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墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


二面楚歌 断章
二面楚歌 グラビアレビュー備忘録
寒空文庫(仮)
写真日記二面楚歌 隠居所
petri's fotolife
酒田へ行きたい
投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より


2002-02-21 だめだADSL [長年日記]

_ 金返せ!!

今月の初めからADSLになったわけなんですが、回線が全然安定しない。 早かったり遅かったり、Realオーディオでインターネットラジオ聴いてりゃ途中で切られるし、ftpも時間によって出来たり出来なかったり。 そんな訳でレポやら日記やらを纏めてcgiでつけることにした。 ホントは自分のサーバーに置きたいんだけどまたftpがダメなのでレンタルのを借りてみた。

明日から新規蒔き直しで更新しようと思います。

_ ネタフリだけでもして寝よう

前から思ってたんだけど、イベントやライブの時、コーラーがうるさい。

まさに「五月蝿い」→「音としてうるさい」+「鬱陶しい」

一見統制が取れているように見えつつも、実際は客が盛り上がっているのに乗っかっているだけの事であって、盛り上がりの主導権は客の側にある。

わかりにくい例で説明すると、メリーナイスのダービーみたいなもので、馬のほうで2400mのペース配分と勝負どころを知っていたから勝てたレースであって、鞍上の根本はただ乗っかっていただけに過ぎない。

だから客の盛り上がりとシンクロしない部分では大いに浮いていて、森田有希の時なんぞはその年の有馬記念。 「はーい、拍手?!」なんて言ったって誰も言う事なんざ聞きゃぁしねぇんで、スタート直後に落馬。 一着メジロデュレンで万馬券。

サンシャインの噴水イベントで、ありえないはずのアンコールを引き出したり、電機大の屋上でで体育会の学生を制圧したり、客の潜在的な能力を引き出すから教唆・煽動する意味があるんであって、煽ったら却って盛り下がるなんざ下の下だ。

もうねぇ、一遍静かに見てみりゃいいんです。

いい加減ウンザリしてるんで、寝る前に毒を吐いてみた。

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]

# MULTi [寝る前に初ツッコミです。(笑) 私も静かに見てますね。まだまだ初心者なモノで(をゐ]

# メロン泥棒 [お初です。 私の耳には彼の声が届かなくなりました(笑)。]

# raffine [メリーナイスの頃のコールはまだ一体感があった気がしますが、と見当はずれなコメントを返してみるテスト]

# えろいひと [あれがわざと意識してやってるんだったら凄い荒らしとしてみるのですがね。どうやら天然なようで… この前おとなしかったの..]

# げきしぶ [> で、増えっていつから定着したんだろう(藁 え? 定着してるの?]


2001-11-23 [長年日記]

_ 8月の半ばに、

ネット上で知り合った友人達と、私の家から程近い、戦災に遭わなかった木造家屋の密集する家並みをうろうろして、日が暮れたらその辺の店に時化込んで呑むと言う集まりをやった。 それが切っ掛けだったのかどうかは定かでないが、毎度の寝坊で遅れて来た友人と、この日の集まりを聞きつけて「混ぜてくれ」と言ってきた人との間にさまざまな揉め事が起こり、当事者二人だけではなく、私を含めいろいろな人が厭な思いをし、傷つき、悩み、消耗した。 そのあおりで8月末から9月にかけては、日々書けない事が続き、書けない事を省くと日記として成立しないし、そもそもメモを取ったり下書きをしたりする気にもならなかったのだけれど、いつしか日記を付ける習慣そのものが失われていた。 同時に、日記を付けることによって保たれていた記憶する・記録する習性も失われたため、別件のレポート書き等にも影響が出てきた。 事件の方は、もはや私一人黙っていようが何だろうがどうでも良いような状況になってきたので、ボケ防止のために日記を再開する事にした。
 明け方までネット三昧。 午前中遅く起きて再び巡回していたら友人から電話が入り、昼飯を食いに行く事になった。 何を喰うか決めないまま車を南へ走らせ、なんとなく砂町のステーキ屋へ入った。 ロースステーキとサラダバーのセット。 味は可もなく不可もなし。
 いい加減LANボードをなんとかしなければならないので、ひたひたに見立ててもらおうと秋葉原で待ち合わせたのだけれど、急転直下カメラ関連の友人達としゃぶしゃぶ喰い放題に行く事になり、待ち合わせ場所は新宿へ変更。 既にソフトワンに居た私は、あたふたと買い物を済ませた。
カザルスのバッハ無伴奏チェロとベルリンフィル(東)のサンサーンスの交響曲3番オルガン付き。
カザルスの方はフランコ政権成立以前の録音。 もちろんモノラルでパチパチ音もするけれど、なかなかいい感じ。 サンサーンスの方は、色々種類がありすぎて撰び様が無かったのでとりあえずベルリンフィルのものを撰んだら、ベルリンはベルリンでも東ベルリンだった(苦笑)。 新宿へ移動して、待ち合わせ場所で思わぬ散財をした後しゃぶしゃぶへ。 なんと980円で90分食べ放題。 肉の脂の乗り方にばらつきがあったり、お冷をなかなか持ってこなかったりと多少不満は有ったが、結構旨かった。 満腹で帰宅。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

# Dwightsa [what are the dosage of propecia <a href=http://dstvmedias..]


2001-08-26 初ピカピカ [長年日記]

_ 戸越銀座夏祭り

野暮用を済ませて漸く三田線の春日駅についた頃には5時半を回ろうとしていた。 ピカピカさまの出番まではあと30分しかないが、一か八かとりあへず戸越銀座まで行ってみることにして地下鉄に乗る。 6時5分前、戸越駅着。 電話で場所を聞いて兎に角現場へ。
戸越銀座は西は中原街道から第二京浜を挟んで東は豊町の1丁目まで続く総延長1キロを超えるアーケードなしの物としては日本最大規模の商店街であり、そう云う商店街のお祭だから当然人出も多く、商店街の中ほどに作られた仮設ステージにたどりつくと既に人垣が出来ていた。
出遅れたかと思ったら一寸押しているらしく、まだ二人組の「癒し系ユニット」アスミックという人たちが歌っており、ビールケースに乗った見るからにピッカケな人々が既に踊っていた(笑)。 30分押しで漸くピカピカ様が登場するも、日は既に暮れかかっており、撮影は諦めて静かに見る事にした。
ご当地アニメの主題歌を唄っていることも有って、最前の2列は小さいお友達に開放、その後ろにビールケースが並びピッカケの大きなお友達が、さらにその後ろには最前に入り損ねた小さいお友達を肩車したお父さん連が、さらにさらにその周りに地元住民、さらにさらにさらにその周りにビールケースに乗り損ねたピッカケ連、噂を聞いて見に来たと思われる各方面の「えらいひと」「ダメなひと」「ひとでなし」が取り囲み、アスミックの時とは打って変わった異様な雰囲気の中ピカピカさまのステージは始まった。
曲は「ウルトラメンゴ」→「ピカピカ音頭」→「ドキドキデート」→「なつやすみ」→「ウルトラメンゴ(ぢごくのロングバージョン)」の順。 このあたりの詳しいレポは他のまともなピカピカファンサイトにお任せして、私は断片的な印象などを・・・。
私はピカピカ様を生で見るのも、歌を聴くのも今回が初めてだったのだけれど、兎に角感心したのは歌やMCをひっくるめた出し物全体の纏まりの良さであり、驚いたのは生で見る実物のあまりの可愛らしさであった。 宣材写真を見て多寡を括って今までピカピカ様のイベントを見に行かなかった事を後悔しつつも、今回無理をして見に来て良かったと心底思った。 そんな訳で、こうしてファンサイト(のような物)を作っている。
横で一緒に見ていたごくらくWEB主宰ひろろん長官が「ピカピカは逆コナンだ」(「カラダは大人ココロは子供」の意)と言っていたのだけれど、まったくその通りであり、しかもそれがかなりプラスに働いているように思った。 「最年少、17歳のはるかです!」という野見山嬢のMCにあるように、他のメンバーは皆「それ以上」なのだけれど、とてもそうは見えない。 しかし、ステージ上ではコドモの可愛らしさを振りまきつつ、オトナの自覚できちんと勤め上げる。
澁谷様御製による「なつやすみ」の詞もどう考えても小学生の夏休みであるのだけれど、あの詞は小学生そのものには書けないように思う。 コドモの心を持ったオトナだからこそ書けるのではなかろうか?。
そんなこんなで、オトナとコドモの微妙なバランスがピカピカ様の魅力であるように感じた戸越銀座夏祭りであった。


