東京女子医大病院へ、湿布を取り、触診そしてエコー。 予想通り血腫も無く、「浮腫」ということであった。 腫れが酷く、
「経過を見る為に二三日入院してください」
といわれ、部屋が空く迄処置室で寝ていた。 一時過ぎに空いた病室へ移動。 6階の南向きの非常に眺めの良い部屋。 用意されていた昼飯は、
白い御飯
豆腐とわかめのすまし汁
切り干し大根と人参ととり肉の酢の物
赤魚の煮付け
大根おろし
野沢菜
コーヒーババロア
ほうじ茶
左手で箸を使い、気合いで全部喰った。
ジャーマンドッグ
豆パン
を喰って、暫く寝た。 手を吊っておいた方が良いとのことで点滴台に吊られて、本格的にけが人らしくなって来た。
晩飯が6時過ぎにやって来た。
白い御飯
ビシソワーズ
とり肉のハンバーグ
えびとチンゲンサイのスープ煮
ブロッコリーのお浸し
左手で箸を使って喰うのは矢鱈時間がかかってイライラするがまぁ仕方が無い。 本を読もうと思ったが、左手でページを繰るのは思いのほか大変で、イライラしてすぐに止めた。
終わろうとしていた四時五十五分、洗浄中の機械に右手を巻き込まれた。 普通は肩口まて喰われて、ようやく止まるそうなのだが、奇跡的に手首の手前で止まった。
レスキューが機械をぶった切って救急車で病院へ行く頃には小一時間経過していて、手はパンパンに腫上がっていたが、幸い骨折も外傷も無く、患部の洗浄・消毒をして、レントゲン撮影、リバー湿布をしただけで
「明日、もう一度外来に来て下さい」
と、言う事で帰った。
私の家の電話番号が控えていなかったらしく、鞄と財布の中身を根こそぎ社長に見られた。 その日の鞄の中身は、カメラ2台とレンズ一本、レンズフード2個、現像屋から上がって来た写真、下書きノート等で、仕事に関係の有る物は弁当箱しかなく、財布の中には怪しい名刺がごちゃまんと入っており、非常に気まずかった。
下書きノートは私しか読めない様な文字が連なっているので多分ほとんど読めなかった思うが、「日光・鬼怒川」の下書きはほぼ会社の悪口なので冷や汗物だった。
家に帰ってとっとと寝た。
無事出たので中野へ。 Pへ行くと新品同様と言っても良い位の、程度の良いOM−1Nが出ていて、値段を聞いたら
「うーん、線路の向こうだとゴニョゴニョだけど2で割ってもウゴウゴだから、ウーン・・・ホニャララでいいや」
という訳でそのOM−1Nは六条が本当に買うかどうか確認してないのに、何故かここに有る。
買わないなら、まぁ、ね、へへへ、ざまぁみやがれ。
何とか五時半で切り上げた私は、一目散に家に帰り、荷造りをし、連絡をとったりなんだりをしているうちに七時半を回ってしまって、慌てて家を出て、タクシーを捕まえて上野へ。 新幹線と在来線を乗り継いで喜多方の友人宅へ。
飯を喰って翌日の予定を確認してとっと寝た。
仙台でやる写真展の為に、ひと月も前から申請してあった休みが没になった。 ひと月の間残業したり昼休みを削ったりして納期を前倒ししてきたのに、その分仕事を詰め込んだようだ。 にこにこしながら「金曜日はだめだねえ、土曜日に早上がりすることは可能だけど・・・」って、そんなことで済むならはなっから休みなんざ申請しやしねえってことが判らないらしい。
今後は仕事以外で会社の為に時間を使うのは止める事にした。 社員旅行には行かない、忘年会・新年会では酒を呑まずに中座する、必要以上に残業しない、納涼なんたらもトゥインクルレースも何もかもやめる。
人間関係がどうなろうと知ったこっちゃぁない。 正当な手続きを踏んでも休めないのなら、会社とは労働力を提供して賃金を貰うだけの関係に単純化して、それ以外の部分を切り捨てて自分の為に使える時間を確保するしかない。
