泉里香
巻頭8ページ14カット、撮影は阿部ちづる。
この号のグラビアのあまりの詰まらなさに筆が進まず、投げてしまっているうちに春も終わり。 気を取り直してみる。
衣装の種類は多いが、表情もポーズも単調。
泉里香を薄着にするだけで間が持ってしまうので、これでも商売になるのかもしれないが、ページ間に繋がりが希薄で退屈。
不出来だった写真集と通ずるところがあり、編集の力量より事務所の不見識と怠惰が原因であるように私には思われる。
斎藤朱夏
巻末5ページ7カット、うち見開き1箇所。 撮影はYOROKOBI。
声優雑誌の声優グラビアはマルベル堂的な予定調和と言うか大本営発表と言うか、上っ面をなぞっただけのようなものが多いが、ヤングジャンプは割と攻めた撮り方をさせ、見応えのある組み方をしてくる。
巻末の限られた紙幅で見開きにするなど、今号も一驚を喫した。
あいみ
袋綴しオマケ写真集、8ページ16カット、撮影はTakeo Dec.
ヤングジャンプにしては珍しい煽情的なグラビア。 だから袋綴じなのかもしれない。
表紙をめくると巻頭グラビアの前にこれがあるのだけれど、「見せる為の工夫」の凝らされ方が段違い。
ポーズではなく、状況設定を詰めて攻めてくる。 こう言うグラビアが、(煽情的かどうかではなく、頭を使ったか否かの部分)私は見たいのである。
サキドルエース
恒例行事となった課金イベントである。
巻頭と巻末でそれぞれ1ページ1カット、撮影は細居幸次郎と西村康。 だれがどこを撮ったのかは記載なし。
ただの白ホリではなく、それぞれの所属グループのロゴがあしらわれていたり、ヤッツケ仕事の流れ作業で撮った訳ではないように見せたい苦心の跡は見られるが、光をバッチリ当てて粗を消したもののビックリ顔になってしまっていて、結局のところ流れ作業。
写真映りの良さでも素材としての良さでもなく、所属グループの如何に太い客が付いているかの勝負になってしまっており、売上が上がったとしても一過性のものでしかない。
夢乃
オマケ写真集、8ページ16カット、撮影は佐藤裕之。
グラビア映えする原石を見つけてきて、磨きながら見せる。
これが本来の・・・と言うか、私の好きだったヤングジャンプのグラビア。
西野七瀬
表紙と巻頭7ページ13カット、撮影は加藤アラタ
テレビドラマ化される電影少女の主演ということで、「あの格好」と制服的ブレザー。
髪型から佇まいから、「あの格好」の再現度の高さに唸る。
西野七瀬は芝居が上手いかと言えばそうでもないのだけれど、役が憑くと言うか得体の知れない力が働いて説得力を持たせる。
それが写真にも現れた13カット。
あやしうこそものぐるほしけれ。
小道具として持たせた本の背表紙を光で飛ばして文字情報に頼らない撮り方がまた面白い。
本であることに意味があり、何の本であるかと言う情報は必要ない。 この場合却って邪魔になる。
篠宮明佳里(富永美杜)
Apricot Regulus で声優業に進出した富永美杜による「篠宮明佳里」としての、富永美杜ならぬ富永美杜のグラビア。
役柄の設定に則り、スクールアイドルと言う体で振る舞う(事実上の)富永美杜。
水着もあるグラビアは恐らく初めてでは無いかと思われるが、修羅場の潜り方が違うのできっちり肚を括ってカメラと向き合っている。
声の芝居だけではない、(事実上の)富永美杜の役者としての片鱗を垣間見られたのは思わぬ僥倖であった。
武田玲奈
表紙と巻頭7ページ12カット、うち見開き1箇所。 撮影はROTTA。
カメラとの向き合い方は相変わらず上手く、柔らかい表情。
表紙と扉は作り込んだように撮っているが、それ以降は生々しく。 好みは分かれそうな構成。
三田寺円
巻末5ページ9カット、撮影は藤本和典。
タイル張りの浴室、濡らしたり生乾きだったりする髪のあしらい。 湿り気と温もりの演出。
水着や下着の上に薄物一枚羽織らせて、見せたいところは見せて見せたくないところは隠して想像力に委ねる。
被写体の表情が単調なのも切り取る角度でなんとかしている。
カメラマンと編集者の仕事で見せるグラビア。 眼福。
根本凪
巻頭6ページ8カット、撮影は中山雅文。
カットごとに肌の質感や描写のされ方に差が有り過ぎたり、不満も無くは無いが、悪くない。
表情の作り方にはぎこちなさもあるが、カメラとは素直に向き合えており、妙に媚びたり巧んだところが無いのは良い。
こう言う撮り方の中山雅文なら買える。 掲載誌の編集能力や審美眼によって損をしてきたのでは無かろうか。