2001-08-12 [長年日記]

_ 寿町フリーコンサート

宿酔の思い頭を抱えて東京駅へ。
友人と待ち合わせて寿町の夏祭りのフリーコンサートへ。 現場へ着くともう始まっていて、丁度「寿」のステージが佳境に入ったところ。 私は買っていったつまみをパクつきつつビール。 踊るのは性に合わないので、惣菜屋でなんだかよく判らないつまみとジンロの缶を買い込んでスピーカー下のやぐらの下でまったりと。 「寿」のあとは「友部正人」、いやぁーこれは良かった、予想以上に良かった。 ハモニカが心に染みた。
そのあと「ソウルフラワー・モノノケサミット」。 ステージ前になだれ込む客の質は今年も悪く中川も伊丹さんも一言二言釘をさしていた。 ぎゅうぎゅうで入り込む隙が無いからステージの下に潜って前に出ようとするオタンコナスが出たり入ったり入ったり出たり。 私のわかさぎの唐揚げを踏んづけても謝りもしない(って言うか気づいてない)。 客はどうでも矢張り歌も演奏も盛り上げ方もしゃべりも旨くて、なかなか盛り上がった。 
私は旅に出るので6時を回った頃に会場をあとにしたのだけれど、ソウルフラワーの後にあがった渚ゆう子とう人のステージかかなり良い感じで立ち去りがたかった。
上野へ着くと7時を回っていて、高崎線に乗り換えて新前橋に着く頃には9時になっていた。 ここでイナダ氏と待ち合わせて東北道を北へ。 郡山で降りた後、4号をさらに北上。 白石の駐車場で車中泊。 例年より涼しかったので安眠できた。


2001-08-11 [長年日記]

_ 下町ぶらぶら

今日は曳舟・京島界隈を友人と散策。 午后3時に曳舟駅前に集まる事にしていたのだけれど、予想通り全員は集まらない。
来た面子だけで動いてとりあへず鯛焼きでも喰おうと思ったら土砂降りになってしまったので駅前の喫茶店へ避難。 そうこうしている間に2人来た。
止んだようなので出発。 裏路地から裏路地をたどって行きたかったのだけれど、日も暮れかけていたので急いで橘銀座へ。 コッペパンは売切れだし、入ろうとした呑み屋は外から見ると大きそうなのにカウンターのみだし、しかたなく入った飲み屋は「イカの生姜焼き」「イカのバター焼き」「イカの・・・」とイカしかない店。 しかも「しらすおろしのしらすがないんですが、大根おろしていいですか?」と来た。完全にハズレだ。 その間にも1人合流、1人早引き。 もう1人駅に着いたってのをしおに河岸を替える事にして駅前へ。 駅前の居酒屋は大当たりだった。 最初からこっちにすればよかった。 お盆休みに入ってから呆けてしまって、早めに帰るひとからはふんだくり過ぎるし、還元しようと思ったら還元しすぎて赤出しているし、終電の時間はころっと忘れているし、いやはやご迷惑をおかけしました。


2001-08-05 [長年日記]

_ 谷中→根津→本郷

いつもよりちょっと早目、10時に待ち合わせたのだけれど、なんだかんだで動き出したのは10時半過ぎ。 今日はひたひた、かっぱくんと3人で谷中界隈を散歩。
とりあへず飯を喰う事にして坂を下るとなぜか中華惣菜屋のラッキーは休みだったので、並びの初音そばへ。 いつもは無口な爺さんが何故かしゃべるしゃべる、ここは冬に喰った方が゛旨いようだ。
夕焼けだんだんの下の道を南へ、公園の先の路地を左に切れて坂を登ると、階段の途中にアパートがあるとこの上に出る。
そこから道なりに進んで観音寺の土塀を見て門前の路地を右へ。 突き当たったら左へ登って、七面堂の路地に入ってすぐ右へ。

日本美術院の前の何故かココだけ太い道路を南へ行き、突き当りを右に行くとパン屋のような駄菓子屋のようなちいさな店がある。
ここで飲み物を買ってまっすく行かなきゃならないところを間違えて左にいってしまい、言問通りにぶち当たってから気づいても後の祭り。
大人しく坂を下り、不忍通りの手前の路地を北に戻って猫屋を冷かしていたら短パンにティーシャツ、サンダルをつっかけた田村彰英が歩いてきて、我々のカメラを見るや一瞬顔を顰めた後、足早に立ち去って行った。
吉野鮨の角を曲がって曙ハウスを観察し、根津銀座から弥生坂を途中まで登って左へ。 弥生美術館を横目に東大の構内へ。 安田講堂の辺りまで来たらどこに何があるのか判らなくなり、適当に歩いて何とか三四郎池へ。 涼もうと思っていたのだけれど、蚊がすごいのであきらめて本郷通りへ。 万定はしまっているし3丁目の方へあるいてクリエで一休み。

_ 本郷→赤羽

春日通りを歩くのもつまらないので菊坂を下って西片の交差点から春日へ。
南北線で赤羽岩淵へ出てコンビニで酒とつまみを仕入れてから土手をてくてく歩いて岩淵水門の公園へ。 河原で一杯やったあと赤羽まで歩いて、古書店を素見した後焼き鳥屋で一寸飲んで解散。


2001-07-27 [長年日記]

_ 会社帰りに

上野へ。 中央改札でお散歩子猫、六条、イサワくんと待ち合わせて永藤パン屋の上にあるキリンのビヤホールへ。 池之端の藪あたりも考えたのだけれど、あまりにも高くつきすぎるので止めた。

_ さて、

そのビヤホールは今風の小洒落た店で、普通の若者と呑むには良さそうな店。 今晩中に宇都宮へ移動する先方と、次が控えている私との利害が一致したため早めにおひらきにして先方は宇都宮、私は神楽坂へ。

