メグリアイが出ることしか知らないロックバンドとの対バンらしいイベントへ。
屋根裏が引っ越したビルの地下のさらに下と言う立地。狭いハコだが、フロアの隅にベンチがあるのは有り難い。
ライブハウスらしくフロア全面喫煙可なので、服から持ち物から煙草臭くなってしまったのが難と言えば難。
ステージ前にはスクリーンが下げられているが、バンドセットが見える。
重低音がしっかり出る音響で、これが吉と出たり凶と出たりしていた。
Cover's Doll
カバー曲だけを演ることは否定しないが、ガイドメロディー付きのカラオケ音源は興醒め。
JASRAC に絡まれると大変なのでセットリストは書かない。
後半は渋く盛り上がる選曲。
佐藤兄弟
4人編成。
ベース、ギター、ドラム、ボーカルがエレアコとブルースハープも担当。
冗談めかして本当の兄弟だと言っていたが、本当に本当らしく何となく似通った顔立ちをしていた。
最前列は入れ替わって女性客に。 アイドル方面の客と違って見られて恥ずかしくない服装、そして喫煙率が高い。
延々首を横に振り続けるノリ方は初めて見た。
曲は割と好みでそれぞれ巧い。 アイドルと対バンと言う事で最後に「ヴィーナス」。
ギターがキーボードパートまでやる大奮闘の巻。 このあたりも面白かった。
メグリアイ
客筋はガラリ入れ替わってむくつけき男たちがズラリ。
浅原桃子はストレート、岡崎みさとはポニーテール、北山愛織は小さめのお団子二つ、山田渚はロングボブ、山中香穂は巻いたツーテール(これが良かった)。
山田渚は今日も山葵の利いたピリッとした動き。 これが有ると岡崎みさとの優雅な動きがより引き立つ。
前述の通り笑っちゃう位の重低音でモニタースピーカーからの返りが悪いらしく、少々歌い難そうではあったが大過なく。
メグリアイは八人居るメンバーの中から何人かが出てくるのだけれど、このシステムでは練度上がりにくい爲、狭いステージだとぶつかりそうになった際に見切って体をかわせない。
多少ぶつかってしまっても仕方が無いと私は思うのだけれど、躊躇して停まってしまう(そして表情に怯えの色が出たり、素に戻ってしまったりもする)のは少々いただけない。
もう一つ気になるのは、生きているマイクが3本だけなのは仕方ないとしても、それ以外があからさまなダミーマイクであること。
繋がっていないワイヤードマイクは哀しい。
「乙女桜」の岡崎みさとは、今日も金の取れるジャンプ。 実際の滞空時間以上に長く感じられるのは、それだけ目を惹いているからだと思われる。
山田渚は首でリズムを取ることがあるのだけれど、何時か何処かで見たような・・・と思ったものの正体は、川本喜八郎の人形劇『三国志』であった。
トックリポックリ
メグリアイの出番が終わって、殆どの客は物販に行ったまま戻って来なかったのであるが、最後に出たこのバンドが実に面白かった。
こう言う拾い物があるから対バンイベントは面白い訳で、途中から入って来て目当てだけ見て帰ってしまうってのも実に勿体無い。
烏天狗みたいなお面をつけてフード付きのコートを着たベースとバタヤン持ちで白塗りのギターとドラム(これは普通の風体)の掛け合いセッションで始まり、暫くしてフランケンシュタインみたいな大男と民間人風の好青年が登場。 これがツインボーカルなのであるが、歌うより叫んでいる時間の方が長い。 で、叫ぶだけかと思ったら歌も聴かせる。
ギターもベースも打楽器的に激しく弾く事も出来るし、繊細な音も出せる。
こう言う呆れるくらい巧い連中が厭味無くやるバカってのは実に楽しい。
ジャンルとしてどう括られているのかよく分からないが、まぁ兎に角面白いものを見せてもらった。
売れる売れないは度外視して好きな事をやっているようにも見えつつ、主催イベントの告知では女房子供が出来たドラマーを「送る」と言う表現を使っていたり、世知辛さも垣間見せてはいたが、実にどうかしていて楽しい一と時であった
殺伐としたライブでしか見ることの出来にくい種類のバンドを平和裏に見られる幸福。
よく見掛けるアイドル客が最初から最後まで撮っていたが、撮影可かどうか確認してこなかったので、私は会場雑感を押さえるに留めた。
客層がまったくと言って良いほど被らず、相互乗り入れも無さそうだったのは残念だったか、尻上がりに面白い良イベントであった。
昨年は公私共にいろいろ有りすぎて、余計なことをしている気分的(そして金銭的)余裕の無い年だった。
また、ツイッターやフェイスブックのような、時間の経過と共に書いた物が流れ去ってしまう物に書いて、殴り書きを書きっぱなしにして文章として纏めなかった結果、何をし何を考えていたのか、思考と行動を記録出来ていないまま過ぎてしまった一年。
仕事に関しては一と息つけそうな雲行きなので、公私の切り替えをきっちりして、余計なことをする時間的精神的ゆとりを持ちたい。
明治通りと渋谷川の間、渋谷と恵比寿の丁度中間にある Tokyoarts gallery で開かれている写真展。
松田忠雄撮影による杉原杏璃の最新写真集「vole de kyaa」に連動したもので、その中で使われた物やアザーカットで構成されている。(※2/21 訂正、全てアザーカットとのこと)
圧巻は300×147cmの巨大プリント三枚。
400×600cmのものも十分大きいのだけれど、この大判の前には霞んでしまう。
流石にざらついた感じはあるが、合焦位置と深度は適切。 薄目のピントで視点を誘導。
かなり横長のプリントなのだけれど、離れて見てみると視野一杯に収まり、寄って見てみると細部を確認出来る。
展示はこの他に2Lのプリントを壁一面に張り付けたもの。 こちらは残念ながら午後に行われるギャラリートークと撮影会終了後の公開ということでトレーシングペーパーが被っていて全体は見ることが出来なかったが、ちらりと見える部分の何枚かは面白かった。
これを含めて全ての写真は正札付き。 中でも2Lのものは一枚1050円。 昨今のアイドル現場で売られているヤッツケ仕事の生写真なるものが法外な値段で売られている事を考えれば、これは破格。
80年代を引き擦った旧態依然の詰まらない構成の写真集を接触営業で纏め買いさせて捌くような商売が未だに罷り通っているが、それで写真集というジャンルも衰退するばかり。
この写真展は販促イベントとしても面白い物になっていると思う。
追記
気になったのでメグリアイのインストアが終わってから再訪。
(会期中は毎日八時まで開けているとのこと。)
昼間見られなかった入って右側の壁面には2L判のカラープリントが一面に貼られており、気に入った物があったら剥がして購入出来る。(減った分は貼り足して行くとギャラリーの人は言っていた。
午後にギャラリートークと撮影会があったので、既に半分くらい無くなっていたが、それでもかなり見応えはある。
全体的に絞りを開けて撮ったピントの薄いカットが多いのだけれど、タクシーの車内などで寄って撮っている物が特に面白く、私も財政事情が厳しい中一枚購入。
金があったらそれこそ根こそぎ買いたい。
何で撮ったのだろうかと考えながら見ていたが、明るい単焦点の広角レンズであろう事までは分かったものの、カメラに関しては皆目見当がつかない。
ふと撮影者近影のようなものを見るとブラックボディのライカを構えていて漸く腑に落ちる。
職業写真家が2012年にライカを構えていると言うことは、伊達や酔狂で無い限りM9で間違いない。
M9だと悟ってから改めて全体を見ていると、写真そのものよりM9が欲しくなってきてしまい、慌てて邪念を振り払う。
カメラを買ったからと言って写真が上手くなるわけではないが、そんな錯覚すらさせるくらい引き込む力のある写真が揃っていた。
コラム置き場に
はてなブログへの移行を中止するの記
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わりかし評判の良い「はてなブログ」であったが、看過し得ない落とし穴があった。