許せないのはこの予定が以前から決まっていたにも関わらず、私が今週に入って確認しに行く迄黙っていた事だ。 面倒臭いことは判断を停止してなあなあで済まそうとする姑息さが厭だ。
とりあえず、金曜日に休みを貰えない事だけははっきりした。 明日、土曜日に休めるかどうかが決まる。
「本」に小説(戦後篇)を追加
Marcus Aurelius 「自省録」より
開催が今週末に迫っているのに未だに休みがとれるのかどうか確定していない。 一月前から言ってあるのだけれど、休ませる気が有るのかどうなのかはっきりしない。 これで休めないとなると会社とのつき合い方を考え直さねばならない。
非常に気分も機嫌も天気も世の中も腹具合すらもわるい。 今日は馬鹿馬鹿しくなって夕方からふて寝をしていた。
Friedrich Nietzsche 「ツァラトゥストラはこう言った」より
写真を焼いていた。 一本のネガから五枚も当たりカットがあって吃驚した。
そのあと中野のPに引き伸し機を取りに行く。 これは友達に頼まれていた分で、フジのSS690と言う
6×9迄焼ける奴で、これにELニッコールの50mm/f2.8と105mm/f5.6とラッキーの引き伸ばし用露出計とネガキャリア三枚、そしてパピトールとミクロファインとフジフィックスが付いて壱福沢也。
安すぎ。
眠い、寝る。
自分しか食べられないように奇矯な味付けの料理を作っても、家族に喰われてしまう事が多い。 この間もセロリとキュウリとトマトのレモン風味炒めってのを夜のうちに作っておいて、朝食べようと思ったら親父に全部喰われていた。 慣れてきたのだろうか。
Arthur Schopenhauer 「自殺について」より
良く行っているホームページがあって、そこはうちと同じくジオシティなのだけれど、うちと決定的に違う所がある。
うちは広告があると気が散るので、トップページ以外は広告の表示をオフにしてあるのだけれど、そこはすべてのページに広告が表示されているのだ。 それでも中身が濃くて見た目のインパクトも強いので広告があってもぜんせん気にならない。 しかも更新の頻度も更新の中身の質も高い。 偉いです。
・・・と珍しくひとを誉めてみた(笑)。
「裏」に「日光・鬼怒川」を追加。
友達に拉致されて名古屋に連れていかれ、味噌煮込みうどんを喰って帰ってきた。
うどんを喰っただけでかえってきた。
表から行ける裏ページを作り、北京をアップ。 そんなこんなで未だ途中ですがとりあへず。
昼間、仕事中に背中から鳩尾にかけて刺し貫かれる様な激痛が走って、暫く息が出来なかった。
昨晩は、地下鉄の駅のホームから突き落とされる夢を見た。
理由はなんとなく判る様な、判らない様な。 まぁ、多分そう言う事なのだろう。
なんでいつもこうなのだろう、とも、どうせだめなんだろうなぁ、とも思える。
気分がどんよりしてきて、仕事場の螢光燈すら、心なしか暗くなったように思える。
何かに追い掛けられている夢を見ている時は、いつも必ず長靴を履いている様に、
こう言う漠然とした物事を説明しようとしても、いつもどうにも上手くいかない。
書かないと決めている事もあるし、使わないことにしている単語や表現もある。
まぁ、とりあへずは、自虐的に煮詰まっておこう。
爪を噛む癖があるのを思い出した。 気がついたら爪を噛んでいた。
なんとか「文庫・新書」に写真を追加。 今日はもう寝る。
太宰治 「悶悶日記」より
読み直す。 先に何が来るのか判っている分、落ち着いて読む事ができるので、きりの良い所で切って、ちびちび読むことにした。 この本について澁澤が何か書いていたのを思い出して、いろいろとひっくり返してみたが、何に出ていたのか良く判らなかった。