_ 大江戸線さまさまで

10分少々で神楽坂に着いたのは良いのだけれど、東西線の神楽坂と大江戸線の牛込神楽坂は神楽坂が違うので、何故か阿波踊りで混雑する坂をえっちらおっちら登って新潮社並びのビアレストラン「ブリュッセル」へ。 ここはベルギーのビールが各種揃っていて、しかもヒューガルテンの生が飲める。  つまみも悉く旨かった。 特にベーコンと大蒜とチーズをオーブンで焼いたのはべらぼうに旨かった。

_ 看板に

なったのでとりあへず店を出て坂を下り、怪しい店「タゴール」へ。 ここで善後策を練り、カラオケへ。 既に出来上がっていたので久々にはじけた。

「日本印度化計画」「Freeze Moon」「I want be your man」「君は天然色」など。

「パンプキンパイとシナモンティー」を歌ったら、「お人よしのマスター36、独身のわけは、引っ込み思案で照れ屋でマヌケの複雑な性格による」のところで「イヤミかテメー!!刺すぞ!!!」と1人キレた。 何度か延長した後解散。 西に向かった人たちには大いなる災いが待ち構えていたらしいが、私は知らない。

しかし、知らない割に何故か翌日の昼過ぎまで対応に追われた。


2001-07-22 [長年日記]

_ 今日は

私主宰で内輪のモデル撮影会。 しかし前日の夜半、いや、当日の集合時間になるまで、モデルさんが来るかどうか未確定で、しかもくだらない奴のメンツの為に2人お願いしたモデルさんのうちの1人が出られなくなったりと、準備段階からいろいろ有りすぎました。 トラブルに関しては面白い話から面白くない話までいろいろ有るのだけれど、書くだけ野暮なので止めて置きます。
モデルさん1人、レフ・小道具のアシスタント1人、撮る人は私も含めて7人でこじんまりとやりました。 あまり少なくても間が持たないし、多すぎると撮りにくいし、この位が頃合だろうと思います。
参加者のカメラは、レンズ交換式デジカメ3人、一眼レフ・一眼デジカメ併用2人、デジカメのみ1人、デジカメ無し1人(私)。
このレポは別に書きます。 何とか無事には終わりました。 次回は秋風の吹く頃に。


2001-07-08 [長年日記]

_ 午后2時過ぎに

かっぱくんから電話があり、組み立て暗箱を引き渡し。 ついでに京橋の国立近代美術館フィルムセンター内にある展示室で「写真再発見2」を見た。 入場料はなんと100円!!。

「ヒト」「モノ」「場所とできごと」の3部構成でスティーグリッツから金村修までを展示。

アジェのオリジナルプリントに感涙。 「1911年の日蝕」が秀逸。

銀座まで歩いてカメラ屋を数件素見し、ミュンヘンで一杯。 面白かった話の大半はここには書けない事だった。


2001-07-07 [長年日記]

_ 六時に

入谷駅前で待ち合わせてひたひたと朝顔市へ。 乗り越し、乗り換え間違いが重なりひたひたは日が昇ってから到着。 来るまでにあたりをうろうろしていたら朝からやっているパン屋を発見。 コロッケサンドを喰ってみたらこれがまた旨い。 ひたひたが来てからもう一個食べた。

_ 7時を

まわると朝顔市も込んできて、売り物の朝顔もしぼんでくる。 「抜けられます」「悪質な街娼・客引きが増えています・・・」の立て看板を横目にしつつ鶯谷から忍ヶ岡中の脇を通ってぶらぶらと上野公園へ。 科学博物館へ入ってみた。 改装してから初めて入ったのだけれど、体験コーナーが大掛かりになっていた。 子供達より、連れの大人たちより、案内ボランティアの爺さんたちが楽しそうだった。

良い老後だ。

_ 芸大の前から

上野桜木、谷中へ。 愛玉子に寄ってから日暮里駅で国鉄に乗り中野へ移動。 ひたひたはアパートの契約へ、私は時間つぶしに喫茶クラシックへ。 

すごいとは聞いていたのだけれど、ききしに勝る凄さ。 ドアを開けると直ぐレジ。 ここで飲み物の件を買って席へ。 ギシギシ言う階段を昇り切ると「傾いている」などと言う生易しい物ではなく、店全体が波打っている。 壁一面に額装された絵が飾られているのだけれど、どれも水平ではなく微妙に傾いでいる。 脚の折れた座るのを拒否する椅子とか訳のわからない調度品がわらわらと置いてある。隅の席に座ると、椅子も机も建物もすべてが傾いていて、こうして字を書くとぐらぐら揺れる。 店内は薄暗い。 ASA100、50mm f1.4で1/4s開放くらいの暗さ。 ヴィオロンとかだと「照明を暗くしてみました」と言う感じなのだけれど、ここの場合は「あまりに暗いので電気をつけてみました」と言う感じ。 客は思い思いに喋ったり寝たり本を読んだりしていて、飲み物を運ぶとき以外店員は顔を見せない。 そうこうしているうちに店員がジュースを持ってきた。 ここはコーヒーよりジュースがスゴイと聞いていたので頼んでみたのだけれど、なんと書けばよいのか・・・。 みかん水のような、小児科の飲み薬みたいな、バスクリンみたいなオレンジ色の液体で飲むと甘い。

_ 一眠りしたあと

ひたひたらと怪しい中華屋「泰陽飯店」へ。 ここは胡散臭くて安くてそして旨い。 私はタンタンメンを食べた。 その後通販生活のリサイクルショップへ。 いいもの一杯、しかし金が無い。

ひたひたらと別れて南口のPへ。 ファーストレフレックス(ジャンク)を購入。 これはペトリの全身栗林写真機製作所が戦前に下谷の工場で作っていたもので、めったにお目にかかれない。 研究のために購入。

_ さらに

上野へ移動。 友達のつきあいで東京に来たいたいけな女の子を囲んで趣味者の悪い人たちと呑み→カラオケ。 深夜帰宅。


2001-07-06 [長年日記]

_ 寝たり起きたり

しながら日がな一日書き物とその打ち込み作業。 流れてネットに入り、明日朝顔市へ行く約束をしてからも、だらだらチャットなどしていたら、何時の間にか3時をまわっていた。 これから寝ても起きられないので徹夜。


2001-07-01 [長年日記]

_ 昼起き

とりあへす恵比寿へ。 東京都写真美術館にて「桑原甲子雄 ライカと東京」を見た。

先ず入場料でびっくり。 収蔵品からの展示という事もあってか250円。

2/3が戦前、昭和10〜14年頃のもの。 残りが戦後、昭和25年〜現在までのもの。

_ そして

会場中央にはレンジファインダーのライカがずらり。 これは完全にライカの見せびらかし大会に堕していて戴けなかった。 この写真展の核となる戦前に撮影された物はすべて50mmの標準レンズで撮影されていることに意味があるので、関係ないカメラをずらずら並べる事に意味があるとはとても思えない。 じっくり見ようと思ったのだけれど、込んでいたので9月迄やっていることだし、又平日来る事にした。

_ 中野のPに

寄ってみた。 いい感じにくたびれつつもまだまだ使えるLXがあったのたけれど、ペンタックスなのでパス。 5月の末頃からこの店は2ちゃんねるのカメラ板でひたすら叩かれつづけているのだけれど、私はその犯人の一人として奥さんに疑われているらしい。 私は2ちゃんねるどころかネット上でもそれ以外でもこの店を貶した事は一度たりとも無いので、非常に心外ではあるのだけれど、叩かれ方が常軌を逸しているので疑心暗鬼になってもまぁ仕方が無いといえば無い。