定期的に検索があるので、これまでの宮坂浩見関連のグラビア評を纏めておく。
週刊ヤングジャンプ 2011 51号(フレンチ・キス)
週刊ヤングジャンプ 2012 03号(岡本玲)
週刊ヤングジャンプ 2012 31号(岡本玲)
週刊ヤングジャンプ 2012 34号(フレンチ・キス)
全て惨憺たる出来。
西麻布の交差点から少し南青山寄りの路地裏にあるギャラリー イー・エムで開かれていた写真展を見てきた。
ヴィム・ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』(Der Himmel über Berlin)から着想したと言う、モノクロのみの、小品を中心とした展示で、全紙が何点かある他は全てキャビネ。 それを何枚か組み合わせたり、一点で飾ったり。
冬のベルリンの曇天、小さい画面、覗き絵の小宇宙。
兎に角、プリントが美しい。 デジタルからのモノクロームプリントでここまでのものが出来るようになっていたとは。
そしてライティングが良い。 ほの暗い室内に、暖色系の照明を眩しく無い角度で。
黒から灰色にかけての色調が豊富で、長く見ていても飽きない。 見れば見るほど、一枚のプリントの中に発見がある。
単焦点のレンズを開けて撮ったカットが多い。 寄って撮ったものはアウトフォーカスも美しく。
教会の長椅子を撮ったものが心に残った。
キャビネなら額装込みでも頑張れば買える値段がついており、大いに悩む。
売る気満々の画廊などでは興が削がれるが、こうしてさりげなく価格を明示してくれるのは有り難い。
コラム置き場に
批評と審査 (私の規範について)
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アイドル楽曲大賞批判に深入りしすぎたので、自戒の意味も込めて改めて私の規範について記してみた。
コラム置き場に「アイドル楽曲大賞」絡みの雑文
別箇に進んで別箇に撃て ~俺アワードのすゝめ~
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ハロプロ客にこっち方面に食指を伸ばすゆとりがある事に、寺田は危機感を持つべき。
気の進まないNゼロにメグリアイ出演と言う事で、足取り重く池袋へ。
会場の"イーストステージ・いけぶくろ"は、豊島区役所と公会堂の裏手に有る、区民センターの6階にあるホール。開場する頃合を見計らって行ってみると、Nゼロ客とは別にメグリアイの客を誘導、ゲスト枠と言う事なのか先に入れていた。
メグリアイ客の皆さんは前の方に行く中、修羅場を避けて着席。
「見たい奴は前、騒ぎたい奴は両脇か後ろ」と言うのがルールとして明文化されているのは良い。
鞄の中からマ・クベ専用モビルスーツの武器みたいな長尺ものの光り物とか、カリオストロ伯爵の部下のジョドーの鈎爪みたいな光り物を出して動作確認する客に先ず驚く。 この人は装備が大袈裟な割に回りに気を配る最低限の常識を身につけていて、それにも驚いた。
この日最大にして最悪の迷惑野郎は 朝日新聞 の記者章を付けた若造。
曲がりなりにも有料入場のライブの最中にストロボ焚きまくって写真を撮り続けるってのも非常識であるし、明らかに「奇態な振る舞いをする客」を選って撮っている。(ストロボを焚いて客の後ろからステージを撮ると言う事は、客を含めて撮っていると言う事である。) 写真の上がりを見なくても、撮り方から特定の客を戯画化して貶めて晒し者にしようとしているのはありありと判る。
どんなデッチアゲ記事を書くんだか知らないが、最後の一人までが全体ではあるが、一人を論って全体であるかのように見せるのは報道機関として如何なものかと思う。
そしてこの 朝日新聞 の記者章を付けた馬鹿、チョコマカとよく動く。 ロビーに出たり、また入ってきたり、前に行ったり後ろに戻ったり、実に忙しなく私の視界を遮ったり横切ったり。
報道して頂く立場からか、無作法客の移動には釘を挿すスタッフも、この無作法記者には何も言わない。
"朝日らしい" と言えばまぁその通りなのであるが、実に不愉快であった。
次に不愉快だったのがスタッフの技量不足。
何度も使っている筈の会場なのに場当たりも出来ていない、音響も雑、照明は下っ手糞。
舞台上で前に出過ぎると当然照明は当たらない訳であるが、どの辺りまで使えるのか調べていないし、当然バミってもいないから歌ってる最中に当たり前のように前に出てくる。 歌っているのが一人ならスポットで追うって手も無い事ぁ無いが、何人も纏めて前に出てきたら何も当たらない状態になる。 当然真ッ暗。
まぁ、金の取れる仕事ではない。
音響はハウリングこそしないものの、オケとマイクの音量のバランスがスコブル悪い。
メグリアイの一曲目なんざほぼ口パク状態。 徐々に補正はしていたが、リハーサルで確認くらいしないのだろうか。
三つ目の不愉快は学級崩壊みたような客の振る舞い。 前の方に居っぱなしの客も、最後列で騒ぎっぱなしの客も、無作法は無作法としても舞台の上で行われていることを蔑ろにはしていない。
ところがそれ以外の第三勢力が居て、この手合いは前に行ったり後ろに行ったり、ロビーに出たり入ったり、目当てのNゼロが舞台の上に居ても、見るでもなく踊るでもなく、舞台に背を向けて車座になって雑談。
今日のNゼロでも痛感したのは、学級崩壊系の客の振る舞いの元凶は「ゆとり教育」などではなく、家庭での躾けにあると言う事。やって良いことと悪いことの区別が付かず、人さまに迷惑を掛けてはいけない事を知らない、自己客観視が出来ない。全ては親の親くらいからの躾けに起因した、数十年スパンでの歪み。
割った話が、馬鹿なのではなくて「常識が無い」。 人様に迷惑を掛けてはいけないという基本的なことを知らない。 判らないんじゃなくて「知らない」
あんまり酷いのにはスタッフが釘を挿していたが、釘を挿された当人は当惑の体。 何が悪いのかまるで判っていないようであった。
イベントそのものは先ずNゼロのライブを30分程、ゲストのメグリアイを呼び込んで"試練の十番勝負"なるものをやり、物販と交流会(接客営業)と言う流れ。
Nゼロのライブは前述の通り照明も音響も素人から毛を抜いたような惨状だったが、歌ったり踊ったりは及第点。 「運営の是非はともかく楽曲は良い」と聞いていたが、オケが薄っぺらで曲そのものも耳に引っ掛からなかった。
琴線には触れないものの不愉快なほど低劣でもなく、振り付けと歌はしっかりしていたので、ライブそのものは楽しく観覧。
"試練の十番勝負"は6対6の尻相撲と4曲ずつの歌対決。 尻相撲は骨格的に重心の低いメンバーの多いNゼロが圧勝。 歌対決は客の投票で決まるのだけれど、総入場者に占めるメグリアイ客の割合が低いので、出来の如何に関わらず負けは見えていて(こういう場合、客観的な判断で投票する客は先ずいないと考えて良い)、結果を見ずに会場を後にしたのでどうなったかは判らない。
メグリアイをちゃんとした舞台で見るのは実のところ初めて。
これまで見てきた蜜柑箱とは比べ物にならぬ広さの舞台の上で伸び伸びと歌い踊るメグリアイは実に見応えがあった。
今日の出演は岡崎みさと、山田渚、坂本樹莉、柳真倫、山中香穂、浅原桃子の6人。 歌対決では前半に浅原、後半に山中が出演。
華やかな岡崎とキレのある山田の間で坂本が可愛らしく歌い踊る。 前に見た時より格段の進歩を見せており、振り付けの解釈に擦り合わせが行われてより揃ったものになっていた。
客が前の方に固まっていたので仕方の無い事ではあるが、目配りが客席前方に集中していたのは宜しくない。 入りがどうでも大きなハコでは大きなハコなりの振る舞いをする癖を付けた方が良い。 気になったのはそれくらいで、予想以上に良い出来だった。
最後に安原サニー芽生と山田渚で「禁じられた二人」。
山田が大島パートで、安原が河西パート。