会社からの帰り道に有る最近出来た空き地で、生え始めたセイタカアワダチソウに混じってさらに頭一つ分高い草を発見。 もしや、と思って近付くと、やはりアレであった。 伊勢神宮のお札と同じ名前の、繊維原料と成る、ぎざぎざの葉っぱの、むしり取って持っているだけで手が後ろに回る、あのアレであった。
大学の時によく写真を撮りに行っていた崩壊した橋の辺りに生えていた野生種とは葉の形が違っていたので、たぶん小鳥の餌から発芽したものであろう。 しばらく観察を続けるつもり。
筒井康隆 「乱調文学大辞典」より
「青い花」を読み終えた。 これはとても一回読んで理解出来得る代物では無い、これは凄い。
「ツァラトゥストラ」もそうだったが、この本も使える表現に満ちていて、しかも言葉を抜き出そうとすると忽ち陳腐になってしまって、どうにも書きようがない。 困った、が、はまった。
呑まなきゃやってられない気分であったりするが、酒を呑んでしまうと何も出来なくなってしまうので、ハーシーのミルクチョコレートを喰っている。 旨い。
昨日から暇な時間にニーチェを読んでいるがやはり面白い、かさぶたをべりっとやられたり、傷口に塩を擦り込まれる様な所も多く、痛くて重いが、やはり面白い。
実は最近ニーチェを読んでも今一つピンと来なくて途中で止めていたのだけれど、それは自分に都合の良い文言を探しながら読んでいたからであったようで、素直に文字を追って行きさえすればのって読んでいく事ができるようだ。
のって読んでいると、自然に凄い言い回しにぶち当たるようで、今日はフランスパンを棒のまま齧りつつグレープフルーツジュースで流し込むと言う情けない二百四十二円の昼飯の最中に
「いつのことか、わたしは屍色をしたたそがれのなかを、陰気に歩いていた・・・」
なんてところを読んでしまって、思わず泣きそうになってしまったりした。
更に困るのが、電車の中で読みながら寝てしまうと悪夢に直結してしまうことだ。 特に夢うつつで現実と夢の境目がはっきりしない時にはその傾向が強く、
ふと目がさめると車内の人間がみな悪意を持ってこちらをみてるようなきがしたりして一寸びっくりした。
しかしこれではキチガイ野郎だ、明日から気を付けようと思っている。
Friedrich Nietzsche 「ツァラトゥストラはこう言った」より
キムラさん
写真展に出す作品を仕上げなければならないのだが、一向に進まない。 家に帰ってパソコンを立ち上げてしまうともう何もする気がしなくなり、気がつくと二時をまわっている悪循環がくり返されている。 撮影はしているので焼く物は幾らでも有るのだが、引き伸ばし機を稼動させるには全面的に部屋を片付けねばならないのだ。 土曜日はベッドの上から物をどかして布団を干しただけで厭になって止めてしまい、日曜日も本棚の整理をしただけで終わってしまった。 何だか馬鹿馬鹿しい、もうだめだ、明日から眼張ろう。
ニコロ・マキアヴェッリ 「政略論」より
Friedrich Nietzsche 「ツァラトゥストラはこう言った」より
しがらみから「まぁ買ってやってくれや」と言われて、椎名林檎なる歌手のCDを買った。 まずジャケットとブックレットの写真で奴が手にしているカメラからして巫戯けていて、ニコンF2+モードラ、ニコンF3P、キャノン旧F-1、ジャケット写真の中に写っているカメラはAFのプラスチックカメラ4台はどうでもいいいとして、ペンタックスSPが2台、SVが1台、ミノルタSRT−101Tが一台。 しかもニコンは私物らしい(これだけでも既にただ者ではない、FとF2とF3を持っているとのこと)。