だから私は2ちゃんねると言うヤツか嫌いだ。

_ 荻窪は

また休みらしく阿佐ヶ谷へ。 先週入ったちゃんぽん屋で腹をふさいでからヴィオロンへ。 流石に今日は開いていた。 入ったらグールトのピアノがかかっていてそのあとラヴェルのピアノ協奏曲。 麻原に似た男とツタンカーメンみたいな面の女が入ってきて、ひたすらおしゃべり。 カーテンの色の相談なら別のとこでやってくれ。 そうこうしているうちにラフマニノフの「ハガニーニの主題による〜」がかかった。 パガニーニは嫌いだけれどこの曲はそんなに嫌いではない。 逆に言うとラフマニノフは好きだがこの曲はあまり好きじゃない。
間口を広げたいのでこの店ではあえてリクエストをせずに、かかったものを聴く事にしている。 好きなものは家で聴けばいいし。


2001-06-26 [長年日記]

_ 今日は

休みを取って昼から外出。 保木間の石井さんの様子を見に行ったら、その話を私にしてくれた中野の店の客と鉢合わせ。 石井さんは思ったより元気だったけれど心なしか顔色が悪いような気がした。 「店を閉めちゃったんだそうで・・・」と聞くと、「このへんは田舎だからダメですよ」と吐き捨てるように言った。 そうなんだよなぁ・・・、他所へ移ってみてわかったけどこの辺は悪い意味で田舎だ。
テッサーは売っぱらうので替わりに50mm/f1.4のプラナーを物色。 何軒かまわろうと思っていたら二軒目で出物を発見。 これも中野であればそっちで買うんだけどなぁ・・・。
中野の店に顔を出してから阿佐ヶ谷へ。 今日も荻窪は休みらしい。 ヴィオロンの前まで行くと今日も休み。 帰りがけに新しく出来た「長崎軒」というチャンボン屋で夕食。 結構旨かった。


2001-06-25 [長年日記]

_ 給料が

入ったのでお仕事カメラを買いに新宿へ。 中野で出ていれば勿論そっちで買うんだけど出ないときは出ないもので、急いでいた事もあり、知り合いから出物情報が入ったのでそれを押さえてもらって新宿で買う事にした。
ものはコンタックスのRTS(I)+テッサー45mm/f2.8。 ペンタ部にへこみがあってオートに少々不安はあるもののモルトとかシャッター幕の状態は良かったので購入。 テッサーは手に馴染まないのてとっとと手放す事にした。 夕食はとんかつ茶漬。 謎の味。


2001-06-24 [長年日記]

_ ひたひたに

誘われてカッパくんと3人で新宿の小田急美術館へ「メイプルソープ&アラーキー 百花乱々展」を見に行った。 荒木の方ははっきり言ってどうでもいいような写真ばかりだったが、メイプルソープの方は凄かった。 特に正方形フォーマットの物が。

構図は物凄く厳密で、ぎりぎりのところで切っているし、ライティングも焼きも微妙な上にも微妙。 ライトでやっているのか焼きでやっているのか中心部(もしくは視点の行くところ)から周辺部にかけての光量の落とし方とか、もう見ていて頭が痛くなる。 良かったけど疲れた。

_ 西口の中古カメラ屋を

素見したあと、カッパくんとは別れて荻窪へ。 広東風が閉店すると言うので喰い納めの宴会。 料理長の紀平さんはいつも以上に気合が入っていて、何を喰っても旨かった。
この日一番旨かったのはイカを短冊に切って鹿の子に包丁を入れて花切りしたものを湯通し(もしくは油通し)して蚕豆をすりつぶしたソースで絡めた物。 まさに皮一枚残す感じの包丁の入れ方で、さらに蚕豆のソースが旨いの何の・・・。 皿まで舐めたくなるくらい。
前菜のからし醤油で和えたクラゲも旨かった。 最後まで居たかったけど終電に間に合わなくなるので途中で帰った。 7月の12日から違うオーナー・コックさんで営業再開とのこと。


2001-06-17 [長年日記]

_ 昼過ぎに

なんとなく起き出して本などめくっているうちに他の人も起き出して、駅前の喫茶店で飯を食い、ヴィオロンへ行ってぼーっと時間つぶし。 日曜日をムダに浪費したようでもあり、有意義だったようでもあり、なんかヘンな感じだ。 他の人はそのあと趣味者某に接見するらしかったが私はけったくそ悪いので帰った。

_ 阿佐ヶ谷とか

高円寺とかの駅前の路地をぶらぶらしていると、何で今のところに住んでいるのか馬鹿々々しくなってくる。 仕事場と家を往復するだけの毎日。 仕事場のある町は棚を見て買いたくなるような本が並んでいる本屋も胡散臭いカメラ屋もぶらっと入りたくなるような食い物屋も無い。 家の最寄駅は尚更だ。 駅前には店なんか一軒だってありはしない。 コンビニすら無い。

家に帰っても別段する事は無く部屋に篭ってコンピューターを立ち上げてぐたくだして、夜中に寝る。 その割にぜんぜん更新してないし・・・。

最近精神状態が宜しくないので、聴く音楽はクラシック、それも古いも、の編成のシンプルなもの、うるさくないもの、チェンバロとかオルガンとかばかり。


2001-06-16 [長年日記]

_ 仕事帰りに

新宿へ。 寿氏、ひたひた、ニッパーくんと呑み。 西口の中古屋をぶらぶらした後、高円寺の沖縄料理屋へ。 ここは旨いんだけど高い、そしてうるさい。 だから実はあんまり好きではなかったりする。 散会後、日暮里で阿佐ヶ谷北氏らと落ち合って阿佐ヶ谷へ。 無駄な移動。 下らない話をしつつ雑魚寝。


2001-06-05 [長年日記]

_ 朝から

起きられるはずも無く、いつものように昼からごそごそ起き出して、今日はどのカメラを持ち出すか考える。 考えながらいろいろいじっていたらまた一台ペトリが壊れた。 シャッタースピードが変わらない病。 治るんだか治らないんだか良くわからない。 結局持って出たのは

ペトリV2 55mm/f1.8 35mm/f2.8

ライカD−III ズマール50mm/f2

ペトリカラー35

の3台。 何処へ行くかは決めずにとりあへずバスに乗り、駅についたら都区内フリーきっぷを買い、そのまま改札を通過して南口のヨドバシでフィルムを購入。 総武線に乗ってなんとなく御茶ノ水で降りて坂を下って文庫川村を素見してから三省堂へ。 文具コーナーでバインダーとルーズリーフを購入。 ブックマート→グランデと移動するも探している本は無く、何か食べようと裏路地へ。 久しぶりに天丼いもやへ入ってみた。

_ いつも通り

物静かなおにいさんが「天丼でよろしいですか?」と訊いて来るので「はい」と答える。 お茶が出てくる。 てんぷらが揚がる頃合になると「ご飯の量はどうなさいますか?」と訊いてくる、「大盛で御願いします」と答える。 味噌汁が出てくる。 さいの目に切った豆腐とわかめの味噌汁。 天丼が出てくる。 カボチャ1、海苔1、キス1、イカ1、エビ1、少しこわめのご飯は一粒一粒がぴかびかしている。 喰い終えて500円払って外に出ると既に夕方。 水道橋まで歩こうかと思ったけど止めておいた。