無加工のカラオケ音源だったのは残念だったが、山田渚が大島優子の狂気の幾許かは体現できていたのを見る事が出来たのは収穫だった。
イベント総体では不愉快事も多かったが、ことメグリアイのライブに関しては満足出来た。
それ以上の不愉快を避ける為、物販の喧騒を横目に退出。
今は亡き立川談大さんを偲ぶ落語会。 早いものでもう三回忌。
開場時間に広小路亭に着くと、既に何人か。
開演する頃には椅子席はほぼ一杯の入りに。
「子ほめ」寸志
「平林」志獅丸
「ろくろっ首」吉幸
「だくだく」龍志
<中入り>
「うなぎ屋」錦魚
「らくだ」キウイ
それぞれが談大さんのよく演っていた根多、一緒に稽古に行った根多、教えた根多、etc... 由縁のある噺を。
2年前からすると、皆変わった。 巧くなったり、面白くなったり、味わい深くなったり。
「生きていたらどうだっただろう?」と考えてみるも、最後の一年となってしまった年の頭から自分の会を始めて、物凄い勢いで変わりつつある中での死だったので想像もつかない。
志獅丸さんは安定して面白く、吉幸さんは明るく楽しく賑やかに。 ワッと沸いた「ろくろっ首」のサゲのあとに淡々と始めて何時の間にか自分の空気にしてしまう龍志師匠。 錦魚さんが軽く演った後にキウイさんが文字通りの長講一席。
この日のキウイさんのみっちり加減は尋常ではなく、家元を絡めた入れ事も、いつもの大脱線も、自虐根多も無しにして屑屋と半次の遣り取り(・・・と言うか一と騒動終えてからの屑屋の独白)に力点を置いて噺を膨らませていた。
それはキウイさんの持ち味である「楽しさ」を殺すことにもなっていたし、退屈なところもあったのだけれど、マクラで「三度破門になって三度戻ったのは僕と談大だけ」と語っていたような、家元と談大さんの繋がりであったり、キウイさんと談大さんの繋がりであったり、傍からは窺い知れぬ愛憎入り混じった複雑且つ濃密な関係性のキウイさんなりの解釈が籠められていたように思った。
面白いとか詰まらないとか、そういうのを超えたところの聴き応え。
顔付けとか、この会の意義とか、掛けられた根多とか、疑義を呈する向きも有り、それはそれで正しくはあるのだけれど、そのチグハグは「談志直弟子の会」の頃から続く伝統的チグハグであり、このチグハグ加減も懐かしかった。
故人と遺された者の関係は、年を経るごとにそれぞれの中で独自の熟成を遂げてしまい、共有しえない物になって行く。 それを大掴みに纏めて一つの落語会にしてくれたお陰で、食い違う部分は多々ありつつ、それぞれがそれぞれに偲ぶ会となった。
そもそも談大さんは存在そのものが一つの謎であったので、その解釈には幅があり、偲び方にも正解は無い・・・と、私は思う。
談大さんにとっての私は、嫌な客であったようでもあり、そうでなかったようでもあり、良い客だったのかどうかは今でも分からないし、この先も当然分からない。
しかし私にとっての談大さんは、巧いと言う意味に於いても、面白いと言う意味に於いても、最良の落語家の一人であった。
川崎駅前のショッピングモール、ラゾーナ川崎の5階にある「プラザソル」にて、ヒロセプロジェクト・第13回目公演『キミと星空に未来を描いた日』を観覧。 客席も舞台も、奥行きはあまり無いが幅は有る、思ったよりしっかりした劇場。
全席自由だったが、私が好んで座る舞台も客席も見渡せる席は例によって不人気で、あらかた埋まった中でもぽっかり空いていた。
裏にいる裏方はどうだか判らないが、場内整理や物販などに携わる、表に出る裏方は総じて若い。 場内を廻る物販や膝送りのお願いなどで押しが弱いところはあったが、仕事そのものはきちんとしていて悪く手馴れたところが無く、好感が持てた。
客層はキャストの父母や家族、この送り手の固定客と思しき筋、そして客演のジュニアアイドルやプレアイドルの客など種々雑多。 センターブロックの最前列と二列目は子供用になっていたが、その後ろにズラリ雁首を並べるアイドル方面と思われる出席確認強要系田舎大尽客。
この手合いが早くから並んで最前列に陣取る為に、後ろに座った子供が見えないと言う御意見が寄せられ、対策として子供席が作られた由。 良い対応だと思う。
山田渚の初舞台と言う事で観に行った訳だが、そのあたりを抜きにしても芝居として面白かった。
キャストはアイドルからミュージカル系子役から叩き上げの役者まで多岐に渡り、ダンスや演技のレベルもバラバラ。 出来る人は出来る人なりに、出来ない人は出来ない人なりに、それぞれの懊悩や苛立ちを抱えて稽古を続けて来たのではないかと終演後の挨拶からも窺い知れたが、それを上手く纏めて客前に出して来ている。
張られた伏線も丁寧に回収され、多少強引なところはあるが無理の無い展開と結末。
以前上演した芝居の世界を敷衍しつつ、身分で雁字搦めになった社会の改革を試みる下層階級出身者が絶望からクーデターを企図していくさまとそれを鎮める為に異世界から召喚された主人公の活躍を縦糸に、孤児院の子供たちを中心としたその世界の人々の人間模様を横糸に物語は進み、クーデターの芽は未然に摘み取られて一滴の血も流れず、誰も死なない(捕まらない)玉虫色の結末にはなっているが、社会の変革ではなく個々人の意識を強く高く持つことで未来を切り開こうと言うメッセージは、こんな世の中だからこそ胸を打つ。
劇中で使われる曲も凝っていて、孤児院の子供たちが歌い踊る曲はアコーディオン、祭りのクライマックスの群舞の曲はパイプオルガン、奏でる楽器で身分と階級を暗示。
山田渚は宮廷女官三姉妹の一人で、台詞もそれなりにある役。 上手いとまでは言えないが役には成れていたと言うか、役の人生を生きていた。
芝居が詰まらなかったら山田渚だけ見ていようと思ったのだけれど、思いの外芝居そのものが面白く、珍しく没入して観てしまったので山田渚に限って書くことはあまり無い。
それは芝居の中の役としてきちんと機能していたと言う事でも有り、実に上手く廻した芝居だった。
脚本、配役まで含めた演出、音楽、照明や音響。 裏方の仕事もしっかりしていて不快なところは一つも無い。
終演後に劇中曲で構成したライブ。
樂日と言う事でAチームBチーム取り混ぜて全員出演。 Aチームの岡崎みさとも見る事が出来た。
山田渚は上手側に行きっぱなしだったので碌すっぽ見えなかったが、下手側に来た岡崎みさとが凄かった。
バケツやモップ、雑巾などを持って歌い踊る曲があるのだけれど、岡崎みさとが振り回すとボロ雑巾もレースのハンケチの如くふわりひらりと翻る。
人を押しのけて前に出るような振る舞いはしないのだけれど、飲まれた人波の中でも目を惹く。
山田渚も同じように人波に飲まれがちなのであるが、こちらはくっきりした動きでそれと判る。
この二人の群衆の中での突出の仕方も面白かった。
乗換えと乗り継ぎで盛大に読み違えて12時丁度に現地着。 都電がのんびり走るものであることをすっかり忘れていた。 例によって10分遅れの開演とのことで一息つく。
坂本樹莉と山中香穂が店のまわりでチラシ配り。
デザインは良いが紙が厚すぎるのではないかと思っていたが、受け取った一般客がチラシがちゃんとしている事に驚き、ライブも見て行ったのでメジャー感を醸す手段として、これはこれで良いのかもしれない。
芝居の本番が迫っているからか、岡崎みさとはお休み。
荒天だった先週と較べて集客は少なめだったが、これは岡崎が休みであることに加えて、出演するイベントやライブが一日に4本あり、客の側も選択を迫られていることも影響しているのではないかと思う。
大衆の嗜好は、良くも悪くも「巨人・大鵬・玉子焼き」なので、柏戸が一人横綱の場所は興行として一寸厳しくはある。
岡崎パートとイベントの進行は柳真倫が担当。
柳真倫は、頑張っているのも緊張と重圧を笑顔の下に隠しているのも見て取れたが、声量と音程に難があり、矢張り岡崎不在の駒落ち感は否めず。 事故には到らなかったが衣装に乱れが合ったり、靴が違っていたりするのも痛々しくあった。 転がり込んだチャンスをものに出来れば色々変わってくるのであるが。