で、ブックレットは緑がかったクリーム色・・・というかモノクロフィルムのベース面の色(ネオパンSSっぽい)で、歌詞は縦書き。 「そうそう日本語は縦書きで無くては」とニヤニヤしながらめくっていくと、写真の代わりにピールアパート式ポラロイドの剥がした方の紙ポジが使ってあったり、なかな凝った悪戯がしてある。
中身はと言うと、コレがまた凄くて、声量は半端では無いし、音域も広いし、基本的には巻舌で、そこにファルセットが絡み、ウィスパ−隠し味が入り、エフェクターにマイクを繋げば声でライトハンドやらハーモニクスやら速弾きをやらかし、「ヘルタースケルター」風味のオチをつてみたり、緩急強弱の付け方が絶妙で、歌詞もちゃんとした日本語で、楽器も生の物が中心で音も適度に厚く、作詞も作曲もすべててめぇでやっているし、・・・なんだか上手く説明出来ないが結論から言うと「はまった」、久しぶりに重いものを買ってしまった訳だがなんだか一日中聴きっぱなしであり、今もヘッドホンの中で鳴っている。 多分寝る迄聴きっぱなしだろう、明日もそうだろう。
ここのところ重いものを聴かなかったかと言うと、日本語が日本語として聞き取れると文法上の間違いが異様に気になって腹が立ってきたり、歌詞を咀嚼する方に脳味噌を喰われてしまって他の事に手がつかなかったり、疲れている時にそう言う物を聴くと矢鱈と涙腺が弱くなって電車やバスの中で感情の処理に困ってしまったり、兎に角疲れるからであったのだが、そんなことおかまいなしに完全に中毒症状を起こしていて聴いていないと落ち着かなくなっている、かなりヤバい。
なんだかこの人はカラオケではレベッカをやったりして、それもまた凄いらしいのであるが、久しぶりに生で聴きたい気分に成っている。
Karl von Clausewitz 「戦争論」より
起きたら雨がやんでいたので、神田祭に行った。 浅草の三社祭りと日程が重なっていたのだけれど、よりお祭りらしい神田明神を撰んだ。 兎に角細かい町内会ごとの神輿や山車が沢山出ていて、そこに更に魚河岸だのやっちゃ場(青果市場)だのの大神輿が混じっていて壮観だった。
ゲンナリして帰ってきた所に友達から電話が入り、外に晩飯を喰いに行った。 「何か面白い店は無いのか?」
と聞かれたので、隠し玉の「ハルビン料理」という名前からして怪しい店に行った。 とりあへず「ニラ水餃子」と「豚足のあったかいやつ」と「豚耳」を頼んだら、突き出しで「ザーサイと豚肉炒め」と「線キャベツをごま油と塩とニンニクで和えたもの」が出てきたのだがこれがまた謎に旨い。 それらを平らげたあとに「春巻き」と「トマトと玉子炒め」を友達が頼んだら、「春雨と豚肉の炒め煮」と「キュウリと玉子炒め」が出てきた。 何がどうなってこうなったのかは良くわからないかこれらもまた謎に旨かった。
コレに御飯二杯、ビール中ジョッキ四つで締めて五千円也。 やはり胡散臭い店は楽しい。
宮武外骨「スコブルとは如何」より
時間が無いので無理矢理撮影に入った。 前日は半袖でも汗ばむ様な陽気だったのに矢鱈と寒く、セーターと革ジャンで完全装備する羽目になった。
主役の男は右腰を包丁で刺されていることになっていたが、血だら真っ赤にするには血糊の量が足りなくなったため仲間うちの謎の男が血糊を造った。
普通は・・と言うか本物は豚の血に色々な物をまぜて造るのだが、そんな物は売っていないので、その色々な物だけで造ることになった。 材料は水、障子貼り用の糊、シャチハタの赤インク、トマトピューレ、食紅。 トマトピューレは種を、糊はダマを取るために茶漉しで漉しながら水で延ばして色調と粘度を調整していた。 これをペットボトルの頭をぶった切った奴の中でぐゅぐちゅまぜて、手をぐーぱーぐーぱーするとなかなかリアルなねちょねちょ加減になっていて面白かった。
