トップ 最新 追記

墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


ペトリあんてな
二面楚歌 断章
二面楚歌 グラビアレビュー備忘録
寒空文庫(仮)
写真日記二面楚歌 隠居所
petri's fotolife
酒田へ行きたい
ザ・インタビューズ

投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より


2016-02-07 大賢は愚なるが如し [長年日記]

_ 里咲りさ『R-and U』発売記念イベント ミニライブ&特典会 (タワーレコード錦糸町店)

興味はありつつも見る機会がなかったのだけれど、折良く近場で、それも撮れる機会があったので足を運んでみた。

それなりに隙間はありつつも、イベントスペースはほぼ埋まった状態。
PAからライブから特典会まで一人でやるので歌いながらスピーカーの向きを調整し、喋りながらPA卓を弄り、曲出しもする。
弾き語り一曲を含め計五曲、合間にはこれまでのインストアイベントを振り返るフリップ漫談なども織り込んで飽きさせない。
里咲りさ
どんなことをやるとフリの客が足を止めるか迄店内の状況を観察しながらライブを演っているのも面白い。

特典会の対象商品は自家製CD-R、五曲入りで1200円。
ケースには入れず、歌詞カード兼ジャケットに挟んでのり付きビニールカバーに封入。
客は中の曲と特典に用がある訳で、ケースを省けば利益率も上がる。

そんなところも含めて面白いインストアイベントであった。
里咲りさ

_ 今日の一枚

里咲りさ
里咲りさ
ノボフレックス ノフレクサー 240mm/f4.5 + ペンタックスK10D
1/40s f5.6 iso=800
その他の写真はこちらに。


2016-01-31 もやもや [長年日記]

_ 村田タマ写真展「いまは、まだ見えない彗星」(再訪)

気になったので再訪。 まぁ、再訪と言うか三度目なのであるが。
好き嫌いでも良し悪しでも、私が嵌まる要素は思い当たらないのだけれど、妙に気になる。
展示作品が追加になったとも聞いたので、気になっている点を確認がてら神保町画廊へ。

前出の通りで(恐らく)全てのカットでカラーコンタクトを装着し、目尻に付け睫毛を入れている。
これが少女に擬態し、被写体としての「村田タマ」になる為の小道具なのであろうか。
カラーコンタクトを入れると矢張り目から表情は消えてしまって読み取れない。
そして顔を画面に入れないカット以外、カメラと顔の向き合う角度がほぼ一定。

ところが表情が死に切っている訳でも無く、 写真として詰まらなくは無いし、寧ろ程の良い生々しさが有って面白い。
それが何に起因するのか、見れば見る程判らなくなる。

ポートフォリオ的なものがあれば欲しかったのだけれど、作品以外の販売物は缶バッジなどしか無く断念。
作品を見た代価というか喜捨と言うか、何某か落として帰りたかったのだけれど、丁度良いものが無かった。

もやもやしたもの(不快では無い)を抱えつつ帰宅。


2016-01-27 複雑怪奇 [長年日記]

_ PIP:Platonics Idol Platform 1月度定期公演(石川生誕&重大発表)

「重大発表」がなされるとの告知の効果か予約の出足は久しぶりに良く、80に設定された予約枠はすぐに埋まって100に増やされ、最終的には105まで。
但しこれは無料での枠押さえなので、当日来るとは限らないし、経験則から言って1/3くらいは来ない。
蓋を開けてみたら矢張りそうであった、此処のところの低調な動員からは脱したが、大入りには程遠い入り。

前半は例によってバラエティ番組収録。
「おにぎり対決」的なものから始まる。
オチ要員であることを自覚して不味いものを作る役を演じる者が居るのは構成上仕方が無いとしても、食い物を粗末にする企画は不愉快。

後半は「知ったかぶり対決」的なもの。 こちらは楽しく見られた。

会話の中で、小室が学校行事の都合で昼間は出演出来ず、その為に番組の放送時間も含めて夕方からになった事が明かされる。
学業なり脇の仕事なりの場合は通常休む訳で、無理をして出てきたり、増してや開演時間を動かすなど凶事の前触れでしかない。

半年振りに出演の永瀬も、推薦か何かで内定を貰って高校受験に一定の目処が付いたのかと思いきや、滑り止め校の試験が済んだだけで本番はこれからとの事。 司会の石橋も、そこまで引き出しつつそれ以上は掘り下げない。 これも異常。

今後の活動についてのお知らせにも、次回定期公演が入っていない。
そして客席には節目に現れる元PIP京都の面々。

告知されていた「重大発表」が明るいものではないことを覚悟しつつ、後半のライブに備える。

新しい曲も織り込んで工夫はしているが、基本的にはこれまでやってきた曲の順列組み合わせ。 閉塞感は否めない。

暗い空気の中永瀬が選抜衣装で登場。
「選抜」と言えど既に定員割れして久しく、有名無実化はしているが、それでも着られるのは嬉しいのだろう。 明るい笑顔。
絵に描いたようなポツダム少尉だが、将校で終われるのは良い。

公演の時間を動かしたため、いつもより尺が短く、石川の生誕コーナーも手短に。
曲の途中で語りに入ったのだけれど、辞めて行ったメンバーに言及するのは分かるとして、「最後までついて来てくれたメンバー」との言い回しに秋風を聞く。

重大発表は当日出演していた六人と休業中の豊栄がPIP:Platonics Idol Platformを卒業するということ。
アイドル界隈で濫用される「卒業」と言う言葉には、不都合な現実を糊塗するようなお為ごかししか感じないのだけれど、この七人の決断には合っている様に思う。
ちなみに開店休業中の山下緑の去就についての言及は無し。

まぁ卒業といってもプロデューサーに対する「バカヤロー解散」の様でもあり、 「複雑怪奇なる新情勢を生じたので、我が方は之に鑑み従来準備し来った政策は之を打切り、更に別途の政策樹立を必要とするに至りました」と言う理由での総辞職の様でもある。

兎も角、事此処に到って PIP:Platonics Idol Platform は瓦解した。
プロデューサーたる濱野智史からの statement は未だ無い。


2016-01-17 もしもし [長年日記]

_ Chelipインストアイベント(タワーレコード TOWERmini汐留店)

16:30から始まるのだけれど、早めに現場へ。
Chelipはインストアイベントそのものも中身の濃いものにしてくるのだけれど、開演前には公開リハーサル、公開リハーサルの前には音響チェックも兼ねてかアイドルポップスを中心にした選曲のDJタイムもある。
プロデューサー氏によるDJは、曲を掛け乍ら喋り、歌い、踊り、そして煽る。 このDJスタイルからして「こちら側」の人なのだけれど、仕事は仕事としてきっちりしている。
曲出しのタイミング、繋ぎもスムーズで、その場で許される最大音量で心地よい現場を作ってくれる。



タワーレコード TOWERmini汐留店は新橋駅から続く地下通路にあるが、地下通路は半吹き抜けになっており、風は吹き抜けるので地下とは言え寒い。
Chelipの二人も初めは寒そうだったが、動くと汗ばんでくる。 ライブが終わってこれが冷えると危ないのだけれど、そのあたりのケアは出来ているようだった。

歌って踊る部分はスクール出身だけあって二人共しっかりしているのだけれど、喋る部分は藤井美音が「これだけは喋らなければいけない部分」を井次麻友が「それ以外」を担当。
昭和のいる・こいるで言うと、「のいる」担当が藤井美音、「こいる」担当が井次麻友。 掛け合いが実に楽しい。



アイドルというジャンルに属するものを、その客ですら見下すような風潮は根強くあるが、Chelipは演者も裏方もアイドルと言う物に対する愛着も誇りも持っていつつ、他の芸能ジャンルと較べても何ら劣るところの無い「娯楽」を提供してくれている。

_ 写真アップロード

Chelipインストアイベント(タワーレコード TOWERmini汐留店)のその他の写真はこちらに。


2016-01-16 冬寒 [長年日記]

_ 村田タマ写真展「いまは、まだ見えない彗星」

最近足を運ぶ機会の増えた神保町画廊で金曜から始まった写真展へ。
服を着ていたり着ていなかったり、服ではない何かを纏っていたりするセルフポートレート。
カメラなりスマートフォンなりを手に持って撮ったものと、三脚などに据えて遠隔操作して撮ったもの。

服を着ていても着ていなくても、付け睫毛と瞳を大きく見せるコンタクトレンズは欠かさないのが興味深い。

私は目の光りや表情を殺してしまうコンタクトレンズを好まないのだけれど、全否定するほどの事は無いような気がして来ている。
先日見た七菜乃もそうであったが、付けていても気にならない寧ろ付けていることによって完成する写真もある。
村田タマの場合も、コンタクトレンズと付け睫毛を付けた状態が被写体としての「村田タマ」なのであろう。
「こう見せたい」なのか「ここは見られても良い」なのか「ここを見て欲しい」なのか様々な解釈が成立するし、幼いようでも成熟しているようでもあり、見ていて良く解らなくなってくる。
嗚呼、人生不可解。
神保町画廊

_ 東京タワー Night view DJ(DJ:折井あゆみ 2016.1.15)

金曜夜に東京タワー大展望台一階で行われている Night view DJ を折あゆみが担当とのことで、仕事帰りに大門へ。

コンビニエンスストアで扱っていた割引入場券の廃止以来、窓口販売のみに成ってしまったため、団体の観光客などとぶつかるとエラいことになったりもするが、幸い空いていてすんなりと展望台へ。

電波塔としての役割を終え、観光施設として回して行く事を考えてか、往時の「おのぼりさん御用達」な雰囲気は影を潜め、どこへ行っても洒落乙になってきている。
エレベーターガールも国際色が増し、私が乗った時は中国語の名残のあるイントネーションの女性であった。

展望台に上がると、こちらも洒落乙感溢れる仕掛けになっており、プロジェクションマッピングやら満艦飾のLED照明やら。 我々のような下町を這いずっている人間には敷居の高さを感じるしつらえ。

大展望台一階のステージ前に行くと、既にリクエストカードや曲本などが設置されていた。
曲本には折井の写真が貼られており、リクエストカードの筆記見本には今週のお題も記載。
これまでは番組内での告知だったため、お題に沿った投稿が集まらないこともまま有ったが、そんな事も無くなっていた。

施設の性格上「通りすがりの観光客」が多く、客を運んでくるエレベーターの発着に連動して客の波が出来てしまい、雑踏の喧噪に翻弄されたり、そこに人が居る体で誰も居ない空間に向かって語り掛けたりしなければ成らない事態が起こることもままあるのだけれど、一年間レギュラーパーソナリティーとして勤め上げただけあって、折井は何があっても動じない。
傍から見ていてハラハラするような事は何かしら起こるのだけれど、音だけ聞いていたら恐らく分からないと思われる。

声だけで芝居をする仕事が増えた為か、声を張り過ぎる事が無くなり、強弱緩急は付けつつも聞き取り辛いところは無い。
曲を紹介する際の英語の発音がFM局的な滑らかさになっていた。

大展望台一階にあるカフェ・ラトゥールから一品頼むコーナー。
新メニューのソフトクリームに心惹かれてかひとしきり語りつつ、「食べると喋れなくなってしまうので」いつものホットミルク。 DJミズノ氏は「寒いので」とキャラメルラテ。
大展望台はなぜか上の方の窓が開いており、何時になく寒かった。

折井あゆみセレクションとして何曲か掛けたのだけれど、そのうちの一曲が星野みちるの「YOU LOVE ME」。
細かい説明はせず「十年来の友人」とのみ前置き。 いろいろダメな人だが歌だけは凄いと言う実に的を得た説明。

そろそろ終わる頃合いで今後の告知など。
ちょっと早いかな・・・とも思ったのだけれど、告知する出演情報がドラマから映画から吹き替えの仕事から多岐に亘り、丁度良く終わっていた。

Night view DJ には不定期乍ら今後も出演するようなので、足を運んで行きたい。


2016-01-09 伯林 [長年日記]

_ 中藤毅彦写真展 1999+2014

外苑前の交差点から西通りを南へ少し下った路地裏にある「ときの忘れもの」と言うギャラリー。
ここに来たのは2012年6月、ドアノーとブレッソンを見に来て以来。

看板1
入って右の壁に1999年に撮影したもの、左の壁に2014年に撮影したもの。 どちらもベルリン。
1999年に撮影したものの内、入り口寄りの二枚が当時プリントしたもので、残りはすべて最近のプリント。
被写体との向き合い方、切り取り方に大きな変化はないと思うのだけれど、街の空気なのか撮影者の心持ちなのか、2014年に撮ったものの方が何というか写真が重い。

1999年のベルリンは街も荒れており、曇天なのだけれど、荒れたなり、曇天なりの軽さと明るさがある。
翻って2014年のベルリンは綺麗に出来上がっているもののつるりとした捉えろのどころの無さが、晴れた空にも重さがあり、夜の闇は深い。

私は2014年のベルリンの夜に惹き付けられた。
聳え立つビルの背後の夜空の、黒より黒い黒。 黒と灰色の間の色の黒寄りの部分と、ビルの放つ輝きの対比の妙。
一枚でも写真として成立する強さを持ちつつ、対比させても、纏めて見てもより面白い。

年々厳しくなる印画紙事情の中、今作り得る最良のプリントが目指されており、全体を見てもそれとは判りにくいのだけれど、細部に目を凝らすと秘術を尽くして焼かれているのが判る。
入念に仕上げられていつつ、「これみよがし」なところが無いのも良い。

プリンタで出力する写真も長足の進歩を遂げてはいるが、銀塩には銀塩の素晴らしさが矢張り有った。


2015-12-20 裸体というドレス [長年日記]