音域の合わない曲もある山田渚のマイク音量が大きめになっていて孤軍奮闘の趣。
メグリアイは物販や付随するアトラクションについては時間的にも質的にも良心的だと思うのだけれど、それはメンバーに魅力があってこそ集客に結びつくわけで、注力すべきところがずれているような歯痒さを感じたイベントであった。
岡崎みさとが横に居ると目立たないのであるが、居ないと山田渚の動きの質が明らかに周りより高い事に気付かされる。
止め撥ね払いがしっかりしていて流れない。
バニラビーンズとしては初めての噴水広場でのイベントと言う事で、早めに現場へ行ってリハーサルから観覧。
用意されたスタンドマイクの置かれた間隔が些か狭く、事務所スタッフが修正。 14:40頃に到着してリハーサル。 音の出や返りを確認した後、3階から観ているお客さんに「ここじゃツムジしか見えないですよね?」と確認しつつマイクを立てる位置を後ろにずらしていた。
定刻に開演し、高々と吹き上がる噴水とともに出囃子に乗って入場。 この場所でイベントが出来る喜びからか、終始絶やさぬ笑顔。
四階まで鈴なり・・・とまでは行かなかったが、足を止める人は多く、「知らないものを見てもしょうがない」と抜かして通り過ぎる生意気な餓鬼が居た(こういう自分の目と耳で判断しない奴は、経験則から言って将来碌なモノにならない)くらいで、反応も良く。
最後の曲が始まる頃には次のイベント目当ての民度の低いのが増え始めたので、終演後は早々に退散
何を勘違いしたのかマルイの入り口でやるものだとばかり思っていて、現場に着いて子供対象のイベントをやっているのに出くわしてから慌てて調べ直してパルコpart1へ。
ステージ前の観覧スペースは既にほぼ一杯、最後列に潜り込んで開演待ち。
舞台袖にはシンセドラムやらDJ卓やらが置いてあり、この規模の舞台だと袖にヤッツケで設えられるのが常のPAは奥のほうにしっかりと。
会場スタッフがしっかり目配りをしていて、客が増えると仕切りの柵を徐々にずらして観覧スペースを広げたり、膝送りをお願いしたり、交通整理をしたり。
1. ベイビィ・ポータブル・ロック
2. チョコミントフレーバータイム
3. ニコラ
4. 東京は夜の七時
5. キラーキュイーン
間にお喋りを挟みつつ5曲30分。 渋谷らしくピチカートカヴァーも織り込みつつ、自前の洒落オツ系の曲を要所々々で演る構成。
舞台横まで客が入っていて、キノコの人はその辺りを含めた全方向に目配り気配り。
外ハネの人ははじめのうち一寸表情が硬いところもあったが、大入りの客を前にして解れたのか、途中からは明るく楽しげに。
マネジメントの体制が変わって、本人に係る気苦労も増えたように見受けられるが、それを何とかする力は既に備わっていると思う。
比較的ヲタヲタしい客が少ないのと、奇態な合いの手を入れて馬鹿騒ぎの出来る曲が無いのと、何より楽曲が洒落オツなので一般客の食いつきは良く、終演後の物販列にも並ぶ姿が見られた。
呼ばれたイベントで何が求められているのか、そこで何が出来るのか、それによって何が得られるのか、しっかり考えて見極めた上で出演しているので、主催者も演者も客もそれぞれがそれぞれに幸せを分け合える。
hy4_4yh(ハイパーヨーヨ)にしてもでんぱ組inc. にしても、異業種系対バンイベントで重用されるグループはその辺りがしっかりしているように思う。
所用を片付けてから新星堂 サンシャインシティ アルパ店へ。
岡崎みさとと山田渚が店の前の通路でチラシと新曲に因んだ飴を配っていた。 チラシはデザインも印刷もちゃんとしているのは評価できるが、紙が厚すぎる。 配る・持ち運ぶことを考えるともう少し薄くて良い。
目当ての客どころか人影すらまばらでどうなる事かと思ったが、蓋を開けてみれば20人凸凹の集客。
店内では新曲の音源とライブ映像が流されており、衣装や振り付けも含めてきちんとした作り。 もう少し売れてもおかしくはないのではないかと考えたりしつつ開演待ち。
店内奥に幅一間奥行き半間くらいのステージ。 近隣店舗との兼ね合いでジャンプや所謂「MIX」は無しで、と店からのお願い。
曲折あって12時からの回は岡崎、山田、坂本、山中、柳の5人。 上手袖にある簡易PAでぶっつけ調整なので始めは音も安定しなかったが大過なく。
5本中2本がコードレスのワイヤードマイク、岡崎、山田、坂本のマイクは生きており、この三人のパート割りで繋いでいる。
Candy*Girl は初見より練れてきており、少なくとも前の二人にはあやふやなところはなく、全体的に揃ってきた。
ストイックな岡崎と山田と較べると些か Epicureanism の徒みたいなところのある坂本は、自分のパート以外では自由な目配り。
CD一枚購入で全員と握手できるアトラクションが付いてくる。 複数枚購入では、更に色々と。 私は懐都合も有り、一枚のみ。
パパッと終わらせてササッと帰りたかったのだけれどそうは問屋が卸さず、比較的長めにみっちりと握る羽目に。
こうなると際立つのが岡崎みさとの真人間っぷりで、やる気が空回りするような局面もありつつ、至極丁寧な受け答え。
山田渚は奇矯な振る舞いがある訳ではないのだけれど、誠実な中に潜むどうかしている感。
坂本樹莉は握手をしている間ずっと何かしら喋っていて、その中で探りを入れてくるような、相手が何者か掴もうとするようなところがあった。
喩えると稲尾と榎本と野村。 パ・リーグ野武士オールスター。
前回の一部出演者とその客が最低に碌でもなかったのでどうなるかと思ったが、無事6回目を迎えた。
そんな事もあってなんとなくやる気が起きず、起きられはしたもののぐずぐずしているうちに家を出るのが遅れてしまい、競艇場に着いたのは10時半を廻った頃。 道すがら知己から「今回は大丈夫そう」との伝書鳩で一と安心。
今日の多摩川競艇は競艇もアイドルもイケる知己がぞろぞろ来たので、そっち方面と観覧。 細切れのステージを見ながら、合間合間にパァパァ言う軽口が楽しい。 楽しいが楽しいことほどこういうトコには書けない。
荷物に関しての注意が念入りになされたり、物販の時間と仕切りが考えられたものになっていたり、締め切り3分前には終わるようにセットリストが緻密に組まれていたり、前回の反省すべき点はほぼ改善されていた。
客の方も前回のような思慮分別の欠如した山出しのバカみたいなのはおらず、お茶目にはしゃいでも羽目を外しすぎるようなのは居なかった。
イベントの目的である「ボートレースの広報」の部分にも力点が置かれていて、出走表が配られいたが、その効果も上がっているようで、舟券売り場とステージ前を行ったり来たりするアイドル方面の客も多く、鉄火場の親爺連もベンチに腰掛けて楽しげに観ていた。
前述の通り「競艇もアイドルも好き」な知己が複数人来訪、どちらも十分以上に楽しんでいた。
師ボヤいて曰く「真面目に予想しちゃうとアイドル観てるヒマがない」
LinQ
自己紹介やお喋りは控え目にして、切り詰めた時間を曲に割く趣向。
一曲が長いので3曲もやると制限時間一杯なのだけれど、流石に場数を踏んできただけの事はあり、なんとか収めていた。
影アナで高揚させておいてから、腹の底から声の出た煽りで点火。短い時間ながら上手く盛り上げていた。
影アナの科白は定型的なものらしく、客との掛け合いが醸す全体主義的な高揚感。 煽られ、統制されることによってのみ得られるカタルシス。
歌で背骨を作るメンバー、煽るメンバー、役割分担がしっかり出来ており、全体への目配り気配りで鉄火場の客を含めた全体を掴みに行く意気。 全員連れてきた訳でも精鋭のみの選抜でもなく、バランスを取った分遣隊であると聞いて更に驚く。
衣装を換えたり、密度の高い構成にしたりしつつ、過剰に肩に力の入ったところはなく、観ていて重くない。
一ノ瀬みくから漂う「西野バレエ団」感。
hy4_4yh