_ 中野のPへ。

ファーストフレックスがあった。 眼福。 そのあと中古カメラ業界の胡散臭い話になり、保木間の石井さんが店を畳んだという話を聞いてびっくり。 店賃を吊り上げられたので店の方は閉めたが、修理は路地の奥の自宅で請け負っているとの事。 家に帰るには少し早かったのでヴィオロンへ寄ろうと思ったら閉まっていた。 時間はまだ早かったがめんどくさくなって帰宅、何時の間にか寝ていた。


2001-06-04 [長年日記]

_ 朝から

頼まれ事の撮影。興が乗らなかったので家で゜ぐずぐすしていたら遅刻してしまい。 着いた頃にはあらかた終わっていた。 とりあへず記念撮影だけでもしておいた。 打ち上げに誘われたのでついていって中華料理屋で中食。 喰いながらいろいろ話をしたのだけれどもはや全然かみ合わない。 飯喰いながら風俗の話するかねぇ、後にはてめぇの嫁もいるってのに、いやはや、不味い飯になった。

_ 午后から

銀座へ。 カメラ関連の知り合いの結婚祝いオフ。 時間が空いてしまったのでみゆき通りをぶらぶらしつつカメラ屋を素見。 本屋に入ったらカメラレビューの別冊「桑原甲子雄 ライカと東京」が出ていたので購入。

_ オフ会は

帝国ホテルのラウンジでやる事になっていて、適当な服を着ていつものように出かけようとしたら家のものに怒られて、珍しく背広で行ったのだけれど、他の人は普段着(苦笑)。
 コシナの21mmと90mmとT−3の黒を見せてもらった。 いやぁー、これは良いです。
披露宴が長引いたのでラウンジで3時間以上長っ尻で話をしたあと、ミュンヘンで看板まで呑んで帰宅。 この席では私は話の腰を折らぬようにずーっと聴いている。 勉強になるし楽しい。


2001-06-02 [長年日記]

_ 仕事帰りに

駒込へ。 テント芝居を見に行った。 「パラダイスロスト 懐かしい夢」水族館劇場。 途中から見たのだけれど十分面白かった。 私は芝居とか映画には没入できないタチで、いつもなら大道具・小道具、照明・音響の入り・切りなんかに意識が行ってしまうのだけれど、この芝居にはすんなり入って行けた。 筋の矛盾とか観念的な長科白とか嫌いな要素もあったのだけれど、さほど気にならなかった。

_ 気にならなかったと言えば、

席が一番後ろで立ち見だった事も、団子坂を登り下っていくバスやタクシーの音すら気にならなかった。

観念的な長科白とか、私の嫌いな部分もあるにはあったし、話の筋やこまかい科白に矛盾はあったりしたのだけれど、あまり気にならなかった。

それだけ面白かったということだろう。

春先に見に行った新国立劇場の芝居とは大違いだ。

舞台装置も思いのほか凝っていて、正面奥と上手・下手の建物が回転して舞台が転換するし、舞台中央は床が外れて奈落がプールになっており、上手・下手のほかにもそれぞれの建物やプールの奥からも入り・はけが出来るようになっているので、思わぬところから人が出てきて思わぬところへ去っていく。 プールからは盛大に水が吹き上げ、上からも大量の水が降ってくる。

間口は狭いのに高さと奥行きはある舞台で客席よりも広いくらい。

はじめはいつものようにメモはとらぬまでも、日記を書く事を前提にみていたのだけれど、そんなことはどうでも良くなり、途中からはただひたすらぼーっと見ていた。 ラストは舞台の高さ・奥行きと大量の水を生かした物凄い物であった。 次も是非見に行こうと思っている。

_ 終演後、

誘った主である阿佐ヶ谷北氏を探すと、もはや毎度の事になりつつあるが、いない。

探しているうちに打ち上げが始まってしまい、そのまま終電まで呑んだ。


2001-05-28 [長年日記]

_ 日がな一日

サイトの更新と、写真のスキャンと、レポ書きと、テキスト打ち。 途中眠たくなると寝たり、腹が減ったら飯を喰ったり、酒を呑んだり。

_ 夕方、

冷蔵庫に碌な食い物が無い為近所のスーパーへ。 鮪の切れっ端と血合いのところがあつたので、葱と一緒に買い込んで葱鮪(ねぎま)を作った。
びろーんと長い血合いは一口大より少し大きめに切。 葱は適当にブツ切り。
鍋にぶち込んだら水を張り、大目の酒と醤油で煮魚より薄めに味付けして火にかける。 暫くするとどんどんアクが出てくるのでひたすら掬う。 これを掬っておかないと生臭くなってしまう。
あらかた火が通れば喰えるし、「生煮えが旨い」って人も居るんだけど、肴にするには少し煮込んだほうが私は好きだ。 良い出汁が出るし、葱に味も染みる。
この手の食い物は下手味(げてみ)に妙があるんで、血合いを使わなかったり、葱を斜めに切ってみたり、上品に作っちゃうとねぎまであってねぎまでない別の食い物になってしまう。
材料だけ買い込んで母親に作らせると、どうにもぴんと来ない味になってしまうので、この手の物は自分で作る事にしている。


2001-05-27 某撮影会@新宿御苑 [長年日記]

_ 今日は

海軍記念日ですね。 そんな事とは関係なく、いつもとは毛色の違う撮影会へ。 これまで行っていたのは業者主宰の撮影会だったのだけれど、篤志家の個人がやっている撮影会があると言うので勉強方々行って見た。

_ あ、

勉強と言っても、撮影会商売始めようってんじゃなくって、自分がより撮りやすい場を誰も作ってくれないので自分で作ってしまおう、と。 要するに私も撮影会をやらかそう、と。 まぁ、そう云うことでノウハウとかそのあたりも含めてじっくり撮ったり見たりして来た。

_ 御苑の新宿門に

9:45集合だったのだけれど、新宿3丁目の駅を出ると結構な雨。

濡れるのも厭なので待合室に居ると、三々五々参加者と思しき人々が集ってきた。殆ど知らない人ばかりだったのだけれど、雇われスタッフとして知り合いのてけてけ師が来ていた。

スタッフは主催者と雇われスタッフ2名、タレントのマネージャーが1人帯同していたけれど、主催者が信頼されているためかほぼ荷物番状態だった。

レフはパイプフレームの角レフ一枚と折りたたみの丸レフ1枚。

今日のモデルは田島知佳さんと中瀬麻乃さん。 営業熱心な田島嬢は、一見の客と見るや私に寄ってきて自己紹介をし、私の名前(「ハンドルでもいいです」とも)を聞き、6月にやるライブのチラシを渡してくれた。

_ さて、

この雨ン中何処で撮るんだろう、と思ったら休憩所の中から日本庭園をバックに撮影。 一寸暗いんだけれどレフを当てちゃえばなんとかなる。

主催者の人はふら〜っと何処かへ行ってしまい、暫くして帰ってきたら「ここが一番明るくて撮りやすいみたい」・・・この雨の中御苑中の休憩所を回ってきたそうだ。 どうせやるならここまでやらなきゃダメてすね。 勉強になりました。