_ 七菜乃写真展「裸体というドレス」

落ち着いて見たかったので、開場する時間に合わせて駿河台下の神保町画廊へ。

既に先客はおり、何やら語らいながらじっくり見ていた。
確かに考えさせれれるし、語りたくもなる。

小さめだが揃いの白い額に装丁されたプリントが25点、同じようにチェキを額装(昆虫標本のようになっている)ものが5点。
身長165cmの私の目の高さより若干低めに飾られており、平均身長に近い女子だと、丁度見やすそうな高さ。
額と額との間隔も含め、広くは無いスペースと見せたいものの数と見易さのバランスに腐心した跡が見られる。

裸体と言ってもさまざまな状態に在り、何も着ていなかったり、下着のみだったり、何も着ていないようでいてよくよく見るとそうではなく。
魂魄が肉体を纏い、更にその肉体が光であったり影であったり、水であったり空気であったり、はたまた衣服であったりを纏ったり纏わなかったりするさまが、写真と言う形で紙に描かれている。

桜色に上気していたり、寒さでか白くキュッと締まっていたり、水に濡れていたり乾いていたり。 撮った状況や被写体の状態によって、肌も表情を変える。
変わらないのは、手を触れたら吸い付きそうな、白く薄くしなやかな皮膚。
喜怒哀楽がはっきりとは表れない、如何様にも解釈できる顔貌。

「裸体というドレス」と言う概念が感覚的に解ってくる写真たちであった。


2015-12-13 濱野智史を骨までしゃぶって利用し尽くすべき [長年日記]

_ エコプロダクツ2015 PIP:Platonics Idol Platformトークショー

東京ビッグサイトで開かれている環境系見本市に濱野智史とPIPが出演すると言うので見に行ってきた。

イベントステージを見る分には入場者登録は不要と書かれていたが実際には必要で、そのあたりの手続きに手間取っている間にイベント開始時間を迎えてしまい、見られたのは途中から。

「日本のアイドルはエコロジーを超えた」なる濱野らしい煽りが付いており、

現代日本のアイドルは最先端のエコロジーモデル!? 自分たちの存在のみによって新たな価値を創造し、感動を与える日本のアイドル文化がサスティナブルな社会の実現にどう貢献できるのか、アイドルグループ「PIP」のプロデュースを手がける批評家・濱野智史氏と、PIPのメンバーによるトークショー。もちろんPIPのパフォーマンスもお届けします!

との事前告知はあったが、トークショー部分は事前の準備を碌にしていなかったらしく、薄っぺらな内容に終始。
「アイドルとエコロジー」について話す時間があることを予め伝えてあれば、また違った展開も出来たと思うが、メンバーは明らかに詳細を知らされないまま立っていて、ここ一年で培った舞台上での反射神経だけで乗り切っていた。
濱野の難点は喋らなくて良い事に関しては饒舌でありつつ、肝心な事を碌すっぽ説明しないところであり、それが厭な形でまた出た。
メンバーにしても裏方の大人にしても、一年余付き合ってその辺りは解っている筈であり、それを踏まえた上で利用するくらいの図太さは欲しい。
濱野の側からの説明や伝達が無ければ聞き出す努力はすべきだし、なんなら頭越しに先方の担当者を突付くくらいの事はしてもよい。

濱野とメンバーのこうした公の場での遣り取りの特質は、メンバーの無知や無定見を論って笑いの種にしない事。
頓珍漢な発言があっても「なんだそりゃ」と驚きつつ「まぁいいんだけど」「まぁそれが○○らしさなのであるが」と深入りせず流してしまって枝葉を追わない。
これは美点でもあり困った点でもあって、論って晒し者にしない代わりに発言を掘り下げてメンバーそれぞれの魅力を伝える事もしない。
全ては濱野の中で完結してしまってお仕舞い。

頭の良さには「切れる」良さと「強い」良さと二通り有るとは坪内祐三の言であるが、石川や小室や空井が「切れる」方だとしたら、瑞野はじっくり考えて答えを導き出す「強い」脳味噌。 正解は導き出せるが機転は利かない。
メンバーの特質を理解し、美点を引き出そうとする気があれば、事前に考えるヒントくらいは与えておいて然るべきだったと思う。

「アイドル=エコ」である具体例としてPIP発足当時の理念や会議室時代の創意工夫が示されたが、一般層には目新しく映るかもしれないあれこれも長く見続けてきた客には既に破綻したものでしかなく、そこからどう展開していくかについての提案が無いまま終わったのは実に残念であった。
メンバーとの衣装も靴もそろそろボロボロであることに関する遣り取りも、「次の曲が決まらないと」とお茶を濁してお仕舞い。

PIPの強みは、濱野がプロデュースをしていることによって出演依頼が来たり、捻じ込めたりしているイベントが有る事であって、「客層が被ってパイの食い合いになるような対バンライブしか出る場所が無い為、それ以外の層に売り込む手段が無い」事による苦労は無くならないまでも或る程度軽減されている。
出したCDがそれなりに売れたとは言え、こうしたイベントに出られるのはプロデューサーとしての濱野あってこそなので、 完全に興味を失い、やる気を無くして「灰さやうなら」と手を引いてしまう前に、メンバーも裏方の大人も濱野智史を骨までしゃぶって利用し尽くすべきだと私は思う。

濱野が筆禍舌禍の人であることはPIP始動以前から判り切っていた訳で、最近の言動を問題にしての濱野不要論には、私は与しない。
濱野は感情を害するような言葉を意識的に(また無意識的に)発する事に無頓着で、それによって発生したしこりが意思の疎通を妨げることを意に介さないというか、避けられないリスクだと思っている節がある。
脱退や分派が相次いだ原因は其処に有るのだけれど、理解されない・伝わらない諦観の中に在るので、受け手が解釈して行かないと話が始まらないし始まっても続かない。

好悪と良否の別が付けられない向きが濱野のやった事・やろうとした事を全否定する勢いで腐しているのを目にすることがあるが、対象が人間ではなく感情を損なうことの無い実務的な部分であったり、対話を必要としない濱野自身の工夫で改善できる部分などを出来上がった状態で他者に移管できたところなどは、新しい試みであっても成り立っているものはある。

・発想は良く、手段を誤まらず、成果を得られたもの。
・発想は良かったが、手段を誤り、成果を得られなかったもの。
・発想から間違っており、手段も誤まった為にさんざんだったもの。

この辺りの検証と切り分けは必要になるが、濱野の描いたアイドル像が完全に間違っていた訳ではなく、やり方次第でまだどうにかなると私は考える。
濱野本人が飽きてしまった今、メンバーと残った裏方で何とか立て直していただきたい。

後半はミニライブ。
これまでワイヤレス(とダミーの)マイクでしかやったことが無い連中が生きた5本のワイヤードマイクを渡されて四苦八苦。
絡まぬようにフォーメーションの切り替わりでマイク受け渡しなんて小技を知る由も無く、哀れ舞台中央には絡み合ったケーブルの山が出来てしまった。
音響屋には災難だが、これは致し方ない。

アイドル目当てで来ている方が寧ろ少ない現場では、客の振舞いも場に即したものが求められる訳であるが、

・慎む(アイドル目当てではない民間人に同化した便衣隊)
・弁える(アイドルが来ていると言うので見に来た民間人に擬態して手拍子程度に留めるノンセクトラジカル)
・推し量る(周りが静かなので声援は控えめにして光る棒を振る穏健派)
・我を張る(やりたいことをやる突撃隊)

が存在し、比較的静かな見本市会場に突撃隊系の客の奇声が響き渡る愁嘆場。

濱野は自前のイベントでは可能な限り統制をしない方針を貫いており、それは自前イベントに於いては間違っていなかったと思うが、呼ばれて出演した外部のイベントでは、それなりの配慮をすべきだったと思う。
現状でPIP客の情報源はほぼインターネットであり、SNSで発信する情報で客の凡そには伝えることが出来るので現場ごとにどこまで可能であるか・何が不可能であるかについての情報は共有され、統制することなく一定の秩序を保つことは可能である(これはCDのリリースイベントでも実証されている)
それをしなかった場合どうなるかというのが、今回のイベントの惨状であり、こちらも今後に生かしていただきたい。

_ 2015年12月 PIP定期公演(空井生誕)

小室と瑞野が学校、濱野が体調不良でお休み。 山下が珍しく出演。
実質、歌って踊れるのが石川・空井・福田の3人だけ。
定期公演ではあるがイレギュラーな日程なのでバラエティー番組部分も無し、と言うことは司会の石橋もいない訳で、全て自分たちだけでやらなければならない。

ライブ以外の部分はそれなりに練られており、トータライザーを使った「ぶっちゃけトーク」的なものや年末の定期公演内でやる「PIP紅白」の前振りなどで間を持たせ、ライブはライブで何とか形にはしていた。
三人半しか居ない状態で公演を公演として成立させられたのは褒めて然るべきであるが、それは内向きの話であり、対外的な訴求力に成り得るかと言うとなかなか難しい。
これだけの損耗率にあって組織的な抵抗が出来ているのは驚嘆すべきかも知れないが、反転攻勢に出る余力までは持ち得ていないし、年末を以って福田も辞めてしまうとなると現状維持すら厳しい。

空井の生誕コーナーでは、間繋ぎの意味合いも有ってか出演メンバーを含めてお祝いビデオレターが流されたが、CD選抜組以外は休業中の豊栄と永瀬、開店休業中の山下のみで派生ユニットに行った森崎と工藤からのものは無く、正式な告知はないものの袂を分かったものと思われる。

エコプロダクトの件も含めて色々書き連ねたが、そんな事は百も承知で且つそれ以上の懊悩を抱えつつやっているアイドル稼業だとも思う。
年内に何かしらの打開策が提示されることを願いつつ、年末の定期公演を待ちたい。


2015-12-06 午後から駿河台下 [長年日記]

_ 村田兼一写真展「木枯らしの少女」

午後から駿河台下の神保町画廊へ。
村田兼一による、服を着ていたり着ていなかったり、一部だけ着ていたり一部だけ着ていなかったりする少女を、撮影場所から大道具小道具衣装メイクに至るまできっちり作り込んで撮ったポートレート展。

撮られているモデルも様々なのだけれど、共通点は無いようで有る。 総じて皮膚が薄い。
脱いだ脱がせたではなく、一部だけ着ている(または「一部だけ着ていない」)、それがその場では自然な状態であるように見える。 現実感のある非現実。

被写体の周囲に配されたあれこれには相応の寓意が込められていると思うのだけれど、残念ながら浅学な私には読み説けなかった。

私が行ったときが特別だったのかも知れないが、客層は男性に大きく偏っており、ポートフォリオのページを熱心に繰っているのに気負されつつ、写真集を一冊購入して退散。
美しい物を美しく撮っており寧ろ女子向けなのではないかと私は思うのだけれど、

写真集を購入して退散。 過去の写真展のモノも合わせてフライヤーを入れていただいたのだけれど、フライヤーそのものの出来も良い。


2015-11-22 何を信じろと言うのか [長年日記]

_ PIP定期公演第二章 #14 PIP月イチ定期公演2015年11月

入場待ちの整列が始まる頃はつ離れしないのではないかとすら思われたが、蓋を開けてみれば椅子席が埋まる程度には入っていた。
これが PIP:platonics idol platform の現状なのであろう。
今月は福田が体調不良でお休み。CDリリース前後に有耶無耶になってしまった派生ユニット兼任組や休業時の話では復帰している筈の豊栄、開店休業の山下については出る出ないの告知すら無い。
遡れば北川もそうなのであるが。

CD選抜組から福田を抜いた五人で前半のバラエティ番組から。
メンバーに自室の写真を撮らせた物を送って貰っておいて、それを上げたり下げたりする「お部屋拝見」。
経済デザイン学科なるものを優秀な成績で卒業したにも関わらず私服のセンスは壊滅的な空井美友の為に、メンバーがいろいろ持ち寄ったものを着せてなんとかするコーナーの二題。

転がす方も転がされる方もきっちり仕事をしており、金の取れる一時間。
すっかり無料が売りになってしまっている定期公演ではあるが、そろそろ中身についても語るべきだと私は思う。

少々インターバルがあって、後半のライブコーナーへ。
開演前の影アナで毎度「盛り上がる準備は出来ていますか?」と問われるのだけれど、開演してから提供される物次第で客の反応なんざ幾らでも変わる訳で、厭な予定調和だと思う。

アキハバラブ
暗転からの一曲目。 「またモモーイの一丁噛みかよ!」と身の回りの Perfume 客がゲンナリしていたのが今となっては懐かしく思い起こされるが、AKB48関連の曲がオリジナル以外の持ち歌の大半を占める中では面白い選曲だと思う。

ステージ上手壁面にストロボライト。
専任の証明担当も凝った機材も置けない中で、なんとかそれらしく見せようと言う箱側の創意工夫。

僕を信じて(空井美友ver.)
誘惑のハートビート


ライブになったら客が増えていた。

ユニットコーナーの着替え待ちでフリートーク。
次の生誕は空井だと言う話など。 工藤はもう居ない。

向日葵
時間が掛かったので何を遣るのかと思ったらこの曲。
五人の曲を二人で遣れば粗も目立つし貧相にも見える。
会議室時代から遣ってきた曲では有るが、慣れているが練れてはいないし季節感も無い。

応用力や対応力はあるが、悲しいかな発想力が無い。
現場の兵卒や下士官としては優秀でも、将校の器ではなく、プロデューサーとしての視点に欠ける恨みがある。

そばかすのキス
こちらも群舞だから華やかに見えていた振り付けを縮小して五人で遣っているので舞台が淋しい。
やりくり上手ではあるけれど、新鮮味が無い。
来れば来たでそれなりに楽しくは有るのだけれど、閉じてた輪の中に居る息苦しさは否定できない。

石川野乃花の皮膚の収縮が痩せるスピードに追いついたようで、若干荒れてはいるがハリは出てきた。

明日は明日の君が生まれる
借り物ではあるが、漸く新曲。
中西パートを小室、秋元パートを石川、宮澤パートを濱野。
生で歌う前提で作られておらず、リリースイベントの際に歌の上手い中西でさえ口パクだった曰く付きの曲を持ってきたので驚いた。
後半は矢張り苦しいののだけれど、それなりに聴けるものにはなっていた。

十二月の告知。
体調不良で休演することになっていた福田蘭奈が到着したとのことで呼び込まれたと思ったら、十二月の定期公演を以て辞めるとのこと。
福田も草創期から中核メンバーとして PIP:Platonics Idol Platform を背負ってきた訳であり、高校進学に当たっては芸能活動を出来る所へ移るなど、覚悟を決めた活動はしてきたと思う。
アイドルとしての未来を提示してやれなかった濱野智史にも、責任の一端はある。

僕を信じて
で一旦〆。 何を信じろと言うのか。

一旦捌けてアンコール待ちの暗転。 客の心も暗転したまま与太話をするものも無く、黙りこくったまま時間だけが過ぎていく中、そろそろマズいかなぁと思った頃合いで漸くアンコール。

RUN RUN RUN
PIP Move On!