今の hy4_4yh は、なまじ「それ以前」を知っていると想像を超えたところにあるようで(私もそうだったが)、知己が「こんなでしったっけ?」と何度も訊いてくるのが可笑しかった。
場内警備の老嬢(「シニアビーンズ」と命名)にマイクを向けたり、楽屋にいる LinQ を煽ったり、やりたい放題なようでいて枠組みは壊さない試合巧者っぷりも素晴らしい。
上手後方で楽しそうに観ている江崎マサル(何時の間にか容貌と体形がリック・フレアー化)。 場内全ての人の中で一番楽しそう。
ツナギに白ヘルの老人が見に来ていて「病膏肓の熱心な人か?」と思ったら工事の業者だった。
バニラビーンズ
外ハネの人が一寸調子悪そうに見えたのだけれど、ライブだけでなく、出演者紹介やレース広報、抽選会やら表彰式やら仕事目白押しな中、ソツ無くきっちりこなしていた。
新曲の「キラーキュイーン」はPVがチカチカして見づらいのが難だが、曲そのものは聴きやすく耳にも残る佳品。 いろいろ有るが曲には恵まれている。
一時はどうなる事かと思ったアイドルフェス・イン・ボートレース多摩川であるが、無事次回開催も12/2に決まったとのこと。 余程の事が無ければ楽しく一日を過ごせる稀有なイベントなので、12月と言わずこの先も続いてくれると嬉しい。
寝惚け眼で秋葉原へ。 ASOBITCITYにて表題のイベントを観覧。
電車が遅れて開演後に入場。 パイプ椅子が3列(30脚くらい)並べられ、後方に広く立ち見エリア。
わいわい賑やかに観たい向きが多いようで、空きが有った椅子席へ。
思い入れの殆ど無いアイドルが入れ代わり立ち代り出てくるこの種のイベントを観るってのも久し振りだったのだけれど、演者にも客にもスタッフにも殆ど知った顔の無い気楽さ。
スピーカー2対、モニタースピーカーが1対。 照明は螢光燈とスポットを併用しているが、切り替え等は無しで照らしっ放し。
ROCO GIRLS
一と組目が始まっていたのだけれど、口跡が悪く自己紹介が聞き取れず。 帰宅してから調べてユニット名を知る。
ネイル屋のやっている"オシャレユニット"との事であったが、衣装だけはオシャレであった。
幅はともかく奥行きの無い舞台なので仕方ないっちゃ仕方ないのであるが、歌の最中にぶつかったり、見知った客の奇態でも目に入ったのか笑ってしまったりしたのは興醒め。
シンセのみで作ったオケは安っぽい上にも安っぽいのだけれど、曲がりなりにもオリジナル曲があり、振りも付いているってのは幸せな事だ。
mocomoco
だぶだぶのサロペットで出てきた二人組。
MIXが入り始めるが、国家社会主義的な統率の取れたものではなく、散発的且つ間歇的な、別箇に進んで別箇に打つ人民戦線的MIX。
メグリアイ
3組目に目当てのメグリアイ。 内容については後述。
Saki(2&)
この御時勢にピンでアイドルか・・・と色めきたってみたが、普段は 2& と言う二人組で今日は相方がお休みとのこと。
上手くは無いが生歌で押し切る気概は買える。 要所々々で「イェイッ!」と自ら合いの手を入れ、「ハイタッチしまーす!!」と最前列に下りて行く自己完結ぶりも楽しい。
制服っぽい衣装は茅野しのぶインスパイア系と言うか、国民的アイドルモチーフAVみたいな感じ。 くっつき過ぎるとどうしても贋物感が出てしまうので離れたほうが良いと思うのだが。
B-Limit.
こちらも三人のうち一人欠席。
「次の曲はorzから始まるので(略)みなさんお願いします。
「正座して聴け」を超える立ち見客と最前列の総ダイイング状態は壮観だった。
さっちゃん
名前が名前なので検索しても情報が出てこないのだけれど、結構な飛び道具。 蜜蜂風の衣装で登場、Melodybeeを思い出したり(あれはこう言う衣装ではなかったと思うが)。
ステージを降りてエニウェアフォール・マッチをおっぱじめたので驚いた。
Mary Angel
大阪から遠征。 踵落としのような動きを多用するくらい動きは良く、歌も安定しているし、歌っている時の表情も良い。
スクール系が強い所為か、大阪発のアイドルはなんと言うか押しが強いのが多いのだけれど、Mary Angelも客を上げたり下げたり自在に操る感じ。
寄席の初席のような、細切れの持ち時間でパッパッと廻していくライブ。 生理的に受け付けない芸風もありつつ、切り替えが早いので助かった。
終演後に物販があったのだけれど、ほぼ同じ面子でライブ三回廻しとあってか、客の動きは鈍かった。
メンバー8人中何人かが出る体制になっているようだが、このライブの出演は岡崎みさと、坂本樹莉、山田渚、山中香穂の四名。
先に出た二た組とは明らかにオケの出来から違う。
どこも大体シンセのみで作っていて、その中で音の広がりとか厚みとかで力の入り具合と送り手の技量が推し量れるのだけれど、メグリアイは楽器の音もするオケ。 帰ってから聴き込んでみたらミックスもしっかりしていたので驚いた。
4人並べて見るとそれなりに揃った動きをしているのだれけれど、振り付けの解釈に幅が有るので全く別のことをやっているようにも見える。
岡崎みさとの振る舞いがアイドルとしての最適解に近いように思うのだけれど、テーゼに対するアンチテーゼと言うか、他のメンバーも異なる発想でアイドルと言うものを体現しているのが面白い。
岡崎みさとが客席の隅から隅まで3点バーストで殺して行くのに対し、山田渚は全体に弾幕を張るような目配り。
弾幕と言っても機関砲や高角砲なんてチンケなものではなく、三式弾を46サンチ砲で盛大にブッ放す感じ。 これはハコが大きくなり、客の分母が大きくなると生きてくるのではないかと思う。
客の求めるものを提供しようとする岡崎みさとと、客により良いものを提供しようとする山田渚の対比。 どちらも間違いではないのだけれど、もう少し全体の調和を考えられるようになると、グループとしても舞台映えしてくる。
一緒に観ていた友人曰く「(山田渚は)結果オーライの4打数4安打では納得しないが、4打数1安打でも会心の当たりなら納得するタイプではないか?」。
やる気と努力が結果に繋がっても周りとも自分自身とも折り合いの付け難い榎本喜八タイプで、私としては非常に面白いのだけれど、当世の主流を占めるアイドルファンにどこまで受けるかについては、不安が無きにしも非ず。
メグリアイそのものも大毎ミサイル打線のようなところがあり、繋がりと機動力はさておき、長打率は高い。
今後も可処分所得の許す範囲内で見て行こうと思う。
巻頭に鈴木愛理、巻中にモーニング娘。、巻末にスマイレージ。 一号丸ごとハロープロジェクトで固めた布陣。
オマケピンナップは、表が鈴木愛理で裏がモーニング娘。 名実ともに ℃-ute が看板を背負う時代。
鈴木愛理
巻頭グラビア7ページ13カット、撮影は細居幸次郎。
プール、学校、夏祭り、海の見える散歩道の4場面で構成。
プールで真昼間に撮ったカットは流石に眩しそうなのだけれど、眩しさを逆手に取った上手い撮り方。
夏祭りは夜の縁日。 ストロボをバッチリ当てたカットは興醒めだが、その場に在る光も生かして撮ったカットは味わい深い。
光が柔らかく廻った、夕闇迫る海辺の散歩道。 愁いを帯びた表情で〆る構成の妙。
しかし鈴木愛理、随分大人びてきた。 ピンナップの白いセーラー服も、良く撮れている。
モーニング娘。(石田亜佑美、工藤遥、鞘師里保、道重さゆみ)
巻中グラビア6ページ12カット、撮影は飯塚昌太。
全員で1ページ、個別で1ページ1カット、最後に集合で1ページ1カット。
飯塚昌太にしては珍しく敢えて貶すほどでもない写真。 可も無く不可も無く。 道重さゆみの一本調子な表情がカメラマンの腕を象徴。
最初のページの四隅のコマにそれぞれを配置した割付けは上手かった。
スマイレージ
巻末グラビア5ページ12カット、撮影は長野博文。
自覚的過ぎて切迫したところもあり、一寸息苦しくもあるが、色々有ったことが表情に深みを加えていることは間違いない。
4ページ目5ページ目が良い。
コラム置き場に思考の断片