裏方の気合いが乗ってくると、役者の演技にも気合いが入って目に見えて良くなってきて、この日撮ったのはラストシーンだけだったのだが、ここだけは別物の様な素晴らしい出来になった。
結局撮影は5時半迄かかり、家に帰り着いたのは夜中の一時半過ぎであった。 そして一日雨の中でつっ立っていた私は見事に風邪を引き、今も咳が止まらない。
角田浜で友人が映画を撮っているので手伝いに行った。 私はスチル撮影とカメラアシスタントをやらされた。が暇だった。
この友人「ヤマモトスタジオ」主宰、山本佳宏監督(仮名 28歳)は「和製エド・ウット」とでも言うべき凄い作風の映画・・・の様な物を自費で撮っている奇特な男であり、今回撮影した作品「不協和音」は十一月に長野県駒ヶ根市で公開される予定。 これ迄の作品はビデオにダビングされているのでご覧になりたい方は私にメールを出して頂けば奴に連絡がつきます(あまりお勧めはしませんが・・・)。
呑みになったが、主演女優のおねぇちゃんが誰彼かまわず「好きな女優は誰ですか」と聞き始めた。 主演男優は普通の人なので「そうだなぁー、・・・松嶋菜々子とか」なんて言っていた、私にも聞いてきやがったので「んっ?俺?・・・北林谷栄」と言ってみたが「だれですか?AVですか?」と聞かれてしまった。
ラーメンを喰って、午後から野沢駅へ。 点検のため構内で停車している所を撮影した。 ここでもバカはてんこ盛りで、線路内に入るわ、汽車に触るわと大変な騒ぎ。 二眼レフのファインダーを覗いていると視界が真っ暗に成ったので、驚いて顔を上げるとAF一眼をもった鉄ちゃんが、私の写線を切って前を塞いでいる。 素人の家族連れとか近所のおじちゃん・おばちゃんなら仕方ないが、鉄の癖にマナーのかけらも無い。 こう言うクズ共が居ない時にまた来ようと思った。
この日の使用カメラはライカD-III+ジュピター3 35mm/f2.8、ライツ・エルマー 35mm/f3.5、ローライコードI型ツァイス・トリオター75mm/f3.8、ペトリFT1000+ペトリ55mm/f1.8。
フィルムは35ミリはコニカパン100、ブローニーはアグファパンAPX400。
新潟に移動して友達の家で呑んだ。 呑み始めて早々に、空手家と謎の武術家の乱取りが始まったと思ったら綺麗に一発入って空手家は「旗本退屈男」に成った。 当てた方も当たった方もカタギでは無かったので額が割れるだけで済んだが、危うく白い液体と赤い液体と肌色の豆腐状の物を掃除する羽目になる所だった。 くわばらくわばら。
少し西に行った所に有る鉄橋で、C57-180を撮った・・・わかりにくいかな。 磐越西線の新津-会津若松間を走る蒸気機関車を撮りに行った。 私達が着いた頃には既に何人かが三脚をおっ立てて線路際に陣取っていたのだが、そのマナーの悪さと言ったらもう酷い物で、或る物は路盤の砂利にはみださんばかりにせり出し、また在る者は信号機の梯子段にカメラバッグを置き、ゴミくたは散らかすは、吸い殻は草むらに捨てるわ、滅茶苦茶であった。 しかも「このへんで蒸気吹いてくれないかなぁ」などとタワケタことを言っている。 全身火傷して死ぬぞ。 漸く列車が近付いてきたら、なんだか自棄に汽笛を鳴らしている、これは線路際にバカがとぐろを巻いてるために鳴らしているのだと思うが、鳴らされた当人はへらへら喜んでいる、世も末だ。 思ったより汽車が速かった為、置きピンで一齣撮ってお仕舞い。
この日の使用カメラは、ペトリFT1000+カールツァイス・フレクトゴン35mm/f2.4。
フィルムはコニカパン100。