メンバーも空元気を出して歌い踊っていたが、なんともやりきれない気分を引きずって終演。

見るべき物はあり、それなりに楽しく過ごせはするのだけれど、どんよりした気分は其処此処に。


2015-11-15 週末纏め更新 [長年日記]

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 20号

内田真礼
屋内で撮ったカットを中心に7ページ8カット、撮影は長野博文。
当たり障りのない声優グラビアではあるが、巻頭になると言う事は需要もあるのだろう。

武田玲奈
巻末乍ら8ページ18カット、撮影はTakeo Dec.
制服っぽい服と水着。
目以外は生きた表情。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 21・22号

柏木由紀
巻7ページ13カット、巻末7ページ17カット、撮影はTakeo Dec.
付録で過去撮影分から7ページ7カット掲載したミニ写真集が付く。

AKB48のメンバーが健康そうに写ることもあまりないのだけれど、それにしても酷い。
魔法を掛けてなんとかしている部分があるだけに、どうにもならなかった部分との落差が激しい。
粗が目に付く分、それを隠そうとするポーズになり、表情は曇り、仕草はお留守になる。
柏木由紀は幸せなのだろうか。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 23号

能年玲奈
巻頭7ページ12カット、撮影は桑島智輝。 巻末4ページ7カット、白幡敦弘。
巻頭はカメラの前に素で立てており、柔らかい表情が切り取れているが、巻末は広告連動のコスプレ写真。 面白味は無い。

石川恋
巻末4ページ10カット、撮影はHIROKAZU。
広告タイアップでページを食われて詰め込まれてしまった感はあるが、、見せ方を心得た水着グラビア。
紙幅は少ない乍ら衣装の点数は多く、力が入っていない訳ではない事は見て取れる。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 24号

松本愛
巻頭7ページ14カット見開き1箇所、巻末5ページ7カット。 撮影はHIROKAZU。
2015 10号の新人発掘企画のグランプリと言う事でぶち抜き。 最近のヤングジャンプとしては珍しい水着で押すリビドー刺激系水着グラビア。
水着を着た松本愛をより良く見せる事には成功している。

天木じゅん
こちらも肉感で押す巻中3ページ6カット。 撮影はTakeo Dec.。
畳敷きの和室に布団を延べて、はだけた浴衣から覗く肌と言う趣向ながら、じめじめした四畳半グラビアになっていないのは良い。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 25号

武田玲奈
7ページ22カット、撮影はTakeo Dec.。
何を着ていても表情はこなれてきつつあるが、それは紋切り型の表情になりがちと言う陥穽でもある。
より撮られ慣れて行くうちに変わって行くであろう。

梅本静香
巻中3ページ12カット、撮影は桑島智輝。
割り付けが詰め込まれていて些か窮屈ではあるが、服を着ていても水着になっても表情に揺らぎが無いのは流石。
カメラと向き合おうとしすぎる息苦しさは無きにしも非ずだが、綺麗に撮れている。

御伽ねこむ
巻末5ページ8カット、撮影は桑島智輝。
コスプレ方面の人特有の構えないとカメラの前に立てない被写体としての煩わしさは感じられるが、桑島智輝が隙を見てそうではない部分を掠め撮っている。
そう言った意味に於いては桑島智輝に撮らせた意味はあったと思うが、被写体の側がそのような撮られ方をすされる意味を解らずに終わったような隔靴掻痒感。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 26号

指原莉乃
7ページ11カット、撮影は桑島智輝。
こうして色々書いているのは個人的備忘録としての意味合いもあり、棄てるか残すか判断する為でもあるのだけれど、間違いなく取って置く一冊。 上半期でも出色。
どうすれば無い色気を有るように見せるかについて、撮る側撮られる側編集する側の三者の相互理解と了解があり、腰から尻に掛けての曲線と ennui な表情を見せることに特化。 悪戯っぽい表情も挟み込んではいるが、色気で押す構成。
この辺りの美人局的な示し合わせが楽しい。 見る側がどこまで真に受けるかはともかくとして、美しく撮れている。
今後も上手いこと騙して欲しい。

松岡菜摘
巻末5ページ8カット、撮影は佐藤裕之。
表情は割と単調でポーズもぎこちないのだけれど、綺麗に見える角度の広い顔でどこから切り取っても絵になる。
腰から下の量感を厭味にならぬ程度に生かして撮った2ページ目が秀逸。

石川恋
巻中3ページ3カット、撮影はHIROKAZU。
水着映えする体型、体型に合った水着、それを映える写真に残せるカメラマン。
上手く噛み合った良い仕事。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 27号

島崎遥香
7ページ10カット、撮影は川島小鳥。
やって意味のある仕事を振ればそれに見合った結果を出す島崎遥香。
表紙こそ甘口だが、グラビア本編はピリリと辛く。
そう長くは確保できないであろう撮影時間の中、近郊ながらロケを敢行。 衣装の点数も多く、衣装ごとに髪のあしらいもメイクも変えてある。 それに応えてページを繰るごとに多彩な表情を見せる島崎。
色々言われることも多いが、私には仕事の重要度によって適確に力の入れ具合を変えているに過ぎないように感じられる。
この号も棄てられない一冊。

川本紗矢
4ページ7カット、撮影は小池伸一郎。
背景の描き出す線を生かした小池伸一郎らしい絵作り。
表情は紋切り型乍ら、絵を構成するパーツの一つとしての収まりは良く、ハズレカットは無い。

佐々木優佳里
6ページ9カット、撮影はTakeo Dec.。
グラビア映えする体型ではあるが、カメラの前に立つ機会が少ない所為か今一つ表情が冴えない。
元々が一寸困ったような顔立ちであることも災いして、借金のカタに撮られたような陰惨さが漂う。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 28号

齋藤飛鳥
巻頭7ページ14カット、巻末6ページ13カット、撮影は細居幸次郎。
天候運良く、曇天に恵まれている。
屋内でも屋外でも細居幸次郎の色は出ているのだけれど、それでもやはり屋内で撮ったカットが頭抜けて良い。
喜怒哀楽のどれにも当てはまらず、どれでもあるようにも解釈できる表情が出せるのが齋藤飛鳥の特質だと私は思うのだけれど、弾ける様な笑顔も撮っておいて並べて提示することによって、その魅力が最大限に引き出されている。
眼福。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 29号

御伽ねこむ
7ページ17カット、撮影は桑島智輝。
顔を囲うような髪型であり、可愛らしく見える角度も狭く、決めポーズと決め顔しか撮らせたがらない被写体を相手にして、苦労したようにも見せずに巻頭グラビア一本撮り切る桑島智輝に驚く。
最後のページなどは実に上手く落とし込んでいる。

馬場ふみか
巻末5ページ8カット、撮影は中山雅文。
レタッチの妙なのかもしれないが、中山雅文の撮影でありつつ湿度低め。
他誌だとグラマラスな肢体を前面に出したグラビアになることが多いが、水着の上に一枚着せたり、寄って撮ったりして、体型より表情に目の行く写真。
表情の切り取り方に試行錯誤が足りないようにも思えるが、その辺りは事務所側の縛りの強さかもしれない雰囲気もあり、何とも言い難い。
煮え切らない部分はあるけれども、少なくとも及第点以上である事は間違いない。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 30号

武田玲奈
巻頭7ページ6カット、見開き1箇所。 撮影はTakeo Dec.。
日差しの強い水辺・浜辺と言う悪条件の中、光を背負わせたりして上手く撮っている。
武田玲奈が比較的光に強いと言うのも有るかも知れない。
よくよく見ると例によって目は死んでいるのだけれど、あまり気にならないのは撮られ慣れつつ紋切り型の表情になる罠から逃れられているからだと思われる。

巻末6ページ27カット、見開きでコラージュ。
こちらも寄って撮ると、特に斜めからだとカラーコンタクトの弊害が出てしまうのだけれど、前述の通り以前程は気にならない。

短い期間に頻繁に登場し、それなりに紙幅も割かれているのも頷ける逸材である事は間違いないのだけれど、この先演技方面に仕事の幅を拡げようとした時、カラーコンタクトが邪魔をするのではなかろうか。


2015-11-10 元の濁りの 濱野恋しき [長年日記]

_ tokyo torico(11/10)

ANNA☆S(19:00〜19:29)
そう言う構成になったのか、オープニング無しでANNA☆Sの番組から。
馴染みの客が少なかったようで戸惑っていたが、番組としての進行は慣れたもので恙無く。
押上と言うそれなりに便利ではありつつ何処からも遠いと言う微妙な立地もあってか、番組としての完成度と満足感に比して客足は鈍いのだけれど、生ものとしての良さが逆に伝わりにくさにもなっているのかもしれない。
難易度の高いことをサラリと事も無げにやってのけるので凄さが伝わり難い恨みはあれど、そんなことは判らずとも楽しめる親しみやすさもある。
没入して観ざるを得ないので傍から見ていて楽しそうには見えないかもしれないが、私としては実に愉しい。
実に良く出来ている。

東京Cute Cute(19:30〜19:59)
司会の石橋哲也の分を含めてワイヤレスが7本生きていることに驚く。
大喜利で回答が尽きてしまったりでバラエティ対応はまだまだと言うか、その場で自分に求められている仕事は何かと言うところからして判っていないようであったり、ライブコーナーでは生歌感が希薄だったり、振り付けが器械体操の域を出ていなかったりしたが、動ける身体は出来上がっていて、体脂肪率が総じて低いのが面白い。
さて、化けるか化けないか。

カタモミ女子(20:00〜20:29)
転がしなれている石橋哲也と転がされなれているカタモミ女子。
仕込んだ小道具が機能したりしなかったりでバタバタした場面もあったが、潔く切り捨てて次に行く石橋が好判断。
その分引っ張れるところは引っ張る訳なのだけれど、くどくならないのも良い。

PIP:Platonics Idol Platform(20:30〜20:59)
転がされなれているのを通り越して、殺るか殺られるかの微妙な緊張感すら漂うPIP:Platonics Idol Platform。
石川と瑞野抜きの4人なのだけれど、その時その場所で何が求められているのか理解出来ているので話は自然に転がって行き、石橋は廻りすぎる話を整理するような役回り。
濱野がボケたり突っ込んだり良い仕事。 座ったまま口を開かずに30分経っていたような頃を考えると、良くここまで喋れるようになったと思う。

PIP:Platonics Idol Platformは今回から物販レギュレーションが変わり、物販時は撮影禁止に。
「物販終了後に撮影タイムを設けます」との事で、いつもはとっとと帰るところを最後まで残ってどうなるか見ていたが、撮影タイムと言っても囲みで数十秒。
あーそうですか、と言う感じであった。 客が明らかに減っていても質は落とすと言う。 濱野がサービスしすぎだったと言うことか。

元の濁りの 濱野恋しき。

_ 撮れりゃ良いってものではないのである

仄聞するところによると「公平性を期すために物販時は撮影禁止とし、別途撮影タイムを設ける」とのことであるが、そもそも何が不公平なのか、別途撮影タイムを設けると何が公平になるのか、全く理解出来ない。
IMGP0236_m
IMGP0236_m posted by (C)2petri2

囲み撮影になってやる気が失せたのでピントが甘々なのであるが、一応載せるだけ載せておく。
IMGP0242_m
IMGP0242_m posted by (C)2petri2
私はその日その時その場所で撮った事に意味のある写真を撮りたい。
こんな詰まらない、紋切り型のニコパチを撮りたくてカメラ担いで現場に行っているのではない。
※小室さんはまったく悪くないので念の為。
最短撮影距離90cmで3枚玉のペトリ55mm/f2.8をペトリ絡みのオフ会で付けたままにしていたのを忘れていてピントで泣く羽目にもなり、踏んだり蹴ったりで帰宅。


2015-11-08 乃木坂のenfant terrible [長年日記]

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 11号

ゲンセキ10(佐藤美希、松本愛、寺田御子、大貫彩香、朝比奈彩、大澤玲美、谷口愛理、柳いろは、小林麗菜、片山萌美)
巻頭巻末ぶち抜きで15ページ34カット、見開き1箇所

グラビア本編の撮影はTakeo Dec.、その他は後藤倫人と藪下剛士。
流れ作業の顔見世グラビアではあるが、上手く売り物になる写真に仕立てている。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 12号

