トップ 追記

墨田ペトリ堂の身辺雜記 「二面楚歌」


ペトリあんてな
二面楚歌 断章
二面楚歌 グラビアレビュー備忘録
寒空文庫(仮)
写真日記二面楚歌 隠居所
petri's fotolife
酒田へ行きたい
ザ・インタビューズ

投票などするな!

投票行為は君たちの人間性の否定なのだ。
投票を依頼してくる連中など無視せよ。
連中は諸君の敵だ、連中は権力を握りたがっている。
すべての政治家はそれが共和派であれ、王党派であれ、
共産党であれ、われわれの敵だ、
投票用紙を破り捨てろ、
投票箱をぶち壊せ、
候補者だけでなく、選挙管理委員たちの頭もなぐり割れ。


1933年11月 CNT(Cofederacion Nacional del Trabajo)の声明より

1998|11|12|
1999|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2000|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2001|01|02|03|04|05|06|07|08|11|
2002|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|
QLOOKアクセス解析

2016-08-30 「たっぷり」 [長年日記]

_ 朝練講談会 第193回(28.8.28)

うっかり寝過ごしたが、バスの接続が良く、なんとか開場する頃合いに到着。

講釈師でも噺家でも、その芸風によって付く客筋は異なるのだけれど、今日はは「楽しい時間を過ごしに来ている客」が多かったように思う。
私も久しぶりに声を出して笑った。

「円山応挙の幽霊画」 一龍齋貞寿
貞寿さんは「サザエさん」の花沢さんのような、「洒落小町」のガチャ松っつぁんのような、ざっかけない感じなのだけれど、狙っていない色気があるのが面白い。
召し物も清潔感は有りつつ華美ではなく、読み物の邪魔にならないような物を選っている。
南左衛門先生のに教わった「円山応挙の幽霊画」を掛けたのだけれど、稽古風景や酒席での様子など、師の人柄を伝える楽しいマクラをたっぷり振ってから。

他所で聴いたものと設定が異なっており、応挙が描くことになる花魁が臥せっているのが行燈部屋(あんどべや)。 髪をおどろに振り乱し、饐えたような臭いすらする惨状。
生きているうちに幽霊として下絵に描かれた姿と、息を引き取ってから全盛の姿で夢枕に立った本当の幽霊としての姿の対比の妙。
為にする演出無しにゾクリと背筋を寒からしめる話術。
良いものを聴いた。

「幸助餅」旭堂南左衛門
貞寿さんのマクラを受けて、講談界の東西交流や稽古会が始まる以前から稽古に来ていたことなど、たっぷり枕を振ってから「幸助餅」。
かっちりした講釈の口調で有りつつ、上方ことばの柔らかさもあり、聴きやすい。
気前は良いが優柔不断で見栄っ張りな幸助にやきもきさせられたが、最後の最後でハッピーエンド。
時計を見たら一時間以上経っており、まさに「たっぷり」。
心地よい疲れを感じつつ外へ出た。


2016-08-29 全てが美しい [長年日記]

_ ミラクルジャンプ 2016 09号

平手友梨奈
週刊ヤングジャンプ 2016 39号との連動グラビアで、巻頭4ページ7カット、巻末4ページ5カットのブチ抜き。 A3になるオマケピンナップが付く。撮影は細居幸次郎。
流通は少ないようで、コンビニエンスストアと書店を何軒か回り、漫画専門の売り場を作っている書店に残っていた最後の一冊を入手。
買うまでに一と苦労。

アザーカット程度だろうと多寡を括って買ったのでけれど、ところがどっこい質が高い。 見慣れた決め顔以外の多彩な表情。
平手友梨奈のグラビアを抑えるなら、むしろこちらを買うべきかもしれない。

前半はノースリーブだがダボッとしたワンピース、大き目のサイズの半袖ワイシャツなど、身体の線は出ない衣装なのだけれど、喜怒哀楽のどれにも当て嵌まらないような、どれにも当て嵌まるような表情は、それだけで煽情的であり、引き込まれる。

後半は吊った蚊帳の中で午睡から目覚めて、起き上がりしなに振り向いたカットから。
こちらは蚊帳越しのソフトフォーカスで幻想的に。

ページを繰ると、半袖ワイシャツにグレーのプリーツスカートを合わせた夏の制服のような衣装(前半でも使われたもの)で「世界には愛しかない」の歌衣装を持ち、身体に宛がって姿見を見るような3カットで見開きに。
右端にライカ判的な縦横比で縦に二枚、左側は正方形フォーマットで大きく使っているのだけれど、この正方形の構図が実に良い。
ワンピースを持つ指、抱きしめる腕、畳を掴む様に立つ足の指。 それぞれに表情が有る。

最後に蚊帳の中のカットで使われた衣装で縁側に立ち、引き戸に寄り掛かるようにして小首を傾げたポーズ。
今回のヤングジャンプ・ミラクルジャンプの連動グラビアの中で唯一身体の線が出ている。
そう「この1カットのみ」なのだけれど、それ以外のところで勝負をし、あまり日の当たらない「平手友梨奈の年相応の可愛らしさ」を引き出すことに成功した一連の写真は評価に値すると私は考える。

ピンナップの裏面、「世界には愛しかない」の歌衣装を身体に宛がったまま踊るようなカット。
縁側からの日差し、揺れるスカートの裾、少し上気したような頬。
全てが美しい。 眼福。


2016-08-28 [長年日記]

