったが、お披露目会の主眼は終演後のアトラクションにあったようだ。

中間搾取を排した持続可能なアイドルとして、どんな収益構造を考えているのかと思ったら、矢張り接客営業による回収であった。
メンバー手書きのメッセージの入ったリボンを手首に巻いてもらえる会と1分間で好きなメンバーに似顔絵を正方形の付箋紙に描いて貰える会がそれぞれ1000円。

濱野が提示した中で、唯一納得が行ったのはこの 「体験を換金するアトラクションによる収益モデル」
音の入った円盤やインスタントカメラで撮影した写真などではなく、手元に残るモノを可能な限り簡略化して「紙切れ・布切れ」に付加価値としての接触を付けて売る事により、取引がよりシンプルになった、「モノに仮託した思い出を売るメタ物販」。 体験を思い出す為のスイッチとしての、最低限のモノとしてのリボンと付箋。
この日、濱野が最も生き々々していたのはこの物販アトラクションの仕切りであったのだけれど、濱野が楽しんでいたのは、物販イベントの進行ではなく、メタ化した物販がうまく回っている現象そのものだったのかもしれない。

二十数人からなるメンバーは普遍的な美形から木喰上人系であったり天平美人であったり古代ケルトの豊穣の女神であったり未来派であったり、非常に幅がある。
客の多くは普遍的な美くしさ・可愛らしさを好むので、そうではない連中は当然お茶を挽く羽目になるのであるが、この「機会は平等にあるが結果の平等は保証されない正当な理不尽」は、理屈で解っても感情の面で受け入れられないことがままある。
そこで生ずる必然性のある淘汰をどう乗り越えるのか、また乗り越えないのか。
濱野は現実と正対することを極力避けているように思われるが、持続可能なアイドルとしての成否はこの辺りにも係ってくるとのではないかと、私は考える。


「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
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