雨宮天
8ページ12カット、見開き1箇所。 撮影は細居幸次郎。
踏み込んで撮らない典型的声優グラビアでありつつ、所々切り込んだカットを織り交ぜてある。
7ページ目、縦に三枚並べたカットが良い。

椎名ひかり
5ページ9カット、撮影は桑島智輝。
見せたい自分しか出したがらない被写体の意に添うような撮り方をしつつ、そうでもなさそうな物も撮っている。
5ページ目から漂う仄かな悪意のようなものに唸る。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 13号

武田玲奈
7ページ11カット、撮影はTakeo Dec.
カラーコンタクトの功罪について考えさせられる。
寒空の屋外で撮った水着以外は生きている表情ながら、目が死んでいる。
アップになるとこれが顕著で、6ページ目などは正視に堪えない。
素材は良いだけにカメラマンの腕ではどうにもならない部分で残念な出来。

山地まり
5ページ10カット、撮影は橋本雅司。
眩しそうになっていないカットでは柔らかい表情も見せているが、そうでないカットは布面積少な目な事もあって陰惨な印象。
後半2ページは良い。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 14号

西野七瀬
7ページ9カット、見開き1箇所。 撮影はTakeo Dec.
過去五回の掲載分からのミニフォトブック付き(こちらはHIROKAZU、大江麻貴、Takeo Dec.)。
boyish、formal、stylish、dressyの4パターンを着こなし撮られ分ける西野七瀬と、撮り分けるTakeo Dec.
寄って撮ってピント薄めの6ページ目が良い。

伊藤万理華
5ページ8カット、撮影はHIROKAZU。
衒いが有るようで無く、見る者を(もしかしたら撮る者も)翻弄する enfant terrible。
4ページ目、見透かすような横顔が良い。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 15号

有村架純
巻頭は京王沿線、巻末はハワイ。 合わせて16ページ27カット、撮影は大江麻貴。例によってハイキーで飛ばし気味、撮影時期が離れていなかったとしても、ハワイと西東京で似たような色にしてしまうセンスが良く分からない。 表情は柔らかく切り取れているが、季節感が薄い。
素では無いが臆することなくカメラの前に立てる有村架純に助けられており、1ページ目6ページ目などは良く撮れている。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 16号

向井地美音
7ページ10カット、撮影は西田幸樹。
7ページ目の変態的ライティングに唸る。 影の出方がどうかしている。
子役上がりで物怖じしない被写体で、仕草の芝居も細かい。 この辺りは大島優子にも通ずる食えない部分なのだけれど、大島のような盛り込みすぎるヤニっこさは無く、程が良い。
それが食い足りなくもあるのだけれど、モデルとして良い仕事はしている。

佐藤麗奈
5ページ14カット、撮影は宮坂浩見。
宮坂浩見なので全く期待していなかったが、意外に悪くない出来。
佐藤麗奈は表情に階調が乏しく、笑顔と真顔以外の違いは口の開き方くらいなのであるが、切り取る角度を変えて変化を付けており、ハズレカットは無い。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 17号

山本彩
7ページ10カット、撮影は門嶋淳矢。
タイガースモチーフの衣装と大道具小道具を揃えつつ、面倒臭い諸々は回避しているところに先ず唸る。
原色の生かし方の上手い門嶋淳矢と、どんな衣装でも自分なりに着こなしてしまう山本彩が凝りに凝った道具立てを生かして、阪神の「は」の字も出さずにそうとしか見えない物に仕上げている。
隙が無さ過ぎるのが瑕と言えば瑕だが、撮られる仕事としては完璧に近い。

益田恵梨菜
5ページ11カット、撮影はTakeo Dec.
撮られ慣れていない被写体を動かして、考えさせずに撮ったお手本のようなグラビア。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 18号

宮脇咲良
12ページ23カット見開き1箇所、インタビュー4ページ19カット。 撮影は桑島智輝。
前半はスタジオに桜の木(人工的なものではあるが)を立ててかっちりと。 後半は古汚い民家でごろごろと。 自分なりの決め顔しかしない時期も有ったが、カメラの前に気負い無く立てるようになって表情にも仕草にも幅と厚みが出た。
前半のかっちりした部分でも求められる仕事をしているが、肉まんを頬張るインタビュー部分も含め、後半のごろごろした部分での素に近い表情が新機軸。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 19号

乃木坂46アンダーメンバー
表紙と裏表紙、巻頭巻中巻末、おまけフォトブックまで含めると33ページ使用。
巻頭は集合で3ページ、部活動モチーフで数ページずつ。 一人一人の顔写真とプロフィールはミニフォトブックに。 撮影は細居幸次郎。

科学部(伊藤かりん、能條愛未、和田まあや)
2ページ7カット。
バドミントン部(渡辺みり愛、北野日奈子、新内眞衣)
2ページ8カット。
漫画部(佐々木琴子、斎藤ちはる、寺田蘭世)
2ページ6カット。

巻中も集合で1ページ、部活動モチーフ。
吹奏楽部(鈴木絢音、樋口日奈、井上小百合、永島聖羅)
3ページ7カット。

巻末は中元日芽香が写真部として狂言廻し。

写真部(中元日芽香)
1ページ2カット、その他カメラを持って写り込み。
ダンス部(川村真洋、中田花奈、川後陽菜)
2ページ7カット。
かるた部(伊藤純奈、斎藤優里、山崎怜奈)
2ページ7カット。

青年漫画誌の限られた紙幅でも突き詰めれば此処まで出来ると言う見本、素晴らしい出来。
学校と言う設定と狂言回しの中元日芽香が効いていて、伸び伸びと柔らかい表情で撮られている。
高校の写真部でライカのM9を持っていると言うのもなかなか無いとは思うが、ストラップを可愛らしくしてそれらしく。
カメラを構える中元日芽香を画面に入れる事で被写体がこちらを向いていないことにも辻褄が合い、目線が来ていないどころかこちらすら向いていないカットを入れる事で見る側が画面内に入りやすくなる。 女子高の賑やかな雰囲気が卒業アルバムのページを繰るように仄かに甘く香り立つ。
アイドル専門誌でも、此処までしっかり作りこまれたグラビアは滅多に見られない。 眼福。


2015-11-07 驚きの堀未央奈 [長年日記]

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 47号

牧野真莉愛
7ページ24カット、撮影は長野博文。
連載されている漫画に絡めて「野球っぽい」グラビア。
全般的に可も不可もなく、当たり障りのない写真で構成。
決め手になるものが無く、悪くはないが取り立てて良いところもない写真を細切れに並べて詰め込んであるので些か窮屈。
1ページ目や7ページ目のような紋切り型の撮られ方だと映えるのだけれど、如何せん表情の種類が少なく、階調も乏しい。

佐藤麗奈
5ページ16カット、撮影は細居幸次郎。
良く撮れているカットもあるが写真の取捨選択と割り付けが悪く、編集者の(もしくは事務所の)審美眼の無さに殺されてしまっている。
9コマ詰め込んである2ページ目右上のカットや4ページ目左下など、良いカットは小さく使われており勿体ない。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 48号

白石麻衣
7ページ16カット、見開き1箇所。 撮影は佐藤裕之。
身体の線と肌を服を着せたまま描き出す事に腐心。 制約が多い方がアガリが良いことはまま有るが、その点で安易に水着に剥かれる事の無い乃木坂46は恵まれていると言えるかもしれない。
屋内での光の廻し方は流石。 2~3ページ目の見開きでは、大きく写真を見せつつ、鏤めた小さめの写真で前後の状況を理解させる事によって物語を紡ぎ出している。
この手法は5ページ目でも見られるが、組写真として良く出来ている。

乃木坂アンダー(北野日奈子、寺田蘭世、中田花奈、中元日芽香、堀未央奈)
6ページ22カット、撮影はTakeo Dec.
見開きを2箇所使っており、2~3ページ目の浜辺で撮った組写真が秀逸。 3ページ目の堀未央奈。 一寸アウトフォーカス気味ではあるのだけれど、このカットはこれで良い。
堀未央奈は最終ページでも実に良い表情を見せており、他の四人が悪い訳では無いのだけれど、目に籠もる意思の力が頭抜けて強い。

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 49号

齋藤飛鳥
曇天に恵まれた6ページ13カット、撮影は細居幸次郎。
少々暗めなのでピントも薄め。 最後のカットなどはアウトフォーカス気味だが、その日その時その場所の齋藤飛鳥は撮れている。
意識だけがカメラに向いているカットや、撮られている事は了解しつつもカメラが意識の外にあるカットが多く、だからこそ拾えている表情も多い。
モデルの仕事が増えて撮られ慣れた事が良い方に作用している。

星野みなみ
5ページ13カット、撮影はTakeo Dec.
小道具も衣装もロケーションも凝ってストーリー仕立てにはなっているが 、些か詰め込みすぎて物語として成立していない。
表情の階調も乏しいが、可愛らしく撮れてはいる。

_ 驚きの堀未央奈

齋藤飛鳥には期待しており、期待以上のものは出てきたのだけれど、その上を行ったのが堀未央奈だった。
カメラに向かって素で立てており、巧まずして目を惹く。


2015-11-01 裏を返して馴染みになる [長年日記]

_ Love to Eros展 再訪(10/30)

間に合う時間にトークショーをやるとの事で、仕事をやっつけて再訪。
被写体であったり撮る側であったり、場内の女子率が高いので様々な「女の匂い」が鼻腔を擽るのだけれど、それが写真の中とリンクしているようでもあり、ないようでもあり、なんとも不思議な空気が漂っている。

こまごまとトークショー内容を書くのは野暮と言うものであり、メモも採っていないので詳述は避けるが、有末剛のこの道に入る切っ掛けの話は実に面白かった。

今日から面子日替わりで毎日19:00からトークショーなと開催とのこと。
一杯引っかけながらエロっちいことを真面目にふざけて語り合う(私は聞くだけだが)と言うのもまた面白い。

クリエイションギャラリー日本橋箱崎で11/3迄。

_ Love to Eros展 再々訪(10/31)

ここでは毎日何かしら面白い事が起こっている。 日本橋の丸善に用事があったので帰りに寄ってみた。

今日の催しは「ケンタソーアダルトと 仲間たちの【おっぱい談議】」「一鬼のこ氏×北見えり 緊縛ライブシューティング」の二本立て。
女子率が低いというより野郎が佃煮にするくらい多く、3度目にして初めて「良い匂い」のしない会場。
おっぱい談義は馬鹿馬鹿しくも実用的な内容であり、講師が女性だったのでむさくるしさが軽減されていた。
緊縛ライブは撮っても良いと言う事だったので私も撮影。

煩悩が写真に出ないような撮り方なので、私が撮ってもぜんぜんエロくならない。

他の写真はこのへんに。


2015-10-28 敢えて描き出さない。 [長年日記]

_ Love to Eros展 [R18]

仕事帰りに箱崎へ。 Love to Eros展を観覧。
読んで字の如くな写真展なので18歳以下入場お断りになっている。

場内は初日から結構な入り。 オープニングパーティー的な盛り上がりではありつつ、客筋が良いのか乱痴気騒ぎにはなっていない。

概ね「明るいエロ」。
客も出品作も生命力に満ち溢れていて、そう言う物が苦手な私は場違い感に苛まれたりもするのだけれど、そんな中でも静かな、一寸引いたような写真もある。 直接的ではないエロが私の嗜好には合っているのは改めてわかった。
暗喩と仄めかし。 語らずして語る。 敢えて描き出さない。 そう言った写真。


人集りが出来過ぎて滞留してしまったりした際にはスタッフがやんわりと流したり、こうしたグループ展ではよくある「仲間内だけで盛り上がる事に疑問を感じない閉じたコミュニティ」の厭な感じがないのは良い。
良否ではなく好悪に属する部分での私との相性はあれど見るに堪えない低劣な作品はなく、こうした「明るいエロス」を好む向きにはお勧め出来る。

宴のあとのテーブルにネミロフのハニーペッパーがあったので、ちょいと引っ掛けつつ気になったところを見直す。
酔いが回ってくると、喧噪も気にならなくなり、写真に没入できる。
気になったものを幾つか。


一鬼のこ×七菜乃
細いが適度に皮下脂肪はあり、皮膚か薄くてしなやかなのが縛ることによって視覚的に理解できる。
撮り手によってガラリ印象が異なるのだけれど、芯は七菜乃で在り続ける。

北田智史
敢えて描き出さない、核心に迫らない3枚。

いずみ
ブラウスの釦と釦の間から覗く小宇宙。

有末剛
縛った写真より解いた写真。 肌に残る縄目の生々しさ。

ムーニーカネトシ
炬燵の中で絡み合う脚。 赤く照らし出されるソックスの埃と毛玉。

常盤響
悪い大人の明るい悪ふざけ。

jely
大人のようにも子供のようにも見えて、自信ありげにも不安そうにも見える。 そして様々に変化するそれぞれの姿は、確からしくも不確からしくも思える。
振り回されたい。

錦織智は展示作品より写真集の方が甘く切なく、より私好みであった。
全部揃えたい。


作品はすべて均一価格で販売。
A3 12000
A2 20000

出品作がそのまま収録されている訳ではないが、写真集も販売。
こちらは部数限定の売り切れ仕舞いとのこと。


半年前なら見に行こうと思わなかったであろうと思われる類の写真展であり、私向きかと言うとそうでもないのだけれど、それでも見ておいて良かったと思えた。


2015-10-25 吸い込むオーラ [長年日記]

_ 女体愛好家 七菜乃による七菜乃展

オーチャードホールの横合い、雑居ビルの5階にあるアツコ・バルーにて開催されている、女体愛好家の七菜乃が特殊モデルの七菜乃を撮った(割った話が「セルフポートレート」)写真展へ。
一寸遅いかなと思うくらいの時間に着いたが、開場は2時からとの事で少々早く、松涛を一回りしてから再訪。