_ 週刊ヤングジャンプ 2016 39号

平手友梨奈
銀河英雄伝説が盛り上がってきたタイミングに当たった所為か表紙での扱いは小さいが、巻頭6ページ8カット、撮影は細居幸次郎。
夏休みがテーマになっており、服装も夏らしくあるのだけれど肌の露出は少なく、身体の線も殆ど出ない。
夏の日差しの下でにっこり微笑めば15歳なりのあどけなさ、それが次のページでは一転、目で殺しに来る。
上瞼に少し力が入ると、眼光に鋭さが増す。

3ページ目右上の扇風機を前に爪先立ちしたカット。 大きく使えば映えるのだけれど、大きく使う訳にも行かなかったであろう透過光で身体の線が描き出されたカットに唸る。

顔の輪郭を囲うような髪型であり、正面から睨め付けるような表情を切り取った写真の印象が強かったので気付かなかったが、顔が顔として認識できる角度が広く、6ページ目のように髪を後ろでまとめると別趣の平手友梨奈。

加藤ナナ
巻末5ページ7カット、撮影は桑島智輝。
スタイリストが上手い。 整った顔立ちであり、細身で脚が長いのだけれど、量感には乏しい。
美点となる「脚の長さ」と言うのが写真として見せるのは中々に難しいのだけれど、視覚的に分かりやすくする衣装。
それを桑島智輝が上手く組み立てて構図を作っている。
見せ方も隠し方も上手く、2ページ目3ページ目が実に良い。

カメラマンとモデルだけでは成立し得ないグラビアの難しさと面白さを垣間見る。


2016-08-21 再訪 [長年日記]

_ 七菜乃写真展 私の女神たち -My Venuses-(再訪)

先日、アイドル方面の古い知己との飲み会に出た際に「最近どの辺に」的な話になり、意外な人と神保町画廊の話で盛り上がった。
コスプレとかAVとかその両方とかに行っていると言う話だったのだけれど、その辺りが被写体になっている事があって神保町画廊に行くようになった由。
曰く「ぎりぎりアウトなことまでやるのが面白い」
好みに合ったり合わなかったり様々であるが、一度ならず観に行きたくなる企画は多い。

今回は観覧者に対する年齢制限は無く、「強い表現が有ります」的な注意喚起も無い。
「強い表現」のある写真が良いとか悪いとかではなく、見たら見たで面白くはあるのだけれど、私は今回の写真展のような写真が好きだ。
昔話に喩えるなら血が沸き立つような光景は無いが誰も不幸にならない 「おむすびころりん」、季節に例えるなら春から初夏。 熱くも寒くも無く、穏やかでゆったりとした時間の流れ。

昨日見た際には目にしなかった作品があったような気がするが、増えたのか差し替えになったのか、変わっていないのか判然としない。
ただ配置は少し変わっていたようだった。

「ピクトリアリズム」「フォト・セセッション」「光大派」などの言葉が脳裏に浮かぶが、帰宅して調べてみると(アン・ブリグマンの作風が近いような気もするが)どれとも異なる。 古いようで新しく、懐かしいようでいて新鮮でもある。
これ迄に有ったものを否定・破壊するだけで新しいと思っている人がまぁどの業界でも多くて、既に使われた技法などはそれだけの理由で否定されがちなのだけれど、手法については撮影者のセンス次第だと、私は思う。
(まぁ私なども Neue Sachlichkeit の落穂拾いをしている訳なのであるが。)

晴れた日曜の午后とあって少々込み合っており、譲り合い体を交わしながら見て回ると、女性客が多かったと見えて室内の空気にはさまざまな化粧品・香水の匂いが入り混じって漂い、写真も心なしか華やいで見える。

制約済の赤い印が増える事を祈念しつつ帰宅。


2016-08-20 戯れる女神たちを覗き見るような、厳かで美しい写真たち [長年日記]

_ 七菜乃写真展 私の女神たち -My Venuses-

荒天の日曜。 空いているうちにじっくり見たかったので、開廊した頃合いに観覧。
七菜乃が在廊していると場は華やぐのだけれど、じっくり見られる状況にはなり難い。 そもそも私が落ち着かない。

今回、七菜乃は撮影者であり、被写体はこの撮影のために募られて集まった18人の「女体をもった人」。

A4サイズの紙の真ん中にキャビネくらいのサイズでプリントしたものが中心で30数点。
飾りやすい大きさで落ち着いたデザインの ガラス張りの白い箱のような額装が、写真と良く合っていた。
奥の方でチェキやポラロイドも同様に額装。
心理的なハードルも低い、総じて納得すれば手の出せる値付け。

正面奥の壁に巨大なプリントが一枚。
クリップで挟み、そのクリップを画鋲で壁に留めていたのだけれど、作品を挟むクリップにも緩衝材として畳んだ紙を噛ませているなど、細やかな心配り。

森の中で撮った裸婦像。 七菜乃は「女体」と言う表現をすることが多いが、今回の写真展は「私の女神たち」。
柔らかく写る効果を用いて撮ったものが多いのだけれど、カットごとに効果の出方が変わっているので、スカイライト系のフィルターに脂をつけたのだと思われる。

モデルの配置やポーズに押しつけがましいところは無く、指示ではなく啓示と言うか、何かに導かれるようにして自ずとそうなっているような感じ。
実家の所有する森なので安心して撮り撮られていたであろう事もあり、表情も柔らかい。
膝を抱えて組んだ手の甲、透き通るような白い肌に浮かぶ静脈に目を見張る。

戯れる女神たちを覗き見るような、厳かで美しい写真たちだった。



「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。 衆寡敵せずと知るべし」
斎藤緑雨


文責:墨田ペトリ堂
1998|11|12|
1999|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2000|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2001|01|02|03|04|05|06|07|08|11|
2002|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|
トップ 追記