_ 今日のカメラは

α-7000+M42アダプター
オートタクマー 35mm/f2.3
ペトリ 55mm/f1.8
ジュピター9 85mm/f2
ゼニット 100mm/f1.5

フジカST605
EBCフジノン 55mm/f1.8

ライカD-III
ジュピター3 50mm/f1.5
上海 50mm/f3.5

ペトリカラー35 ペトリ40mm/f2.8

ローライコード トリオター75mm/f3.8

フィルムはアグファのカラーネガの100、ローライコードのみプロビア。

 減らしたって言っても、嵩張るマミヤプレスを外して、その空いた隙間に何も入れなかっただけなんですが(苦笑)
 他の客はAFズームコンパクトが一人居たほかは大体AF一眼+標準ズーム+望遠ズームだった。 サブカメでデジカメを使っている人も結構居ました。
 相変わらず手でピントを合わせたり、単体露出計を振り回しているのは私だけでした。

_ 午前中に

一回衣裳替え。 何時にって事ではなくて、なんとなく「そろそろ替えようか」って感じに。

田島嬢の衣裳は本人任せだったのだけれど、主催者(以下「川崎さん(仮名)と表記)がメインで撮っていた(・・・と言うか田島嬢はほったらかしだった(笑))。中瀬嬢の方は川崎さん(仮名)のダメ出しが盛大に入って「あれもダメ、これもダメ」で結局Tシャツのみ交換(苦笑)。

雨が小ぶりになった頃合を見計らって外で撮ったりしているうちに昼になり、「飯を食っている間に雨も上がるだろう」って事でレストランへ。 価格体系は園内の割にはそう高くはなくて、400〜1000円の間。 コーヒーは370円。

綺麗だしそんなに不味くもないし、雨だった所為も有ってか空いていた。 飯を食い終わってから他の客はモデルさんと歓談・サイン会。 私はその間これを書いていました(笑)。

_ 午后は

中瀬嬢は別のTシャツに、田島嬢は品川学院女子の制服に着替えて日本庭園で撮影。 暫く撮っているうちに雨も上がった。

一頻り撮ってから二人おそろいの西武学園文理の制服に着替えて2ショットを少し。 並木に移動して4時まで撮影した。 私は制服ってのは出来すぎちゃって絵にしにくいのであんまり好きじゃないんですけど、普通の客の受けはいいですねぇ(苦笑)

_ レストハウスに

移動して女の子は着替え、我々は参加費の清算。 件の業者でぼったくられる事を考えたら安いものだ(苦笑)。

御苑を出るまでの間、てけてけ師に撮影会のノウハウを色々と聞いて見た。

終了後荻窪へ移動して広東風で写真展がらみの呑み。 今回は少々長っ尻に過ぎた。 店の人に申し訳なかった。


2001-05-20 某撮影会@夢の島公園 [長年日記]

_ 10時過ぎに

起き出して、撮影会の支度。 1月から月1回のペースで行っていた撮影会も今回で一区切り。

_ カメラは

α-7000+M42アダプター
オートタクマー 35mm/f2.3
ペトリ 55mm/f1.8
ジュピター9 85mm/f2

フジカST605
EBCフジノン 55mm/f1.8

ライカD-III
ジュピター3 50mm/f1.5

マミヤプレス
セコール 105mm/f3.5

フィルムはアグファのカラーネガの400、マミヤプレスのみプロビア。

_ いつもは

4部構成のうち、1部のみの参加って事にしているのだけれど、今回は「1部はバーベキューと撮影会」と言う変則・・・って言うか訳の判らない事になっていて、金額的にも5割増だったので、今回に限り2部のみ。

バーベキューは予想通り仕切りが悪くて、ガンガンに起こした炭の上に網なんざ乗っけちまったものだから強火の近火になっちまって、焼ける前に焦げっちまうような状態で、機転の利く客が焼きそば用に用意してあった鉄板を乗っけて何とかしなかったら皆で炭を喰らう羽目になっていたようだ。

_ 1部の撮影は

バーベキューをやった林の前のヨットハーバーをバックにやったみたいなんだけど、その方向で撮ると「第五福龍丸記念館」がモロに写り込んじゃう。 わかってやっていたのだろうか。

受け付けを済ませて2部の撮影が始まる・・・かと思いきや、別の撮影場所へ移動って事で、炎天下を汗書きながら延々歩いて、着いた所はヨットハーバーのド真ん中。

_ 確かに

ヨットがずらり停泊していて良い絵になる・・・とスタッフ(って言うか、スタッフは三下扱いで、モデルさんのマネージャー某氏が仕切っていた。)は思ったのだろうけれど、ヨットの向こうには倉庫だのマンションだのセメント工場だのが鎮座ましましていて、しかもバックを飛ばそうにも光線が強すぎて飛ばし様が無いから、余程上手く撮らないとどうやっても殺風景な建物群が写り込んでしまう。

更にはこの天気・この状況で銀レフなんざ当てやがるし。 もちっと勉強したが良いね。

撮る側はいい(・・・って決して良かぁ無いが言葉の綾だ)としても、モデルさんたちはこんなとこで撮るなんて聞かされてないから、日焼け止めなんざ塗ってない。

隠れる日陰の一つも無いから休憩中も炎天下で日にあたり放題。 しかも、下はコンクリ舗装だから照り返しがきついのきつくないの・・・。

こんなんじゃ服の上からでも下着の痕がつくような焼け方をしかねないんですがねぇ・・・。 何考えてんだか。

_ 此処で

一頻り撮影したあと次の場所へ移動。 今度は木陰も有って吹き抜ける風も心地良い花畑です。 半ば散りかけのケシの花畑・・・。 収穫を控えた黄金の三角地帯みたいな場所。 確かに綺麗な花ではあるんだけれどタレントイメージ的にケシは不味くないか?しかも散りかけだし。

此処でも一頻り撮ってさらに移動。

_ 陸上競技場脇の

ベンチで一休みした後、木立ちの中のベンチで撮影。 此処でも撮影場所を決めるときに、光の周り具合とか背景とかを良く見ないで即物的に決めちゃう。

二手に分かれたうちの片方は、慣れた客が勝手にモデルの座り位置・角度からレフの強弱迄仕切ってやってるから非常にいい感じで撮れている。

そう云う能動的な客をあからさまに邪魔にしているんだけど、決して安くは無い金取って置いてそれ以下の仕事しか出来ていない状況を謙虚に受け止めるべきだと私は思う。

_ おまけに

「撮影会は終わったんだからとっとと帰るなり移動するなりしろ」ってのを客に直接言わないでスタッフ氏に指示を出すようにしつつ客に聞かせるという回りくどい演出(苦笑)。
営業妨害になるから業者の名は出さないけれど最後まで厭な感じだった。
他の客はスタジオへ移動。 私は市ヶ谷まで一緒に行って今後について話し合った後、阿佐ヶ谷へ。 阿佐ヶ谷北氏らと、名曲喫茶「ヴィオロン」でSPを聴く会。
 今月はワグナー。 アリアが主だったのが一寸残念だったのだけれど、歌なしの奴は結構ツボに嵌まった。
 カラヤンで聴く戦後のベルリンフィルは偉そうでもったいぶってて嫌いなのだけれど、フルトヴェングラーとかカール・ムックの振る戦前のベルリンフィルはかなりいい感じだった。 隣のタイ料理屋で飯を食った後、駅前で少し飲んで解散。