受付で木戸銭を払い、靴を脱いで上がる。 木の床。
最初から或る程度の集客が見込めないと難しいとは思うが、この「五百円ワンドリンク付き」と言う敷居は頃合いであるように思われた。
ロハでないと来ない客層と言うのは中々タチの悪いものであって、木戸銭がドリンク代として担保されていれば心理的抵抗も少ない。

一と通り見終えてから喉を潤したが、ジントニックはビーフィーターをウィルキンソンのトニックウォーターで割ったもので、なかなか良心的。


作品はチェキで撮影したもので、丁度良い大きさのアクリル板に貼り、目の高さくらいの位置にズラリと並べて飾ってある。
何枚か組み合わせたコラージュ物も含め、通し番号で100以上。

全ての作品は購入可能。 但しチェキなので全て一点モノの売り切れ仕舞い。
一枚だと21000円だが、沢山買うと安くなるシステムとなっており、売れたものは通し番号の横に Sold out と書き込まれる。
見ている間にも何点か Sold out となっていた。


10秒のセルフタイマーを使って撮影しており、光を強く当ててコントラストを上げたり、柔らかく廻して下げたり、精緻にピントが合っているものもあれば、意図してアウトフォーカスにしたものもある。
逆光もあり順光もあり、しかし色乗りは飽くまで淡く、86×54mmの覗き穴の向こうに広がる異世界。

撮り方のみならず作品として仕上げる際の技法も様々。
シネカリ的に乳剤を削ったり、乳剤面のみを剥がしてアクリル板に挟んだり、インスタントカメラならではの不完全な現像を利用した表現もある。
写るようにも写らないようにも、硬くも柔らかくも出来て、撮った写真をその場で見て試行錯誤できるインスタントカメラの特性・チェキと言うカメラの可能性を引き出している。

何も着ていないことが、布を身につけていないということが、nudeということが
曝け出している(裸)ということでは全くなく、只、内臓があって骨があって脂肪があって
皮ふで覆っているだけのことであって、その自然の人間の持っている女体を
私はとても美しいと思っています。

何も着ていないと言う事が「曝け出している」と言うことではないとは七菜乃の言であるが、撮影時の気温や体温によっても、季節によって纏う衣服が異なるように肌の質感も装いを変える。
骨格標本との多重露光のものにも「ヌードは着衣のひとつ」が表れていた。


在廊していた七菜乃は、何と言うか負圧を感じて振り向くとそこに居るような「吸い込むオーラ」。
雄が覚醒するのか、観に来ていた爺さん連中がおやかってしまって見苦しかったのだけれど、本人を前にすると急に鎮まる。


奥ではプロジェクターでスライドショー。
大きな画面で見るとまた違った趣。


撮影用のスペースがあり、七菜乃在廊中なら女性は撮って貰う事も可能。
私が見ている間にも撮影が行われていたが、時間を掛けて語らいながら和やかに。
奥の一角に展示されていたが、人の撮り方撮られ方が解っているのでこちらも面白い写真だった。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

# シャイニングおじさん [ブログの内容とコメントが違いすいませんm(_ _)m 先日タワーのイベントに久しぶりに行きました。ペトリ堂さんもい..]


2015-10-18 落魄の美 [長年日記]

_ 週刊ヤングジャンプ 2015 46号

柏木由紀
表紙と巻頭グラビア8ページ22カット、見開き1箇所。 撮影はTANAKA。

廓噺を演る咄家は見ておいた方がいい。
文違いのお杉が、品川心中のお染が、藁人形のお熊が、鰍沢の月の戸がそこに居る。
脂っ気の無い髪、燻み弛んだ肌、疲れた作り笑顔。 カメラマン、メイク、スタイリスト、レタッチャーetc...が寄って集って糊塗しようとして糊塗しきれていない、柏木由紀一世一代の「落魄の美」。

基本的にカメラを前にした柏木は商売用の自分しか出さないのだけれど、繕い切れない綻び、住み替えを重ねた人生の疲れのようなものが、(恐らく本人の意図しない形で)滲み出ている。
柏木由紀のグラビアとしては、これまでで一番「柏木由紀」が出ているように思う。

山下エミリー
巻末グラビア5ページ8カット、撮影は小池伸一郎。
寄ったのと引いたのと、服を着たのと水着と、選ったカットを1ページで使つて売りになる部分をしっかり見せた上で、表情の変化を4カットで1ページに纏めてある。
カメラの前で見せる表情はまだ硬いが、無意識に表れる感情の移ろいを掬い取ったカットは味わい深く、化ける可能性は大いに感じられる。
文字情報は多いのだけれど、邪魔にならない配置。 写真とともに紙面を構成するものとして生きている。
文字か入るのであれば、ここまで突き詰めたグラビアが私は見たい。

_ 生誕100年 写真家・濱谷浩 ―もし写真に言葉があるとしたら

用賀からバスに揺られて砧公園の世田谷美術館へ。
生誕百年を迎えた濱谷浩の、最初期から1960年代くらいまでの前半生の作品を纏めて見せる写真展を観覧。

「モダン東京-1930年代・モダン都市東京の諸相」「雪国―新潟・豪雪地帯の人々とその暮らし」「裏日本―日本海側の風土、漁農村における生」「戦後昭和―終戦後の日本から、安保闘争をめぐる〈怒りと悲しみの記録〉まで」「学藝諸家―昭和を生きた文化人たちのポートレイト」と、展示スペースを5つに分けて展示。

展示は1930年代の東京を撮ったものから始まる。 年表によると桑原甲子雄からライカC型を譲り受けたのが1935年とのことで、鏡越しのセルフポートレートに写っているのがそれだと思われる。

桑原と比べると引いたり寄ったりしているカットが多い。
或る程度の人間関係を築かないと入れない、劇場の中や楽屋で撮ったカットが良い。
木村伊兵衛や桑原甲子雄のような掏摸でも、土門拳のようなかっぱらいでもなく、とりあへずは相手の了解を得た上で取る寸借詐欺のような写真。

替わって現在の新潟県上越市にある桑取谷の小正月の風俗を10年に渡って撮り続けた写真群から。
集落に完全に溶け込んではいないが、異物でもない。
コロイドとして漂いながら撮ったような客観的視点。 醒めた熱気のようなもの。

展示の境目は曖昧だが、日本海側で撮った連作へ。
撮影地でどちらに属するか判断しながら見る。
ペンタックスの一眼レフ(恐らくS2)に135mm/f3.5を付けた物とライカM3を併用して撮っていたようで、その取り合わせも面白い。
標準で寄って撮るにはレンジファインダーのライカ、精緻なピント合わせが必要な望遠は一眼レフと言う合理的選択。 ニコンではなくペンタックスと言うのも、なんとなく「らしく」思われる。

終戦の日のセルフポートレートと太陽を撮ったものから始まる「戦後昭和」。
戦後の風俗から60年安保へ。
60年安保と言う物についての見解は、同時代人として現場に在った濱谷と異なるのだけれど、権力に立ち向かい圧伏せしめられた者の怒りと悲しみは良く描き出されていると思う。
放水、衝突、女学生の死の3枚は胸に迫る。
写真でじっくり見せた後、濱谷の書いた文章が資料とともに。

今、私は昭和史の外にたって、これからの昭和史を見つめている、再び時代の渦にまきこまれないだけの自覚の強さが私には備わっている。
(「新潟日報夕刊「私の昭和史」、1965.2.19)


「学藝諸家」を最後に持って来て昂った感情を落ち着かせる趣向。
宴席での写真三態(荷風、安吾、谷崎)。
荷風が晩年の歯抜け写真と言うこともあるが、如何にももてそうな谷崎が小面憎い。

学藝諸家を撮った際の揮毫帖と併せて終戦の日の日記を展示。

戰爭ハ終リ
日本ハ敗レタリ
語ナシ
コノ日マコトニ晴天
雲悠々、寫眞機ヲトリテ
コノ太陽トコノ雲トヲ
ワケモワカラズ寫シテイタ
(後略)

展示の仕方には不満もあるが、纏まった量を見られるのは有り難い。

東京で撮った物には伊達と酔狂、日本海側や国会前で撮った物には意地と反骨と瘦我慢が詰まった、実に江戸前な写真だった。

_ 中藤毅彦ゼミ修了展「Gelatin Silver TOKYO」(後期)

展示作品が入れ替わったので足を運んでみた。
展示スペースと出展数との兼ね合いだとは思うが、ゲスト作家の作品を端に寄せ過ぎてしまっていたのは気になった。
このあたりはまぁ、仕方が無い事ではある。

飯田夏生実
粒子粗めだがしっとりした重めのプリント。
粒子が集まって絵が出来ており、三次元的な奥行きが感じられる。
ベレー帽の後ろ姿、夜のビニール傘の写真が良い。

良し悪しより好悪の部分で惹かれるので書き難いのだけれど、雨だったり曇りだったり、夕方だったり夜だったり、光が柔らかく廻る状況を選って撮っているので色合いに統一感がある。

橋本有夫
神田をテーマにした連作。
素直で丁寧なプリント。 黒が締まってしっかり出ている。
それにしても良い黒だと思ったら、印画紙はイルフォードが品切れでベルゲールを使った由。
かつては我々貧乏人には手の出し辛い高級印画紙だったベルゲールが、今や値上げ続きのイルフォードより安いとの事。
間が良過ぎる構図が多かったが、一寸外したものは面白かった。

ササガワヨウイチ
新宿で撮った連作。
4号くらいで硬く焼いて白く飛ばしたり黒く潰したりしたプリント。
最終的にどんな色合いにプリントするかを考えたネガを作っていないようで、丁度良い頃合いに出る部分がコントロールし切れていないのが気になった。
ネガがどうでもプリントでどうにかなると思っているのかもしれないけれど、ネガに記録されていない情報はどうやってもプリント出来ない。
先ずは良い(自分にとって)ネガを作るところから。
ネガが良ければ、もう少しプリントの折り合いも付け易かったであろうし、試し焼きで追い込む過程も短くて済む。
(ネガを見て類推できるなら別だが。)

ハイライトの飛んだザラついたネガにしたかったのであればそうなっていないのは失敗作であり、逆に意図しない形で白飛びしてしまったのであれば、それもまた失敗作である。
「こうしたい」と言う意思は通底しているように思えたが、そこに至る過程での技術を軽視しているのが気になった。

不思議なもので良いプリントを見ても「あぁ、良いなあ。」で済むところが、そうでないものを見てしまうと何故か気になってしまう。
五月蝿く思えた先達もこう言う思いだったのであろうか。


社会人向けの写真講座のグループ展をここのところ幾つか纏めて見ているのだけれど、講師に定見がきちんと有り、且つそれを押し付けずに考えさせているところの写真展では、面白いものに出会えている。
私は教わるより自分で試行錯誤するのが性に合っているので、こうした講座には興味が向かないが、私ほど臍や旋毛が曲がっていない向きには、写真人生の幅を拡げる良い機会になるのではないかと思う。


2015-10-12 写真に正解など無い [長年日記]

_ 中藤毅彦ゼミ修了展「Gelatin Silver TOKYO」(前期)

鉄砲洲の日本写真学院のギャラリーで開かれている写真展。 Facebookでお誘いがあったので足を運んでみた。

専門学校的なものかと思っていたのだけれど、平日の夜に開講している社会人向けの講座の終了展とのこと。
広くは無い会場に受講生の写真をより多く展示する為、前期・後期に分けて展示を入れ替えるようで、今回見られたのは半分だけ。

決まったフィルムで撮ったモノクロのネガを大四つにプリントしたものを額装。 題材も東京で撮ったストリートスナップと言う事もあって、統一感のある展示。
受講者にカメラ買わせるところから始めて銀塩で撮らせており、暗室作業も未だ数ヶ月と言う事で、必ずしもファインプリントと言う訳には行かないにしても、人前に出せるレベルには既に達している。
良くも悪くもケレン味の無いプリントで、飛ぶところは飛び、潰れるところは潰れているのだけれど、露光の過不足や現像処理の手抜きによる変色などは見られず、丁寧に焼かれている。
教える人の作風や好みも影響してか硬めのプリントが多かったが、東京のストリートスナップとしてはこれで良いのかもしれない。

受講生の作品の他、ゲスト作家として中藤毅彦、元田敬三、セイリー育緒が1点ずつ。
中藤の出展した作品は、95年の初個展に出したものをプリントし直した物。
受講生の素直なプリントの中にあって目を惹く「秘術を尽くした」プリント。 構図も焼きも厳しい。


中藤毅彦と元田敬三で講評などを交えつつトークショー。
写真に対する考えは異なっているものの、「どちらも正解ではない」と言うことが互いの了解としてあるので喧嘩にはならない。
そう、写真に正解など無いのである。

カメラが便利すぎると「撮ろうとして撮ったもの」と「撮れてしまったもの」が混じりがちで、「撮れてしまったもの」は見栄えは良いのでつい焼いてしまい、取捨選択する際に悩むと言う話や、24×36の所謂「ライカ判」の細長いフォーマットだと、縦で撮ったものと横で撮ったものとで印象が異なる話など、トークショーの中身は実に面白かった。
言葉で圧伏せしめようとするところが無く、写真に対する考えは語るがそれ以上に写真そのものでそれを表現しようとしている先達からは学ぶところが多い。

一点だけ出されていた後半の出展者の作品が私好みであったので、入れ替わった頃合いにまた足を運ぼうと思う。


2015-10-04 トンネルを抜けて [長年日記]

_ PIP: Platonics Idol Platform「僕を信じて」発売記念イベント(新星堂サンシャインシティアルタ店)

