グラビア系カメラマンのグループ展 "sharaku project" も4回目を迎えた。今回の会場は箱崎の路地裏にある、製版会社が新たに作ったギャラリー。
最寄り駅は水天宮前で、駅からの距離は近いのだけれど一寸判りにくいところにある。 新しくは無いビルの入り口部分が不自然に新しく、ギャラリー然とした設えになっているので前まで辿り着けばそれと分かる。
エレベーターで3階まで上がると会場。
柱が邪魔になる部分はあるのだけれど、広い。 梁は低いのだけど、天井板を取っ払ってあるので高さは稼げていて、圧迫感は無い。 暗すぎず明るすぎず見やすい環境。
今回もテーマが「ヌード」と言うことで、18歳未満は入場お断り。
吉田裕之
巨大なカラー7点。 画布のような紙にプリントしてある、吉田らしい遊び心。
ぱっと見て見渡せない大きさになると、写真から受ける印象もがらりと変わるのだけれど、柱が邪魔になる位置での展示になっていて、引いて見られなかったのは残念だった。
ブレザー系の制服(夏服)を脱いだり着たり。 綺麗に纏まってはいるが、気障にはならぬ匙加減が上手い。
野澤亘伸
露悪的と言うか挑発的と言うか、生々しいのをカラーで7点。 こちらも大きなプリント。
エロは好きだしグロも(或る程度は)許容できるがスカは御免蒙る。 好悪の悪の部分しかないので論評はしない。
そのあたりの「感情を逆なでする」部分までが狙いだったとしたら、まんまと術中に嵌った事になる。
小池伸一郎
大小取り混ぜてカラー18点。 オーバー気味に飛ばした白バックで針金と戯れるヌード。
先ず感じたのが「焼き難そう」。 私がプリントする訳では勿論無いのだけれど、思わず暗室作業の煩雑な手間を考えてしまう厳しい構図。
拡大率を大まかに決めて、ピントを合わせて、拡大率を直してピントを合わせ直して、さらに拡大率を追い込んでピントを微調整して・・・と言う、賽の河原の石積みのような果てしない作業が脳裏をよぎってゾッとする。
背景に何も無い所で、間合いの取り方とポーズだけで作った構図。 技術とセンスの高度なバランス。
親指に針金を括りつけた足先だけだけを切り取った小品が実に良かった。
上野勇
カラー4点だが、見せ方が凝っている。
一点は背後に光源を置いて透過光で見せる顔のみ判然としない裸体の群れの組んず解れつ。 もう1点は天井から吊り下げた円筒形のプリントを内側に入って見る、360度パノラマ。 全周から等身大に近い14人の裸体が迫ってくる圧迫感。
仕掛けは大胆だが照明の組み立ては繊細で、一旦梁に当てたライトが柔らかく筒の中を照らすようになっている。
見世物小屋めいた猥雑さはありつつ、写真としては綺麗に纏められていて、見せ方は外連味たっぷり。
写真展と言う形でしか見せようの無い写真のかたち。
松田忠雄
カラー6点+小品1点。 セーラー服の女子を脱がせたり、ビニールテープで拘束したり、ビニール袋で梱包したり、それを集積所に棄てたり。
展示スペースに何気なく吊り下げられた薬瓶。 中になにやら入っているのに気付いてよくよく見たら梱包された裸体像のポジ(ポジと言うか、透明な板にうっすらとプリントされた写真と言うか)が入っている。
あたかも被写体の魂をそこに封じ込めたかのような、儚げな美しさ。
屋内も屋外もピントは薄めだが、ボケがなだらかなので合焦しているところへ視点が導かれる。 展示スペースが隣り合わせの上野勇とは好対照の外連とは無縁の写真。
ざっと流して見た時に引っ掛かったささくれのようなものが、二度三度見返すと正体を現す。 些か判り難くは有るが、じっくりと見れば見るほど何かしらの発見が有り、そこでなければならないところに合焦しているも見えてくる。
三輪憲亮
ブツ撮りとポートレートの狭間にある、ゴリッとしたヌードモノクロで7点。
残酷なまでの質感描写なのだけれど、矢張りレタッチ過多な部分はあり、そこが目に入ると見る側に掛かっていた魔法が解けてしまう。
画竜点睛を欠く感はありつつ、プリントそのものは美麗。
門嶋淳矢
カラー6点。 ナナ・ムスクーリ的眼鏡とショートボブのウィッグを付けた、ほぼヌードだが上手く隠したボンデージ。
目のアップ、口腔内のアップなどもありつつ、汚くは無い。 バイブレーター、開口器、ボールギャグ等の象徴的な小道具を配しつつ、生々しくは使わずに野卑にならぬぎりぎりの線で止めているのが良い。
秘すれば花。 仄めかすだけでも、見るものの心に波は立つ。
それぞれがそれぞれの世界を構築しており、見入ってしまうと切り替えが大変。 ベンチに腰掛けて見た物を咀嚼して、一息ついてから次に進み、行きつ戻りつ過ごす。
見ることと考えることの楽しさが詰まった写真展であった。 会期中にもうニ三度見に行きたい。 十月三十一日まで。