2001-05-19 [長年日記]

_ 夜、

petaとキムラ氏来訪。 日本橋へカレーを喰いに行った。
 今月は矢鱈と金が無くて、妹から借銭しているのでご機嫌取りかたがた連れて行った。
 新大橋通り沿いの「カレー革命」なる店(番地は蛎殻町)。
 いやぁ旨かった。 詳しい事は検索して調べてみてください。 検索して出てきた奴を片っ端から見ていくと行った人の感想の中での毀誉褒貶は激しいし、店のサイトも怪しいです。


2001-05-18 [長年日記]

_ 九時過ぎに

目が醒めた。
「さぁ、そろそろ起きましょう」
と言うと家主答へて曰く

「私はこれから寝るところです」

_ 12時過ぎに

目覚し時計がりんりんと鳴り出したのだけれど、これも私の嫌がらせだと思ったらしい。 あんただよセットしたのは。 なんだかんだで1時過ぎに起き出してタイ料理屋で昼飯。 うまいけど高い。

腹をふさいだ後、隣のヴィオロンでコーヒーを啜りながらぼーっとした。

ベルリオーズの幻想が掛かったのだけれど、スコアに忠実な奴らしくて第4楽章以降がつまらない。 ラフマニノフの「パガニーニの主題による〜」も掛かった。 ラフマニノフは好きなのだけれどパガニーニはこれ見よがしで嫌いだ。

_ 恵比寿へ

移動して写真美術館へ。 報道写真(しかも殆ど戦場)なので、カメラを首から下げているような奴は大抵ニコン。 ペンタックス6×7ってのも一人居たけれどほぼニコン。 しかしF2とかF3とかの報道ユースのゴリゴリした奴ではなくてFE2とか柔らかい奴ばかり。

私しはそういうのはキライなのでプラクチナIIa+フレクトゴン25mm/f4.

キャパがらみって事で東京富士美術館が当然関係していて、そっち系の客が多かったように見受けられた。 写真を見る際の写真との距離の取り方とかしてんとかが違う。

見終えてからビヤホールの外テーブルで一杯。


2001-05-17 [長年日記]

_ 明けて

日曜に恵比寿の東京都写真美術館へキャパ賞展を見に行く事にしていたのだけれど、またどうせ起きやがらねぇだろうと踏んだ私は、前夜のうちに阿佐ヶ谷に乗り込んだ。 駅前の喫茶店で落ち合い、暫く時間を潰した後阿佐ヶ谷北邸へ。 明け方までぐだくだと馬鹿話を。


2001-05-15 [長年日記]

_ 今年の

連休は珍しく東京にいた。 3日にライブを見に行ったくらいで、あとはとりたてて何をしたって事もなく、四月の日記を打ち込んだ奴が根こそぎ消えてしまって馬鹿々々しくなってしまったりした事もあって、半ばまで何をしていたのかメモすら取っていないので良く判らない。

11日に30歳になった。 隠居もへったくれもありゃぁしない。

2001-05-03 Spring Summer LIVE Cruise [長年日記]

_ Spring Summer LIVE Cruise@四ツ谷Live inn Magic

 さして急ぐ事もあるまい、と思っていたのだけれど、申し込んでみると整理番号は127番。 なんでも実質的には一部で(まぁ Z−1 な訳ですが)先行電話予約が行われていたとの事。 箱の大きさを考えるとちょっと入れすぎのような気がしないでもない。 しかも私の後にも申し込んだ人はいる訳で、結果150からの予約が入った模様。
 そんなことが有りつつもライブ当日を迎え、前夜から自分のサイトのCGIをいじっていたらどうにも収拾がつかなくなってしまった為結局徹夜して眠い目をこすりつつ四ツ谷へ。
 現地へ着いてあたりを見回すと人相も悪く人品も賎しい集団がそこかしこに屯している。 私を含めて(笑)。
 チケットの引き換えが始まると、モスクワのパン屋か銀行の取り付け騒ぎの如く有象無象が列をなしてチケットを受け取る。 ここでも更にチケット絡みの厭な話を聞いた。 N口さん(仮名)のイベントなのにおかしいなぁとは思ったが、全部に目配り手配りしろというのもまぁ無理な話。 中身に期待することにした。
 入場は電話予約分の1〜60番とネット予約分の61番〜の客の並列同時入場。 些か間抜けでは有るが、販売チャンネルが複数になった場合は致し方ない。 入ってみれば予想通りほぼ満員、これは撮禁でも納得。 こんな状態で写真なんぞ撮らせたら収拾がつかない。
 客の内訳は   AceFile系>Z−1系>池田系>アルテミス残党系   と言った感じ。 教唆・煽動に長けたプロの客2名がそれぞれ日和って別の現場へ行ってしまったため池田系の客も今回に限っては至って静かなもの。
 そうこうしているうちに開演。 出演者全員がお揃いの髪型、お揃い(但し色違い)のTシャツにパンツルックで登場。 振りも揃っていたのが見ものだったのだけれど、これはプロデューサーたるN口さん(仮名)の手腕だと思う。
 出演者はAceFileの4人とZ−1の4人、そして池田早矢加先生と森なつこちゃん・鷲見麻由美ちゃん。 池田先生のステージはゲームショーのカラオケを除けば昨年のクリスマスライブ以来。 鷲見麻由美ちゃんは初見だったがなかなかの美形、100回殴る前の倉木麻衣と言った感じ。
 やった曲はおにゃんこ系・乙女塾系・TPD系が中心。 おにゃんこの曲には反応するのにTPD系の曲の認知度はかなり低かった。 曲名とか曲順とかはメモしてないのでわかりませんし、時系列でも書けないので雑感を記して行きます。

 AceFileは矢張りバランスが取れているなぁと感じた。 久志麻里奈の役回りは良くわからなくて、正直浮いているようにも感じられたのだけれど(一人だけソロの曲が無かった)、それ以外の3人はキャラクターがしっかりしていた。
 奈良は 「とにかく元気」(C)エモーション と言った感じで、声量の無さと下手糞さを元気に歌い愛嬌を振りまく事で上手く誤魔化していた。
 吉川は歳の割に幼げでほんわかしたキャラクターとそのいたいけな声を生かして下手なりの可愛さを上手く出していた。 この声で歌ってくれれば下手糞だろうがなんだろうが全然構わないし、寧ろ心地よい。
 工藤はとんでもないキャラクターと絶望的なまでの写真写りの悪さで知られているが、歌い方は至って素直で実力以上に上手く聴こえた。 自分の出せる音域と声量をわきまえて、その範囲内で出来る事をやっている感じ。 ごくあくアイドルWeb主宰ひろろん長官が「工藤あさぎの『つらいレス』は癒される名曲だ」とかなんとか書いていたがなるほど納得だった。 そしてやはり現物は写真で見るのとはまるで別物の可愛さだった。
 私の中での好感度は 工藤>吉川>久志>奈良 の順。 奈良は如何にも可愛いのだけれど、あざとさが鼻についた。