池袋サンシャインシティの新星堂も、以前は駅に近いスペイン階段を上がってすぐの所にあったのあったのだけれど、商業スペース奥の奥に移転。
迷いつつも開演15分前くらいに現地着。 この時点でつばなれしていないどころかこの先つばなれする気配すらなく、予約済み者の優先入場が始まっても人が増えずに厭な汗が出たが、優先入場が終わった頃合いで客が入り始めて、なんだかんだで50人から入っていた。
店内にも近隣店舗にも時間潰しを出来るところが無く、開演する頃合いを見計らって現場に来た向きが多かったようだ。

ライブは「僕を信じて」「選ばれたから」「きっとぐっとサマーデイズ」「PIP Move On!」の4曲。
曲出しが遅かったり、エコーが強すぎたりしたくらいで、スタッフの仕事には特に問題なく。

危惧されていた「奇声を発しないと死んじゃう系の客」は、口に手で蓋をしてミュートを掛けた上で何やら叫ぶと言う、彼等なりに無い知恵絞って考えた妥協案を提示。
横合いに屯して、時折人波を掻き分けて最前列まで行って戻ってくるってのを繰り返し、拍手の一つもしないしそもそも歌なんざ聴いちゃいないと言う感じで、お行儀自体は地味に悪かった。

「選ばれたから」は長大なソロパートがあるのだけれど、現状で石川について書かれた歌詞しか存在しないので石川以外歌うことが出来ない。
歌詞の書き方についてのメソッドは既に濱野が提示しており、メンバーが下書きをして添削をさせれば良い。 それくらいはやるだろう。
喉を痛めたこともあったか、無理に張るような歌い方をしなくなったのは良い。 聴きやすくなった。

「PIP Move On!」は矢張り私の耳にはまるで引っ掛からず、何等の感興も催さないが、盛り上がる曲に育てようとする意欲は感じ取れた。

空井のMCは例によって旧社会党系の情宣っぽいが、喋り方には気をつけていると見えて、だいぶ柔らかくはなってきている。

小室は一字一句間違えないようにする余り棒読みになっていたが、慣れればこなれて来るだろう。

歌にも振り付けにも喋りにも柔らかさの出ていた瑞野。 
トンネルの向こうに見えた光明。

_ sharaku project vol.05 #NUDE

お馴染みのグループ展も6回目を迎え、今回も箱崎のクリエイションギャラリー日本橋箱崎にて開催。


門嶋淳矢
顔の無いヌード5点。

ここ最近のグループ展では色を強めに出す作品が多かったが、一転して落ち着いた色合い。
彩度は抑えているがカラーで、背景や仮面、腰掛は冷黒。 身体は温黒に近く表現。
身体の一部が隠れるようなポーズを付けて構図を工夫することによって、全体を撮りつつ欠損のあるように撮れている。
離れて見るとフォルムに目が行き、近付くと精緻な質感描写に驚かされる。


野澤亘伸
「足舐むる女」と題してタペストリー的なものを7点。
抱え込んでむしゃぶりついたり、ひょいと持ち上げて咥えたり、舐め方も様々に七態。
踏み込んで迫れるから出せる生々しさ。 明るくも湿り気のある写真。


吉田浩之
先日まで開かれていた個展と同様、掛け軸に仕立てたものを5本。
ヌードと言うテーマに沿わせてか、あぶな絵的なものを選っていた。
背景は無く、真っ白な紙に盛装の女性を配しているのだけれど、全体的に明るくカラリと描かれた中で陰になる部分があり、そこだけ湿り気を帯びた肌が覗き、目が吸い寄せられる。


小池伸一郎
2:4:4くらいの割で夜空、夜景、地面。 その地面の暗がりの中に写るか写らないか朧ろげに浮かび上がる裸婦一対。
スタジオなのかロケなのか、はたまた合成なのか判然としないが、表情が読み取れるか読み取れないかギリギリの暗さ。
3枚でそれぞれ微妙に照明を当てる角度が違っていたのだけれど、あれは意図したものだったのだろうか。


上野勇
畳の上に寝転んだり絡みついたり炬燵に入ったりするさまを、真上からと横から。
ざらついた紙に濃緑の縁を付け、畳に見立てたようなプリントをイーゼルに立て掛けて展示。
寄って細部を見ようとすると、横からの照明が邪魔になる。
一寸引いて見ると、丁度上から見下ろす格好になる事に気付いた。 屋根裏の散歩者の視点。
ゾクリとする背徳感。


松田忠雄
パネル5枚、それぞれにテーマがあり写真が3~6枚。
プリントが美しい。 肌であったり空であったり、白と灰色、黒と灰色の間の諧調が豊かで、且つ眠過ぎることも無い。
周辺を心持ち焼き込んだようなものも、それが解るか解らないかのところで抑えてある。 程が良い。

各パネルに一枚は好みの写真があり、被写界深度浅めのものに心惹かれる。
ピントの置きどころや深度がピタリと決まり、それでいて決まり過ぎていないから息苦しさが無い。

released from nude の左下。

attached a rubber の真ん中。

remove the eyeglass の下。

transfer of the lace は右。 芯のあるブレボケ。

flutters something の左端。 水玉のワンピースがボケと光線の加減で鹿の子絞りのように見えるのが面白い。


三輪憲亮
湊莉久を撮ったものを大小取り混ぜてズラリ。
髪のあしらいやメイクで描き分けて二態。 表情の切り取り方は悪くない。
ただ余白が多く、今一つ寄り切れていない事から来る隔靴掻痒感は有る。

矢鱈と点数が多く、散漫で冗長。 プリントはコッテリ色を盛った塗り絵。
これが良いと感じる向きもあるのだろう。

湊莉久の客相手であったようだが、自分の展示スペースの前で延々と自作を語る独演会。
自作を語りたくなるのも分からないではないが、先ずは写真で語るべきだと私は考える。
写真より撮り手が饒舌と言うのはぞっとしない。


2015-09-27 泰山鳴動 [長年日記]

_ PIP定期公演第二章 #12 PIP月イチ定期公演2015年9月

革労協ばりの内ゲバと分派であっという間に小所帯になってしまったPIP:Platonics Idol Platformではあるが、CDリリースを来月に控えての九月攻勢。
とりあへずは定期公演もリリースイベント仕様。
「今回はPIP第一弾シングルCD「僕を信じて」リリースイベント(予約特典会)も兼ねた定期公演を開催!シングル収録のC/W新曲も初披露予定!PIPよ、何があっても、前へ進め!動き続けろ!その先に、何があったとしても!」との長い副題。

前半は例によってバラエティ番組の体での公開収録。
流石に五人にまで減ると、より解り易い形でのキャラクター形成が必要になるようで、これ迄の経緯は踏まえつつ誇張も入った引き回しをする司会の石橋哲也(カオポイント)。
事ここに到っては受容して回していくしかないのはメンバーも理解しており、それぞれが腹を括ってそれぞれの役割を果たし、番組を成立させていた。

後半はライブ。
影アナを事前に撮ったビデオにする新機軸。
聞き取り辛くは有るが、そもそも注意事項など客の殆どが馬耳東風。 これで良いのかも知れない。

先日のレーベル祭で見た客席を光モノが埋めるさまに触発されてか、そう言った物を持って来いとの要請があったので客の何割かは律儀に持参していたが、それを「どう使わせるか」までは考えられておらず、これ幸いと乱暴狼藉に至る向きもそこかしこに。
ライトセーバーみたいなのを振り回して空いた客席を八艘飛び。 最前列までしゃしゃり出てステージ上の特定メンバーを威嚇する下衆下民も増えた。
「新しい客を増やしたい」とメンバーは口にするが、これが許容される現場にどう言う手合いが集まるのか、考えたほうが良い。 「暴れられる現場なので来た」と嘯くのも仄聞。
彼らを「太い客」として遇したいのであれば、まぁ仕方が無い。
古い狂歌に「傾城の恋は誠の恋ならで 金もってこいが本のこいなり」とある。

光る棒を持つと手が塞がるので、拍手・手拍子の音量は下がり、ガヤの音量は上がる。
これも当然の帰結なのであるが、スタッフにもメンバーにも「場をどんな空気にするか」についての定見が無いから、その時々の客筋によって、こんな事にもなる。

デビューシングルのc/w曲が無駄に動きの激しい曲なので、レッスンに参加できる機会の多い連中は必然的に動ける身体になりつつあるが、呼吸器・循環器が追いついておらず、当該曲を演った後は Kraftwerk の Tour de France のような状態になってしまい、暫く間繋ぎをしないと次に行けないのが難。
これまでのオリジナル曲の中では最も感興を催さないものがCD収録曲になる不可解。

レッスンにあまり参加できていない瑞野は、やはり動きに重さがある。 これで無理をして怪我をしなければ良いのだが。

石川は映画出演などもあってか、かなり絞れて来ており、落ちにくい部分もきっちり落としつつ肌荒れや窶れなどが出ていないのに感心した。

歌の方は横に置くとして、振り付けの咀嚼と演繹、舞台の上の人としての意識の持ち方については申し分の無い小室。
表情が死ぬ事が、瞬間的にすら無いのは褒めて良い。

常に不安定に安定していた「僕を信じて」の福田の歌い出しが、その部分だけ被せオケになっていた。 興醒めと言うか、レーベル側のセンスの無さに幻滅。

息を整える為の間繋ぎ以外ダレ場も無く、歌で押していく構成ではあったが、見せる為の工夫が無い。
借り物の曲が使い回しばかりでここ数ヶ月代わり映えがしないのは停滞ではなく後退と言って良いだろう。

これまでに無い逆境の中でCDリリースを迎えるPIP:Platonics Idol Platform。
心から楽しめているかと問われれば首を横に振る他無いが、完全に厭になってしまってもいないので、もう暫く定点観測を続けようと思っている。


2015-09-12 とりあへず写真のみ [長年日記]

_ 今日の一枚


藤井美音(Chelip)
ペトリ C.C Auto 55mm/f1.8 + ペンタックスK10D
f5.6くらい
1/320s
iso=800

_ 今日のもう一枚


井次麻友(Chelip)
ペトリ C.C Auto 55mm/f1.8 + ペンタックスK10D
f5.6くらい
1/320s
iso=800

_ 今日のさらに一枚


小室志織(PIP:Platonics Idol Platform)
ノボフレックス ノフレクサー240mm/f4.5 + ペンタックスK10D
絞り開放
1/320s
iso=800


2015-09-09 ふわりと軽く儚く、仄かに甘い [長年日記]

_ tokyo torico(9/8)

仕事帰りにネット配信のアイドルバラエティー番組の公開収録へ。

【1組目:19:00】ANNA☆S
【2組目:19:30】meltia
【3組目:20:00】まどもあ54世
【4組目:20:30】PIP:Platonics Idol Platform

ANNA☆S
例によって司会無し、後ろからプロデューサー氏が指示を出したりすることはあっても舞台の上はメンバーのみで回しており、CM入り・明けのタイミングでの切り替えも自然。

田沢涼夏の一人コントが良い。
科白が飛びそうになったり詰まったりはしつつも気合で乗り切って遣り切る。 ネタが内輪受け気味だったのはご愛嬌だが、結構な長さでありつつ、ダレずに見られた。

何曲か演った中では80年代風の味付けの「カ・ワ☆イ・イ(檸檬リミックス)」が良かった。 リミックスしたのは違う人だが、土橋安騎夫の音。
アナログ限定のリリースだったようだが、この音源は欲しい。


meltia
メンバーが好きなテレビ番組をそのまま持ってきたような企画。
内輪受け感が強いダレ場だったが、司会の石橋哲也が苦心して廻していた。
マルチタスクな芸人は喋りながら別のことを考えていることがままあるが、口で進行しながら頭では次の一手を考えつつ、目で状況判断もしていると言う、なかなかどうして凄いものを見た。


まどもあ54世
「叩いてかぶってじゃんけんぽん」と「椅子取りゲーム」
ベタといえばベタな企画なのであるが、こちらでもメンバーそれぞれの性格や振舞いから上手く魅力を引き出して廻していた。
室井ゆうのヤクルトスワローズ耽溺ぶりと、それに乗っかって膨らませる石橋が面白かった。


PIP:Platonics Idol Platform
ドッキリではないが特別な何かがある風な煽り告知。
メンバーも怯えつつ「心理テスト」からスタート。 上げたり下げたりして盛り上げたところで、「これから出てくる人はどんな凄い人でしょう?」的な設問。
心理テストでは無くなっているのだけれど持って行き方が上手い。
出てきたのは高井つき奈で、私は吃驚したのだけれど客の反応は薄く、メンバーも全員誰だか分かっていない。
時は流れた。

矢神久美と森紗雪を脇に従えてユニットのセンターだったのは伊達ではなく、舞台に立つと矢張り華がある。

この本人の前で「ウィンブルドンへ連れて行って」を演ると言う事態に驚愕と困惑が綯い交ぜになる空井福田小室。
それでもとりあへず遣り切ったのは褒めて良いと思う。

後半は高井つき奈も舞台へ。
ふわりと軽く儚く、仄かに甘い。 眼福。


2015-09-06 長閑さと洗練 [長年日記]

_ Chelip“Change the Power!!!”発売記念インストアライブ、第2回「Chelip、吉祥寺に帰ってまいりました!」

昼に須田町で落語を観てから神田迄歩き、中央線で吉祥寺へ。
ハモニカ横丁のあたりは昔の縁を留めているが、周辺はすっかりごく普通の郊外駅になっていた。

そんな再開発地区のタワーレコード吉祥寺店の入っているビルの二階イベントスペースにて捲土重来のインストアイベント。

タイミングが合わず中々観られなかったのだけれど、漸く初見。 早いところ裏を返したい。

イベント用の簡易ステージは用意されていたものの、スタッキング式のパーティションポールで床を四角く区切って広めに舞台としてのスペースを確保。
楽曲プロデューサー氏曰く「三方から見られる埼玉スーパーアリーナ方式」。
開演前からアイドル系楽曲を上手い具合に繋いで流して会場を温めるのも楽しい。