メグリアイ 山田渚をさまざまなものに喩えると
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例によって絵解きは無し。
秋葉原の@TV東京本社にて、ネット配信番組「ふたたび、アキバ De メグリアイ厨なのよ!」を観覧。
事の発端は吉田豪がリツイートした山田渚の Eccentric な呟き。 フォローしてみた山田渚の発言の熱量に惹かれたので、直近にあったイベントに足を運んだ次第。
11:30から整理券配布との事であったが、ハナッから必死ってのもどうかと思ったので12時過ぎに現地へ。 それでも整理番号はまだ一桁。 やる気のあり過ぎる番号に頭を抱えつつ夕方まで時間を潰す。
「(番組開始の)15分前に来てください」との事だったので頃合を見計らって現場に戻るも、待てど暮らせど入場は始まらない。 結局入場が始まったのは16:59。 急いで階段を下りて椅子に座ると「30秒前です」の声。 メンバーが駆け込んで放送開始。
A3くらいのペラ紙が進行表らしく、ほぼそれを読みながらの進行。 語るが如く読めるメンバーと読み上げる事すら覚束無いメンバーの差が激しい。 きっちり四つ折りにしていたり、斜めに折られていたり、進行表の扱い一つからも職業意識の高低が見て取れた。
2曲ほど演って間繋ぎのお喋りで息を整え、また2曲ほど演る構成なのだけれど、進行表が出来るのが遅いのか渡されるのが遅いのか、下読みを殆どしていないし、お題がある場合でも話す内容を各自が事前に考えていないので話がまったく膨らまない。
製作する側も番組の質については考えておらず、撮って流すだけ。 「ライブ」とは銘打っているものの殆ど歌声は聞こえず(死んでいるマイクすら有る体たらく)音響的には蜜柑箱ステージ以下、放送終了後にあるアイドルの接客業としての側面である部分に重きが置かれているようにすら思える好い加減さ。 近くで見られることが唯一のメリットと言って良い。
歌声は聞こえず、振り付けもバラバラ以前、喋りも拙いどころの騒ぎではなく、頭の痛くなるようなあれこれはズラリと並ぶが、面白くなかったかと言えばさに非ず。 負の側面を相殺して有り余る山田渚の面白さ。
今日の出演は岡崎みさと、山田渚、坂本樹莉、高田淳美、山中香穂、浅原桃子の6名。 岡崎みさとと山田渚が真ん中に居る事が多く、喋る部分はほほ岡崎みさとの仕切り。
振り付けもしっかりしているのはこの二人なのだけれけど、岡崎みさとが感情を乗せることにより喰ったり遅れたりするのに対して、山田渚は動きに感情を乗せつつも抑制的で正確なリズムを刻む。 この辺りの対比も面白い。
山田渚は前に出ようとする意識は薄いのだけれど、舞台に立つ人として「歌う」「踊る」「喋る」を丁寧にきっちりこなしているので自然と目が行く。
そして視点の移動から、客席を大きく見ている事に気付く。 実際に客が座っているところだけでなく、客席の隅そしてカメラの向こうまで。
気になったのは、途中から真顔でいる時間が長くなっていったこと。 不機嫌なのではなく、きちんとやろうとする使命感の発露だったのだと思う。
恐らく彼女には他のメンバーとは違った景色が見えているのだろう。
入場料1000円で45分ほどのライブ。 思い立ってふらっと行って、手銭で見られるのは嬉しい。
山田渚については、また項を改めて。
コラム置き場に
AKB48 新人事分析
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コラム置き場に
松村香織の週刊プレイボーイソログラビアを言祝ぎつつ衣装についての提案
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諸事多端につき下書きすらままならぬ日々。
とりあへずコラム的な何か
アイドルフェスに於ける反省と改善の欠如が齎す明るくない未来についての一論考
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送り手の楽しみや遣り甲斐は客としてのそれとは別のところに有る筈なのであるが、客になって楽しんでしまっていて且つその自覚の無いオタンコナスが多すぎる。
さてはて、何から書いて良いやら。
年末恒例行事の北伐と重なって見られなかった第1回以外はずっと観て来た訳なのだけれど、過去最悪の愁嘆場であった。 会場に着いてから帰るまで終始不愉快。
諸事多端で寝坊をして、会場に着いたのは11時を廻ってから。 その道すがら「しず風の客が無作法でヒドい」との報。 暗澹たる気分で競艇場に着くと、事態は想像を超えていた。
しず風や lyrical school の客のモラルには期待していなかったのだけれど、これまで比較的民度は高いと思っていたバニラビーンズの客も便乗して辺り構わず馬鹿騒ぎ。
モラルと言うものは、かくも容易に崩壊するものなのか。 他の客の振る舞いがどうでも、出演者でありつつ主催者でもあるバニラビーンズの客が働く無法はバニラビーンズの二人の顔を潰す事にもなる。
その辺りに無自覚且つ無邪気にはしゃいでいる。
会場はベンチを並べた椅子席と、後方と左右の立ち見エリアに分かれているのだけれど、しず風の客は椅子席を上下に分ける舞台正面の通路に殺到。 そこを橋頭堡にしたのち、なし崩し的に舞台と客席を隔てる仕切り部分に荷物を置いて椅子席一列目の前に立ち見ゼロ列を構築。
こうなると椅子席に座っても舞台の上なんざ見えやしないから椅子席にはそこかしこに空席。 見えないので開演後に立ち去る人もちらほら。
一旦舞台上の話に戻す。
バニラビーンズ
割りとキツめのスケジュールの中でも綺麗な動き。 巻きが入った後の収拾の付け方にいつものキレが無かったようには感じたし、客の無礼・無作法を前にして眉を顰めがちなところはありつつも、ナビゲーターとしての仕事はこなせていた。
lyrical school
曲はまったく食いつけないが、悪くは無い。
然し乍ら、1ステージ一曲で終わらせて下がり、控え室素通りして即物販を始める商魂にはゲンナリ。
舞台前中央のみに客が集中するという異常事態とは言え、目の前の客に餌をやるばかりで客席全体を見ていない。 縮小再生産の悪い見本。
しず風&絆~KIZUNA~
今日の凶事は全てはこのグループのスタッフ、メンバー、客から。
先ず、スタッフが無能。
このイベントは各レースの舟券販売中の短い時間にライブを何回か挟み込む構成になっているのだけれど、販売終了5分前のアナウンスを会場に流す必要が有る為、その前にライブを終わらせなければならない。
然るにここのスタッフは制限時間を優に越える長さのセットリストを組んで強行。 制限時間に即したセットリストも組めない。
そしてメンバーが無知蒙昧。
販売終了までの時間は、ステージ上からも確認出来る時計に表示されるのだけれど、販売終了4分前になっても次の曲を始めようとする(巻きの指示を出した会場スタッフは無視)。 その曲が漸く終わって「早く捌けろ」と指示が出ているのに告知をだらだらと。
イベントの性格上、レースが(舟券の販売が)主であり、ライブイベントは従なのだけれど、そういった根本的な常識が無い。 無知であるのは本人たちの罪であり、教えてこなかったスタッフの罪でもある。
販売終了時間が迫って会場スタッフがヤキモキする様は此れ迄にも見た事はあったが、頭を抱えたのは初めて見た。 結局、捌けたと同時に会場モニターには舟券販売終了の文字列。
lyrical school の項でも書いたが、このグループも目の前の客に餌をやるばかりで客席全体を見ていない。 これまでに出たグループも色々あったが、ここまで近視眼的な輩は初めて。 何の為にこう言うイベントに出るのか、目的意識が著しく欠けている。目の前の客からの収奪で生計を立てるなら、名古屋に帰って閉鎖環境でやれば良い。
さらには、客が馬鹿。