 逆に拍子抜けしたのがZ−1. 最近バラ売り戦略が露骨になっている上戸は飛び抜けて可愛いと言うほどでもなく、グループ内で一番目立っていたのは春川ますみ化した根食だったりした、一時痩せたと聞いたいたのだが・・・。
 もう一つ拍子抜けしたのは上手い々々と聞かされていた根食の歌唱力。 骨格的にはどうやっても声は出るように出来ているのであとは如何にそれをコントロールするかなのだけれど、小手先のテクニックでこねくり回すような歌い方で、全然声量が生かされていない。 その割に「私は歌が上手いのよ」ってな感じの驕りと紙一重の自信がかんじられて一寸厭な感じだったのだけれど、出る声をコントロール出来ていないので正直下手糞に聴こえた。
 逆に思ったより良かったのが西脇と藤谷の二人。 踊りにもキレが有ったし、自分の力量を客観的に把握出来ていてその範囲内で出来得る限りの事をしている一途さのような物が感じられて好感が持てた。

 森なつこと鷲見麻由美の二人は予想外に良かった。 事務所の力関係とか諸般の事情とかを考えると、あんまり目立っちゃまずかったり色々あったりすると思うのだけれど、バックでサポートに徹しなければならないところではしっかり黒子になって主役を支えていた。 他の面子より比較的暇だったりしたのかも知れないけれど振りも揃っていたしコーラスも綺麗だった。 あと鷲見ちゃんはとても可愛かった。

 さて、私のお目当ての池田先生のご様子はと言へば・・・。 いやはやとんでもなかった。 この人は鬼だ。 「国定忠治は鬼より怖い、にっこり笑って人を斬る」なんて言う俗諺を踏まえると国定忠治並ってことになろうか? 終始笑みを絶やさなかった池田先生ではあったが、我々、少なくとも私は細切れに切り刻まれて膾にされるくらいの衝撃を受けた。
 バックコーラスに回ってひかえめに声を出しても声の張りと音程の正確さですーっ前に出てしまう。 踊っても、止め・跳ね・払いの美しさが際立っているので目を引いてしまう。
 圧巻はソロでやった高橋由美子の「Fight!」。 くの一忍法帳の如く舞台袖から側転で飛び出してきた池田先生は、「振り」って言うよりも「ダンス」とか「バレヱ」に近しいような激しい動きで歌い踊りつつも全然息が上がらない。
 歌も勿論上手いが「ほぅら上手いだろう」なんて厭味はかけらも無く飽くまで心地よい。 この人のステージはいつも見るたびに驚かされるのだけれど、この人に好き放題やらせたステージを見たいと、今回は切実に思った。
 他との兼ね合いも有ったと思うが、はじけていたのはこの一曲のみ、正直もっと見たかった・・・。 あと笑った事が一つ。 妙に慣れている「ラッキーラブ」。

 こんな凄いのの後はさぞやり難かろうと思うのだけれど、そこを上手くまとめてエンディングへ持っていくN口さん(仮名)の手腕には感心した。
 「歌姫じゃねぇか、コレ」とか言われようが何しようが良い物は良いンで、是非今後も続けていっていただきたい。

 最後の30分は真っ白化したいつもの寝間着のような衣裳に着替えて登場したAceFileのオンステージ。  シングルの曲2曲と奈良のソロデビューシングルと吉川と工藤の掛け合いの曲、そしてアンコールでもう一度「タイムマシンでつれてって」をやってお仕舞い。 とにかく挙動不審で変な顔で不穏当な発言でしかもべら棒に可愛い工藤あさぎを見られただけで満足。 この娘は生で見ないと本当の良さがわからない。

2001-04-30 [長年日記]

_ 2日も

徹夜をしたので流石に起きられない。 仙台からはるばるばく先生がやってきて、写真部関連の面子で呑む事になっていたのだけれど何時の間にか寝ていて、大幅に遅刻した。
店についた頃にはすでに呑み始めから小一時間経過していて、もう好い加減できあがりつつあり、頼んだ料理もあらかた無くなっていた。
17:00過ぎに飲み始めたと言うのに、店が込んできても21:00を回っても誰も腰を上げようとしない。 しょうがないんで今日も私が仕切って店を出た。
店のほうから予め言われる事も有るのだけれど、大体一件あたり2時間、長くても3時間で河岸を変えるのが暗黙の了解であって、飲み食いの注文が落ち着いたらもう出る事を考えなきゃいけない。
一回こっきりで二度と使わねぇってンなら話は別だが、今後も使う気が有るんなら店に嫌われないほうがいいのは当たり前田のクラッカー、セサミハイチも宜しくってくらいのもんだ。
おまけに勘定は一人頭7000円。 貧乏人が雁首そろえて飲んでるんだからもうチット安い店にしてくれ。 どうせ味なんざどうでもいい面子なんだし(私はどうでも良くはないけど)。


2001-04-29 ai-land撮影会@北の丸公園 [長年日記]

_ 始発で帰って

とりあへず仮眠。 電話で叩き起こして貰って件の撮影会へ。

今日はモデル4人のうち2人がまぁそれなりにメジャーな(・・・と言っても「この業界では」ってな感じではある)仕事をしているためか、客の大半はそっちに吸い取られてしまい、私はお目当ての娘を比較的楽に撮る事が出来た。

その娘は最近厭な事が重なったり風邪を引き込んだりしていたので、少々心配していたのだけれど、案外元気そうで一安心。

_ 今日はペトリの日。

ペトリカラー35購入記念でフィルムも総てカラー。 使ったカメラは
α-7000+M42アダプター
オートタクマー 35mm/f2.3
CCペトリ 50mm/f2
ジュピター9 85mm/f2(使用せず)
ゼニット 100mm/f1.5

ライカD-III
ジュピター3 50mm/f1.5
ジュピター8 50mm/f2(使用せず)
上海 50mm/f3.5(使用せず)

ペトリカラー35 40mm/f2.8

ペトリコンピューター35 40mm/f2.8

ペトリf1.9 45mm/f1.9+テレ&ワイドコンバージョンレンズ

 α-7000をメインにして同じアングルでの枚数を稼いでみた。 ライカには久々にジュピター3をつけてボケ味を狙ってみた。
 カラー35はテスト撮影。 思えばペトリをメインにして撮影会に臨むのは初めてだ。

_ 終了後

どこかへ撮影に行こうと思っていたのだけれど、思ったより早く雨が降り出してしまい中止。 ひたひたと待ち合わせて阿佐ヶ谷へ。
さらに阿佐ヶ谷北氏らと合流して喫茶店を梯子。 部屋を片付けねばならないひたひたと別れてジャズバーへ行き朝まで。 色々有ってはじめは険悪だったのだけれど、まぁ何とかなった。
明け方、冷房がいきなり強くなり「あぁこりゃ帰れって事だな」と判断して店を出た。
博多天神でラーメンでも手繰ろうと思っていたのだけれど、前まで来たら丁度看板。 仕方なく向かいの別な店で食ったがあまり旨くは無かった。 家に帰るとカボさんから荷物が届いていた。 貸していた本とカボさんの新しい詩集。 紙にインクで刷ったものは矢張り良いなぁ・・・と、つくづく思った。 ブラウン管に映し出される視覚的に訴えてくる物もそれはそれで良いのだけれど、やはり私は紙に印刷されている物の方がしっくり来る。 詩の一篇々々に重みがあるので、少しづつ読むことにした。



「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
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