前列の客はステージを囲んで地面に座る相撲溜会方式。 後ろは立ち見になるが視界は確保される。

楽曲プロデューサー氏より「本日、撮影・録音・録画は・・・すべてOKでございます!!」
その代わり、良いのが撮れたらアップロードして欲しいとのこと。

掛かっていた「デモサヨナラ」がフェードアウトして、リハーサルとマイクチェック。
最後の曲は激しく動くのでステージ際には荷物を置かないようお願いされたりしつつ開演。

二人ともスーっと動いてピタリと止まる。 移動も振りも大きいので撮るのは骨だが実に愉しい。
天井の蛍光灯が入ったりは入らなかったりして煩わしいので、途中から絞りとシャッタースピードは固定して、ピントも含めフルマニュアルで撮影。
撮れると思っていなかったので、手持ちは散歩用しかなく、標準3本に広角1本。 一番ピントのヤマの掴み易い(そして長い)ペトリの55mm/f1.8を選択。 APS-Cの1.5倍換算で82.5mm相当。
至近距離だったので丁度良い塩梅だった。

途中、呼び込まれて今回のシングルにコーラスで参加している中村綾。
細かいことを説明しないのは、この場合良い。 色々あっても立てる舞台があり、引き立ててくれる人や暖かく迎えてくれる客が居ると言うのは実に幸せな事であり、中村綾もそれに応えていると思う。

井次麻友と藤井美音で衣装にゆとりが有ったり無かったりするのはご愛嬌だが、きちんと作られた衣装と言うものは見ている側も嬉しい。

今回のキャンペーンで回ったタワーレコードはどこも広くて怖かったなど、微笑ましい発言もあったが、東京何するものぞ的な気負いの無い、鳥取でやっている通りのものを出せていたのではないかと思う。
元々がサンミュージックアカデミーのレッスン生だった事もあってか、地方発のアイドルに往々にして見られる、幻想の東京がキメラ化してしまったようなウルトラゴシック感は無く、牧歌的でありつつも野暮ったくは無い、長閑さと洗練の絶妙なバランス。
どの大都市からも等しく遠いと言うのは、酒田もそうだったが逆説的に「地の利」と言えるのかも知れない。

地方都市であったリバプールが、衒うでも卑下するでもなく自然体で音楽の発信源たり得たような事が、本邦のアイドルでも可能なのではないか。
それは新潟、福井、鳥取、長崎etc...、各地で実証されつつあるように、私には感じられる。


2015-08-29 大いなる反面教師 [長年日記]

_ 魚住誠一 ガーリッシュ・ポートレート写真展

魚住誠一の、魚住誠一による、魚住誠一写真展。
会場は、先日ポートレート専科を開催していたギャラリー・ルデコの一階スペース。

入り口のガラス以外の壁面に所狭しと写真が飾られている。
展示と言うより圧縮陳列。 見易さなどは顧慮されていない。

数で押すばかりで、それ故に照明も漫然と当てられており、見辛い。
ズラリ貼られている全体を眺める分には支障が無いが、その中の一枚を凝視しようとすると、雑に当てられた照明が邪魔になる。

画一的な構図と紋切り型の表情。 歯見せ笑顔とそれ以外しかない。 良く言えば判りやすく、悪く言えば単調で退屈。
作品と言うより作例と書いた方がしっくり来る、公園の似顔絵描きが並べている見本のような感じで、「こんなことしてます」「こんなふうに撮れます」を提示。
何と言うか「山の手のマルベル堂」。
差し当って見るに堪えないものは無いが、心惹かれるものも無い。

色々書いたが、質的な問題はさておき、身銭を切って定期的に写真展を開催する魚住の行動力は評価したい。
これは駄目だと思ったら、駄目である理由を考え、駄目ではない写真を撮れば良い。
反面教師としての存在意義は大いにある。

_ 汐留ロコドル甲子園2015 決勝

雨も上がりかけていたので、渋谷から新橋へ移動して日本テレビへ。
地方発のアイドルを集めたという名目の催しではあるが恣意的な選考であり、地域との繋がりが希薄なところも多く見られたが、そうしたところは予選でほぼ淘汰され、決勝に進んだのは下記の十組。

パツイチモンスター(栃木)、Menkoiガールズ(邑楽・館林地区)、SunRisa(京都・大阪)、アイくるガールズ(いわき)、水戸ご当地アイドル(仮)(水戸)、MlikShake(長崎)、川崎純情小町(川崎)、H&A.(浜松)、さくらんぼんBom(山形)、9-Bit報道部(東京)

致し方の無い事ではあるが、地域に根ざした活動をしようとすると公的資金に頼らざるを得ないところはあり、そうなると介入も招いて楽曲や演出が国体の開会式のような居た堪れない野暮ったいものになってしまう。
東京(都会)を意識しすぎて「幻想の東京」に負けまいとすると、やはり無理が出て、インチキ臭くなってしまう事もある。
残念ながら決勝に進出した中にも、そうしたものが複数見られた。

SunRisaは小学生二人組で歌って踊る部分は良く出来ているが、台本丸暗記感に満ち溢れている現代の角兵衛獅子。
さくらんぼんBomも同様に台本通りの進行であったが、こちらは台本より設定されたキャラクターに縛られている感じで、多少なりともアドリブが利いている分、見られるものにはなっていた。

川崎純情小町と水戸ご当地アイドル(仮)は、首都圏でのイベントやライブに出演することも多く、気負いがない分安心して観ていられるが、慣れ過ぎてしまっていて持ち時間にやるべき事を詰め込めていないところが惜しかった。 聊か冗長。

MlikShakeは先に決まっていた九州でのイベント出演と被ってしまい、8人中3人の出演。 予選の出来が素晴らしかった分、手薄なところが出てしまっていて、構成も盛り上げ方も良かったが今一つ波に乗り切れないまま終わったのは惜しかった。

アイくるガールズは楽曲も悪くないし、舞台の上での振舞いもしっかりしており、見世物としてはちゃんとしたものであったが、客の質は最低。
入場が終わったところに集団で割り込んで前方ブロックを占拠し、他のグループのライブ中も見るでもなく見ないでもなく、儀礼的な拍手すらしない。 兵馬俑が並んでいるような状態。 そこに陸続とアイくるガールズのティーシャツを着た連中が「すいません」でもなく割り込んでくる。
更には人波を掻き分け、荷物や三脚を蹴飛ばして出たり入ったり。
演者の替わり目で客もなんとなく入れ替わるのはこうしたごった煮ライブの常であるが、アイくるガールズの客はお目当ての出番前になると大挙して舞台正面前方へ移動し、圧縮が起きていた。
これは審査ポイントの一つに客の拍手の音量があり、音量計に近いところに陣取ったほうが有利であるという考えに基く合理的判断ではあるのだけれど、他のグループの時には儀礼的な拍手すらしない事も含めて振舞いとして浅ましい。

審査結果待ちの時間に、公式サポーターと言うことになっているLinQのライブ。
司会者との掛け合いで喋らなければならない部分では到らなさが目立ったが、歌って踊る部分は図抜けていた。
しかし盛り上がるのはメジャーデビュー以前の古い曲であり、図らずも浮き彫りになる「それ以降」の迷走振り。
例によってLinQのみ撮影禁止なので、連中が舞台上に居るが故に撮影禁止のお触れが出るなどの茶番もありつつ審査結果発表。

下馬評通りアイくるガールズが優勝。 これは予想通り(良くも悪くも)だったが、二位にさくらんぼんBomが入ったのには驚いた。

勝つたびに客の振舞いで敵を増やすアイくるガールズのあまり明るくない未来を感じつつ帰宅。


2015-08-24 渋谷と恵比寿の間 [長年日記]

_ tetsuya-mono-chrome 松田忠雄 × 菅谷哲也(Tokyo Arts Gallery 2015/7/24~8/2)

渋谷と恵比寿の間にあるギャラリーでの写真展。
何をやっているのか通りから見えるので入りやすく、光が間接的に入って良く回るので写真も見やすい。

松田忠雄がモノクロで撮った写真展は何度か開かれているが、今回は被写体が男性。

左右の壁にロケで撮ったもの、奥の壁にスタジオ撮影分。
スタジオで撮ったものは、どちらかと言うと色白な被写体を黒バックで黒光りするように撮っている。
ミュージカルで使う銀色の塗料(オズの魔法使いのブリキ男など)を塗ってモノクロで撮ると、こんな仕上がりになるとの事。

ロケで撮った分はMモノクロームで撮った由。
粒感の有ると言うか、白と黒の間、黒と灰色の間の諧調が豊かな美しい。
以前はデジタルで撮ったものをプリントすると、情報量の少なさが視覚的に感じられたものだが、今は昔。 デジタルもここまで来たか、の感。
レタッチはそれなりにしているのだと思うが、どのプリントも自然で、弄った痕跡が目に付くものは無い。
これは撮っているレンズが良いと言うのも有って、良いレンズはフィルムに残る(今は撮影データだけれど)情報の量が多く、プリントする際に潰しても飛ばしても絵になる。

作品は全て購入可能。
サイズはいつもより小さめだが、その分手頃になっていて、心理的ハードルはそう高くない。 被写体が好きなら思い切れる値付け。

印刷機で刷られたものとプリントでは一枚に込められた情報量の桁が違うので、本当に気に入った作品に出会ったら思い切って購入することをお勧めする。

ピントの置きどころ、深度、露出、全てが適切。 ピタリ嵌っているようでいて、決まり過ぎた息苦しさも無い。

手元に置きたくなる美麗な写真達だった。

_ PIP定期公演第二章 #11 PIP月イチ定期公演2015年8月

プロ野球負けられない宣言
先日行われた観戦ツアーの模様を動画を交えて。
西武がこてんぱんにやられてヤケクソな(それでも芸人としての自らは忘れない)石橋哲也。

試合には勝った空井がその後の泥沼を知る由も無く、無駄に上機嫌なのがドキュメントとして面白い。

PIPEACE
瑞野と山下が休み、派生ユニットからゆたんぽ%。
司会はいつもの石橋哲也(カオポイント)
地上波バラエティー出演記念と言うことで、今回は「すべらない話」。 すべってしまったらその話をリメイクすると言う事で、ゲストにBBゴロー。
稲川淳二の物真似で知られているが、実はこの人は筋金入りのカープファンで「ヘバってきた時の北別府学」が凄いのである(が、それはまた別の話)

すべってしまった話はBBゴローの助言で怪談にリメイクと言う事で、そっち方面が苦手な小室とゆたんぽ%が始まる前から怯えている。

空井はネタとしては面白いが話が刈り込めておらず、石橋曰く「無駄に球数が多い」。
ロッテで喩えると三宅宗源か。

ネタとしては面白い話も、総じて整理されておらず、起承転結も無い。
短く纏めて聞く側に興味を持たせつつ話すと言うのは、やはり難しい。

バラエティとなると矢張り見せ場は小室が持って行く訳なのだけれど、今聞いた怪談を自分なりに再現しろと急に言われて照れも衒いも捨ててやれるなりにやってみる姿勢はもっと評価されて良いと思う。


定期ライブ
一寸遅れて14:09頃に開演。
「僕を信じて」の福田の歌い出し。 まぁまぁ安定はしてきたので、この調子で音が取れていればこなれて行くと思う。

LasRabbi は今月も「踊ってみた」で一曲。
この「踊ってみた」と言うものが私には分からない(好き嫌いではなく分からない)し、需要があるかどうかも分からないのだけれど、質としては悪くない。
本気で踊る森崎の脚。 間近で見ると慶派仏師の作のような隆々ぶり。
先日告知のあったオリジナル曲は9/19のイベントでお披露目とのこと。

ユニット曲はこれまで演ってきたものの焼き直しばかりで、評価できるのは濱野と瑞野の「ライオン」のみ。
瑞野はまだこなれておらず、歌詞が飛んでしまったりと粗もあったが、歌に関しての伸び代は大きいように思う。
濱野は捏ね繰り回し過ぎるところが気にはなるが、矢張り上手いし魅力的な歌い手ではある。 それがこれ一曲のみと言うのも解せない。

歌と振り付けで後者に重点が置かれすぎているのも気になるのだけれど、それはさておき。
現状で演者としての魅力が劣る者が同じ曲を演っても思い出補正が掛かる事もあって、並大抵の出来では超えられないし、超えられないのが判っていて演るのは思考停止であり、送り手としての怠惰であると私は考える。
やる気が有るメンバーが居るのであれば、新しい曲をやらせても良いのではないか。


2015-08-21 [長年日記]

_ 「石川野乃花動く!PIP伝説の会議室公演がついに復活!悲願のオリジナル曲オンリー定期公演への道!」vol.3(27.8.19)

秋葉原へ向かう途中で会場の入っているビルの三階の「とらのあな」で千円分のチケットを買えとのお達しを知る。

ありとあらゆる頽廃の並ぶ店内で待つこと十分、なんとか開演前には買うことが出来たが、趣味道楽を解しない民間人より趣味の合わないオタクの群れに放り込まれた方がより辛いと言う事が身に染みて分かった。

なんとか会場に辿り着くと、掛かっているBGMの音量が向かい合って会話が成立しないくらい無駄に大きい。 

暫くして空井が出てきて開演は10分遅らせるとの告知。 こちらもマイク音量が無駄に大きい。
自分たちでイベントを回すなら音響機器への気配り(勿論操作方法などの知識含)も必要。