前述の通りの場所取りの荒っぽさにも呆れたが、会場スタッフからの「巻き」の指示を無視するようにメンバーを教唆扇動。
荷物は財布やらカメラやらを入れたり出したりしつつ客席後方に山と積み上げて放置。 比較的治安が良いとは言え、ここは鉄火場なのである。 11レース12レースともなれば自然と殺気立ってくる。 そんな中でも放置。
何故盗難事件が起きなかったか、それは馬鹿な客が狂騒の巷に居る間、会場警備の人がつきっきりで見ていてくれたからなのである。
スタッフ・メンバー・客が三位一体で社会性を欠いている。 世の中に迷惑の種を振りまかぬ為、今後は名古屋から出ない方が良いのではないか。
私はこのグループを(客やスタッフを含めて)金輪際見たくないし、私の見たいグループと同じイベントに出るのは真っ平御免蒙りたい。
最後の最後で10月に「アイドルフェス・イン・ボートレース多摩川 Vol.6」開催との告知が有ったが、仮にそれが飛んだら(または縮小されたり次が無かったりしたら)、その責任の一定部分を しず風&絆~KIZUNA~ の客とスタッフ担った事は間違いない。
タワーレコードがアイドル専門レーベルの T-Palette Records を立ち上げてから一年、私は淘汰されるべきではないものが報われる慈雨だと思っていたし、バニラビーンズ Negicco についてはそうであった(そうである)と今でも考えているのだけれど、しず風&絆~KIZUNA~を見てその考えが揺らいだ。
慈雨だと思っていたものは、淘汰されるべきものを無為に生き永らえさせる「ぬるま湯」なのではないか。
客層の拡がりを求めず、目の前の客からの収奪に明け暮れるものに、今日は有っても明日は無い。 尽きるべき命運は尽きて然るべきではないか。
そしてレースの合間の大々的物販大会。
儲かっているとはこっちも思っちゃいないが、イベントの趣旨からしてレースの合間は予想と舟券の購入に宛てて貰うのが筋。 そこで大々的に物販大会なんざおっ始めっちまうものだから、物販ブースには長蛇の列。 舟券は何時。
物販机を遠巻きにする馬鹿が通路を塞ぐので会場スタッフが一般客の動線確保に借り出されていたが、それもタワレコ側の仕事では無かったか。
そして全グループ同時に物販を始めるとどうなるか、舞台前の一角に置かれた場所取りの荷物には、ライブ中と同じく会場警備の人が張り付くこととなり、ライブが終わって会場警備の人が持ち場を変えると、無人の野に宝の山。
流石に不味いので会場スタッフに声を掛けて注意を喚起して貰ったが、客の間抜けさも去ることながらタワレコの無計画・無定見は指弾されるべきであろう。
北千住の路地裏、三軒長屋の端でやっているベトナム料理店での落語会。
良く言えば和室、割った話が二階の茶の間に仮の高座を設えての会なので、毎回ほほ満員だが最大で12人(詰めればもう少し)の小ぢんまりしたもの。 それがまた良い。
「たがや」らく里
「野晒し」吉幸
らく里さんは夏らしく「たがや」、吉幸さんは「野晒し」を端折らずみっちりと。
吉幸さんはここのところ意欲的で、なんだか凄いのを見せて貰っている。
二席終わってユーストリーム配信されるトークショー的な打ち上げ。 生春巻やらゴイ(甘酢和えのサラダ的なもの)やらバインミー(柔らかめのバゲットで作ったサンドウィッチ)などをパク付きながら痛飲。 つまみが旨いので酒が進む進む。
鎌ケ谷から来たというお客さんが居たのだけれど、話の遣り取りの中で何かに気付いたらく里さんが「あなた KGY40Jr. の皮茶パパさんじゃありませんか?」
果たしてそうであって、そこから落語方面の客にはおいてけ堀を喰らわして暫しアイドル談義。
色んな意味で有意義な落語会であった。
書きっぱなしで忘れていたが、コラム的な何か
AKB48で『菅原伝授手習鑑』
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匂ひをこせよ。
小田急線成城学園前駅に繋がる商業施設の二階、吹き抜けになった小体なイベントスペースでのライブ。
小田急や東急沿線のこうしたショッピングモールは、建物の構造も入っている店舗の種類も(客筋も)郊外型のそれとは異なる。 所得と学歴の差なのだと思うが、自分の知らないものを「知らない」と言う理由に於いて馬鹿にして掛かる傾向が少なく、一旦足を止めたら最後まで見て行く人も多かった。
外ハネ担当のリサが昨年まで成城大に在学していたので、御学友と思しき女性客もちらほら。
在学中は休日に来たことはあまり無かったとのことで、人が多いことに驚いていた。 四階のグランファミーユ・シェ松尾には、よくランチを食べに来ていたそうで、このあたりの「らしい」エピソードも微笑ましく。
土地柄に合わせてか「トキノカケラ」「ノンセクション」「エルスカディ」とお洒落系の三曲。 スピーカーからの出力も上品。
暗黙のドレスコードと言うか、普段は長年の洗濯で布地が透けかけたようなヨレヨレのティーシャツを着ているような客もとりあへず襟付きのシャツを着て来ており、手拍子メインで振りコピーは控え目。
同調圧力が掛かったのではなく、「りさこさまの地元(・・・の、ようなもの)」「りさこさまに恥はかかせられない」・・・と言う各自の判断が結果的に同調したのではないかと思う。
優先観覧スペースに椅子が並び、その周りに人垣。
天井が半透明で、曇ってはいたが自然光が柔らかく廻り、それに色温度高めのスポットライトが三階から2灯。 光線の加減で、二人が動くたびに白いワンピースの陰翳が身体の線を美しく描き出していた。
この辺りが件の写真集に不足している「品のある色気」なのだけれど、それについては別項にて。 スカートの丈を詰めたり、襟刳りを深くすれば良いと言うものではないのである。
或る程度売れないと、また売れ過ぎてしまってもこうした小規模商業スペースではイベントを打てない。
かつて通った大学の在る街への凱旋と言う祝祭感も心地良いイベントであった。
「追記」
新宿は見ても見なくても後悔は薄そうだったが、成城だけは見ておきたかったので、諸事多端の中、一寸無理をして遠出をしてみた。
「バニラビーンズを売りたい」と言う客の総意が、同調圧力ではなく個々の自由意志の同調と言う形で現れていたように思う。
良いものだから売れるとは限らないのは世の常であるが、良いものであるだけに売れて欲しいと切に思う。
締め切り・納期等が重なっててんやわんやの繁忙期。 今日出来ることは明日に延ばして渋谷へ。
タワレコ名物レジ前行列に巻き込まれたりしつつ、店員が巡回してバニラビーンズ目当ての客を誘導していたのでなんとか時間前には会場に入ることが出来た。
平日の夜にしてはまずまずの入り。 開演が七時半なのだけれど、とりあへず働いてはいそうな客層だったので妥当な線。
定時で逃げ出してなんとか間に合って、一寸残業したくらいの時間に衣服の乱れもなく帰れるので、所帯持ちの宮仕えにも優しい。
上手から見ることが多いのだけれど、日曜に下手から見た視界が新鮮だったので今日も下手から。
横に二人並んだ状態で見るより斜交いに見たほうが、振り付けの解釈や動きの質の違いが判り易い。 客を目配りで殺しに掛からないので、正面に陣取らないほうが気楽に見られると言うのもある。
一曲目が「LOVE&HATE」で驚く。 オープンスペースでのイベントとは違い、目当てで来た訳知り向けのセットリスト。 先日のワンマンライブの成功が生きている。
「LOVE&HATE」も発売当時は「ナンダコリャ?全然北欧じゃねぇ!!」(≒タンバリンスタジオ的な音造りじゃない)とムカッ腹を立てたりしたものだが、今こうして聴くと悪くない。
PVと写真集(ブックレット)には言いたい事・書きたい事も有るが、曲そのものは良い。 今日は演らなかったが、カップリングの「秘密」はオケだけでも繰り返し聴きたくなる佳曲。
アンコールは写真集の表紙の衣装で「君は僕を知ってる」。
忌野清志郎の歌い方とはまるで別物だが、その分物真似感は無く、曲に籠められた精神を換骨奪胎して自家薬籠中の物には出来ていた。
曲としての好みは分かれると思うが、良いカバーではある。 オケの作りの良さもあるが、コピーではなく、ちゃんとカバーになっていた。
シングルリリースの度に、こうして面白いものを見せて(聴かせて)くれるのも嬉しい。
幸せな気分で帰宅。
明日からも日曜まで怒濤のインストアイベント攻勢なのであるが、さてはて何回観られますやら。
新宿のペンタックスフォーラムに於いて開催中の、小林幹幸のライフワークと言っても良いであろう制服女子の連作を散りばめた写真展を見て来た。
これまでに撮り貯めたものと、震災後に宮城県内を中心に撮りおろしたテクプリ関連で10枚。
旧作は見たことのある写真も多く、大きさに圧倒されつつも冷静に見ることが出来たが、テクプリを撮った10枚で感情を持って行かれた。
津波に破壊された学校の前、そして荒れ果てた音楽室の中で始まり、朝焼けの石巻駅のホームを歩いて行く後姿と桜の蕾の前に佇む写真で〆ている。
開けられてしまったパンドラの匣からありとあらゆる災厄が飛び出してしまったあとで、底に光る希望の芽のようなものが写し撮られていた。
旧作で目を惹いたのは、畏怖すら感じる気品漂う三吉彩花、温暖湿潤気候の齎すねっとりとした空気の中で撮った広瀬アリス、煽情的なグラビアでは見られない柔らかな笑顔の逢沢りな。
オンライン写真展で何枚か見られるので、遠隔地の方はこちらで雰囲気だけでも。
7/9(月)まで。
バニラビーンズの過剰摂取が健康に影響を及ぼす懸念があったので、一寸横道に逸れて亀戸サンストリートへ。
碌に調べずに行ったので現場に着いてから知ったが、ゲストで リル・クミン と Marry Doll の二た組。
リル・クミン
着いた頃にはリル・クミンが始まっていた。 本人達も「デビューしてまだ三日なので、一曲歌うと息が上がっちゃうんです」と語っていたが、歌も喋りも覚束無く危なっかしい。 具体性のまったく無い告知が面白い。
しかし衣装はちゃんとしていた。 唯一ちゃんとしていたのが衣装。
当世流行りの色分け衣装。 ざっくりと印象を書くと、黄色ははっちゃけ水着隊系、白は京塚昌子系、赤はルー・フィン・チャウ系。
Marry Doll
事前に耳に入っていた情報が「客が柵を破壊」「客が風疹を媒介」とか物騒なものだったので、恐れ戦きつつ見たのだけれど、会場側からのコール禁止のお達しが有った所為か暴れる客も騒ぐ客もおらず、平和裏に進行。
前日まで北京で営業だったとか。 そんな事もあってか衣装のくたびれ加減が気になる。
中にもう一枚着ているので事故には至らないものの、チューブトップ的なものが上から下から狭まっていくのには冷や冷やした。
場数踏んでいるだけあって客あしらいは巧く、歌も上手いが、それの見せ方はうまくない。
その辺りの野暮ったさを魅力に転化出来得るかどうか。
オトメ☆コーポレーション
東京で活動しつつ、伊那市の観光大使を務める OLギミック のアイドル。
コンセプトを盛り込みすぎた二股膏薬感が前提としてあったので第一印象は良くなかったし、リーダーのネットリした営業トークにも当てられて中盤までは秋葉原を蹴った後悔の念に苛まれつつ見ていたが、視点を変えたら拾い物だった。
振り付けが単調で変化に乏しいのは瑕だが、動きそのものには切れがあり、歌も上手く表情も生きている。
特に真ん中の人は喋っている時は自信無さげなのだが歌い始めると豹変。 ここに視点を固定したら印象が黒から白へ。
よく調べずにオトメ☆コーポーレーションを見に行ったらリル・クミンが出てきて、あっけにとられているうちにMarry Dollが出てきて、呆然としているうちにオトメ☆コーポーレーションが出てきて、混乱しているうちに日が暮れていたのだけれど、反芻咀嚼してみるとそれなりに楽しくはあった。
原宿KDDIデザイニングスタジオにて、発売直前の予約イベント。
2回目の始まる20分くらい前に着いたのだけれど、裏で大規模アイドルイベントが有る割りにまずまずの集客。
三回廻しの2回目は、例によってミニライブ&トークショー。 月刊NEOバニラビーンズの表紙で着ている後ろ身頃がレース状に透けたカーディガンにスカート。
本人達も話していたが、Aラインのワンピース以外でのライブは初めてとのこと。 袖のある柔らかい布地の服なので、動きに合わせて身体の線が出るのだけれど、こうして見ると実にどうも細さが際立つ。 髪飾りが無いからかキノコ担当は髪を耳挟みにしていて軽やか。
トークショーで出た写真集に関する質問「(写真集の撮影で使った中で)一番気に入った靴は何ですか?」には、レナがジュゼッペ・ザノッティの黒のピンヒール、リサはシャネルの白と黒のオープントゥのブーツと答えていた。
相変わらず司会者要らずの座持ち。
3回目は7thシングル「ノンセクション」の私服。 白いハット付きの白いワンピース。
「ベイビィ・ポータブル・ロック」「恋のセオリー」「チョコミントフレーバータイム」「ひとつのうた」の4曲、合間のお喋りもたっぷりと。
いつもと視点を変えて、二人の動きが見比べられる位置から見たのだけれど、レナの動きの美しさに磨きが掛かっていた。 どんな振り付けでも、すぅーっと動いてピタリと止まる。
動かす力、止める力、止めたところから逆に動かす力、全てにゆとりが有るので客席への目配りも行き届き、表情も柔らか。
伊達の筋肉ではなく、必要に迫られて付いた筋肉なので、しなやかで細いまま引き締まっている。
会場の渋谷WWWは、スペイン坂の上と言うおよそ私のような人間には似つかわしく無い場所にあるライブハウス。 元は映画館だったとかで、客席は大きく3段に分かれていて圧縮が起きにくく、後方からでも非常に見やすい。
整理番号が良かったので前に行こうかとも思ったが、圧縮の危険性に鑑みて二段目中央付近へ。 極端な圧縮は起きなかったが、のんびり見るなら矢張り後方。
先頭入場で最前列に居た知り合いに話し掛けるふりをして3列目あたりに無理やり潜り込む女子二人組が目に付いたくらいで、醜悪な行動をする客は殆どおらず、昨今の殺伐を極めるアイドル現場の中では例外的に客の理性による平和が保たれている。
先に書いてしまうと、自己顕示のための「ジャンプ」「オーイングと称する奇声」「MIXと称する荒らし行為」「アンコール発動に関するヘゲモニーの取り合い」などは最初から最後まで見られず、(アンコールは拍手のテンポの切り替えの為に発せられ、統制棒もテンポを保つために振られ、巷間よく見られる悪目立したがる馬鹿が居なかった。)それでいてきっちり盛り上がってはいる奇跡。
暗転した中で流れるアメイジング・グレイス(曲名が思い出せず、採ったメモには「風に立つライオン」と書いてあった)から1969年のドラッグレースで口開け。 チョコミントフレーバータイムの私服。
中盤はシングルを時系列で並べる構成。
「迷走期」と呼ばれる2009年から2010年あたりにリリースされた LOVE&HATE や D&D は、久し振りに演ったとのこと。
どちらもリリース当時は「ナンダコリャ」と思ったものだが、今聴くとそんなに悪くは無い。 これは演る側にも聴く側にも心のゆとりが出来たからだと思う。
後半は新曲の私服に着替えて登場。 前半と後半では照明や演出を含めてガラリ変えてきていて、細かい知恵と工夫の積み重ねが感じられた。
恒例のオリジナルチロルチョコ撒き大会(投げられたチロルチョコが側頭部を直撃したり)、東京は夜の七時では天井からマンハッタンの戦勝記念パレードの如くヤケクソな量の紙吹雪が舞ったり5周年の祝祭感もありつつ、ここから先を見据えた未来志向の終演。
ライブ中叫んだ訳でもなく、朝から立ち食い蕎麦屋の親父くらいとしか口をきいていないのに、終わってみたら声が枯れていた。 心地よい疲れ。
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