遅延の理由はチケット購入に時間が掛かっている為。
その日の夕方になっての告知と言うのがそもそも泥縄であり、物販の単価も木戸銭も同じく千円。 態々チケットを買わせる意味が分からない。

19時を回った頃にはつ離れするかしないかだった客も徐々に増えてそれなりの入り。

開演前に濱野智史が出て来てチョチョイと弄ると、BGMもマイク音量もあっという間に適正音量。
ほんの一寸した事なのである、それが出来ていない。

15分遅れで開演。
何度見ても不安定だった福田の「僕を信じて」の歌い出し。 とりあへず音は取れるようになっていた。

自己紹介を挟みつつオリジナル曲で押す構成。
今日出演のメンバーで出来る事を色々詰めて来たらしく、客席とステージが近く境界も曖昧なこの会場ならではの演出なども盛り込んでいた。 この意気は買いたい。

「誘惑のハートビート」の肝となる歌い上げる部分は空井。
肩に力が入り過ぎず、歌にはなっていた。

空井の振り付けが一人だけ大きく、全体のバランスを崩していると友人が話していたので注視。
振り付けが大きいと言うより、動きを止められずに流れてしまっていた。 意識でも技倆でもなく、体力的な問題かもしれない。

石川の脹脛の所謂「鰹節」が発達していた。動きもよりキレのあるものに。

森崎は踵重心で、あまり足首を使わない。
踵が地面についた状態からの初動の遅れを力技でカバーするから豪快に見えてしまってたおやかさに欠けるのではないか。

中盤は濱野智史による作詞講座的なもの。
AKB48のシングルと公演曲の成り立ちの違いを導入部に「飽きられない曲」の方法論。

15秒のCMで掴まなければならないシングルと何度聴いても飽きないようにしなければならない公演の曲では自ずと歌詞の書き方も変わって来ると言う話。

百回聴いても飽きない曲にするには「宛て書き」で始まる。

濱野:「宛て書きって何だか分かる?」
小室:「思いついた事を言う。」
濱野:「それは『あてずっぽう』だね。」
福田:「住所?」
濱野:「それは『宛名書き』」

ご長寿早押しクイズ的な一と幕もありつつ。

「メンバーやファンについてのこと」
「どうとでも取れるように」
「聴いた時ではなく、後から分かるような」
「固有名詞は避ける」
「はっきり書かず文脈の中で汲み取れる程度に」
「Bメロの書き出しは逆接で」
「語尾の一音で変わってしまう」
etc...

こうした「アカデミズムの薫り」がPIP:Platonics Idol Platformの面白さであったことを思い出した。
初期のPIPには濱野主導でこうした毛色の変わった企画が毎週のように有ったが、会議室を追われたディアスポラ以降は定期公演とごった煮ライブばかり。
毎月のようにメンバーが抜けて行く状況下では難しかったと思うが、今後に期待したい。

そう言えば、久し振りに楽しそうな濱野智史を見た。

終演後、物販が始まる際にPAを弄りに行く石川。
スタッフに「何をしてたの?」と訊かれ、微笑みつつ答えて曰く「一寸音が大きかったので。」

この機転は嬉しかった。 PIP:Platonics Idol Platformも良いほうに転がりつつある。
 

_ 今日の一枚


小室志織(PIP:Platonics Idol Platform)


2015-08-20 かたじけなさに涙こぼるる [長年日記]

_ 『南波一海のアイドル三十六房presents RYUTist タワレコ東京ツアー2015』(2015.8.16 タワーレコード錦糸町店)

インストアイベントにあまり早く行くのも野暮であるなぁ・・・とのんびり出かけたら既にぎっしり。 人並みの隙間から見えそうな場所を探す。
写真を撮るには過酷な状況であり、ファインダーを覗いている間はストレスも溜まるのだけれど、カメラを下ろしてステージに目をやり耳を澄ますとさっきまでの苛立ちが鎮まり、幸せな気分に。
正直村から正直を広めにやってきたような4人は「汚れちまった」我々にはあまりにも眩しく、直視するのが憚られるくらいなのだけれど、知らず知らずのうちに涙腺が弛緩する。
かたじけなさに涙こぼるる
購入したアルバムは、時間は掛かったが、今出すことに意味のある、聞きしに勝る素晴らしいものであった。

大石若奈(RYUTist)

写真はまとめてこちらに。

_ MilkShake@東京アイドル劇場(2015.8.16)

長崎発のアイドルMilkShakeのライブを観てきた。
昨年の今頃に矢張り東京でイベントやライブに出たことがあって、その時が初見。 漸く裏を返すことが出来た。
会場としては撮影禁止だがMilkShakeは撮影可との事で、七つ道具背負って品川へ。

東京アイドル劇場はカラオケ屋に間借りしての興行形態なのだけれど、思ったより設備も運営もしっかりしていた。

中核を担ってきたメンバーが辞めたり、人員の変動はありつつも雨降って地固まる。 補って余りあるを絵に描いたようなグループ総体としてのレベルアップは成長と言うより進化の域であった。

昨年は振り付けの独自解釈が目立った(それはそれで味があった)のだけれど、今年は歌って踊る部分は高いレベルで均質。
やるべき事をきちんとやった上で目配り気配りが出来ており、大掴みで客席を見ることも出来ているし、場内の客一人ひとりを目で殺すような芸当もさらりとやってのける。


(目で殺しに来る藤本実緒)

曲は長崎らしさを盛り込みつつ、あざとさや田舎臭さは無い。 地方発のアイドルでは東京への対抗心を無駄に燃やして洗練を目指したはずが野暮に堕することがままあるが、国際港湾都市の懐の深さであろうか、肩に力が入り過ぎる事も無い。
実に良いものを見た。


河合ゆうな(MilkShake)

写真はまとめてこちらに。


2015-08-15 消化不良 [長年日記]

_ PIP浴衣イベント(27.8.15)

「石川野乃花動く!PIP伝説の会議室公演がついに復活!悲願のオリジナル曲オンリー定期公演への道!」~今年も浴衣で夏対決~PIPの新たな発表も!ついに全メンバーが…
と題しての浴衣イベント。

開催日と開場・開演時間と入場料、参加メンバーについては告知があったが、チケットの販売方法や撮影の可否(昨年は撮れる時間もあった)などについては触れられておらず、手探りで始まったメンバー主導イベントとは言え下準備の雑なのが気になった。

チケットの販売開始時間についての告知は無かったので、ワロップ放送局で行われている他のイベント・公開放送から類推。 開演一時間前からの販売と見てチケット売り場へ行って見たら果たしてそうであったが、買いに来ていたのは私一人。

こう言うことは告知に盛り込んでおいて然るべきであろう。 告知が雑でもそう言うのに慣れた常連はなんだかんだで集まるのだけれど、その外側の客に来て貰おうとする意欲が感じられない。 300人入る箱を埋めるという目標を掲げるのは悪いことではないが、その為にすべきことは山ほどあり、片っ端から片付けていかないと年内に埒を明けることは出来ない。

表題通り石川主導で始まったイベントではあるが、喉風邪にやられて声が出ないと言う事で空井が司会進行。 タイムテーブルにあわせての進行は出来ていたので必要最低限の仕事は出来ていたが、及第点には程遠い。
懸命なのは見ていて判るが、状況を俯瞰出来ていない。

マイクを使ったり使わなかったり。 そこまで気が回らなかったと言う事なのであろうが、マイク無しだと声を張っても通らず、そのままの喋り方でマイクを使うと今度は無駄に喧しくて聞き取れない。 手に持ったものを説明するのであればマイクスタンドを用意しておくなり隣に持たせるなりすれば良いのだけれど、空井も周りに居るメンバーも機転が利かない。

飛んでくる野次に一々反応して翻弄されるので、客も味を占めてさらに介入。 場のコントロールが全く出来ていない。
客と司会者と相互依存で狎れ合うような構図。 濱野智史の物販重視の方針の弊害がここに来て表面化しているように思う。
淘汰されて残った客がフォン・ゼークトの四番目みたような手合いばかりと言う前提条件としての不幸はあるが、それにしてもこの一年腕っこきの司会者と一緒に仕事をしてきて何を学んだのか。 master of ceremonies としての自覚に欠けている。

浴衣の着付けは一寸問題あり。
糊が利いておらず火熨斗も掛けていないので皺が多く、帯の下に入れるアンコが足りないので身体の線が出過ぎる。
濱野や石川のように体型に凹凸がある場合、品良く見せる為に身体の線は隠したほうが良い。

前半ミニゲーム大会、後半ミニライブ。
ゲーム大会はカキ氷早食いと西瓜割り。
西瓜割りは、勢い余って棒をへし折る濱野、目を回して間寛平演じるところの老婆のごとく危なっかしくヨロヨロする小室などは楽しかったが、割れたスイカからの飛沫が浴衣に付く可能性を閑却しているのが気になった。

ミニライブは浴衣によって制約を受ける身体の可動域に合わせた振り付けの修正などは施されておらず、派手な着崩れは無かったが美しい動きではなかった。

「新たな発表」とは、ツイッターの個人アカウントの運用開始について。
新たに何か始めるのは構わないが既存のものとの釣り合いをどうして行くか、やりっぱなしで説明もなしになし崩し的に自然消滅させていった濱野智史を反面教師として欲しい。

正直言って消化不良であり、「楽しかったですか?」と訊かれても答えようが無い。
課題ばかりが見えたイベントであった。


2015-08-13 ビルを一棟丸々 [長年日記]

_ ポートレート専科 2015

渋谷にあるルデコギャラリーのビルを一棟丸々借りきっての写真展。
「ポートレート」と言う縛りはありつつ、ポートレートと言うものの捉え方は様々。
幅広く懐の深い展示。

一度六階へ上がり、そこでアンケート用紙を貰って、下に下に降りながら順繰りに見て行く趣向。
場内はプロとアマの展示が併存。

エレベーターに使用方法についての注意書きが自棄に細かくあり、製造メーカーを見るとシンドラー。
恐々六階へ(そしてこのエレベーター、実に遅い)

六階
レタッチ過多、演出過多の塗り絵が多く、見るに堪えないものは無かったが私の興味を惹くものも無かった。

五階
話には聞いていたが常盤響の作品がヒドい(非道い・酷いではなく「ヒドい」)
失笑寄りの苦笑。 馬鹿々々しくも楽しい。

石丸博司は眼のアップが二点。
生々しいが生々し過ぎず、モデルが此方ではない何処かを見ているのも良い。

四階
休憩スペースになっており、夜は出展者を中心としたトークショーなど。

三階
半沢克夫、被写体と配置の妙。
ずるい写真。

魚住誠一
沖縄で撮った物なのだけれど、写真そのもので語らずに看板の文字に語らせてしまっている。
この辺りの「写真の力を信じていない」感じが、妙に説明的だったりあざとかったりする原因なのではなかろうか。

二階
舞山秀一
画布っぽい風合いの紙にプリントしてパネル貼りしたもの。
被写体ぶれ、逆光、紙質などでモデルの表情は漠然としており、曖昧に結像したモデルとの距離感と言うか、モデルから発する熱のようなものは感じられる夢の中の出来事のような五枚。
粗い質感の紙なのだけれどプリントは丁寧で、肝心なところだけが判然としない。 描ききらない、語りきらないことで出来る解釈の余地。

金利健司
エロが入っていれば何を撮っても良かったと言われる映画の撮影時に切ったスチルのような、芝居仕立ての組写真。
炭坑モチーフなのだけれど、土門拳の「筑豊のこどもたち」のような凄惨なまでの貧しさはなく、戯画的で軽いがこれはこれで良い。

一階
上野勇
愛娘を撮った6カット。
年端の行かぬ幼女でありつつ、上野勇が撮ると「女」が滲み出てくるのが゛面白い。

佐々木早紀
ゴールデン街の猥雑さを棚から一と掴み。
こねくり回さないのは良い。

萩庭桂太
巨大なモノクロプリント。
遠くから見ると「綺麗なプリントであるなぁ」くらいの感興しか催さないのだけれど、寄って驚く。
細密描写でありつつ、離れて見ても絵になっている。
解りにくい凄味。

地下
青塚博太
魚住と同じく沖縄で撮った写真。
同種のメッセージを込めつつ、こちらは撮影場所の地霊や小道具、モデルの表情などで仄めかす。 語らずに語る写真。

金沢康二郎
見せ方は面白いが、コントラストが高過ぎるのが疵。
手札より小さいくらいのプリントを一と回り大きな額に入れた、覗き窓のような作品群。

テラウチマサト
流してざっと見た時は「暗めのプリントだなぁ」くらいにしか思わなかったのだけれど、寄って見て驚く。
非常に厳しいプリントで、黒と灰色、灰色と白の間にある、目を凝らすと見えてくるもの。

アマチュアと同じ土俵に立つ羽目になった時に出るプロの本気。
これが衒いや逃げで外連に振れると詰まらなくなり、捻じ伏せる方向に振れると面白くなる。
舞山、萩庭、テラウチあたりの「大人気ない」写真には唸らされた。

古いビルなので仕方が無いと言えば仕方が無いのだけれど、天井が低く照明に関してはあまりよろしくない。
どの角度からどうやっても見づらい写真が何枚かあり、これは出展者に「見てもらう」意識が薄いことにも要因があるが。

来年三月以降は建て替えのため閉鎖。 規模を縮小してギャラリーそのものは続くが、ポートレート専科の次回開催は未定との事。



「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
1998|11|12|
1999|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2000|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2001|01|02|03|04|05|06|07|08|11|
2002|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|07|08|11|
2019|09|11|
トップ 最新 追記